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13/03/16(4) イヴ銀リカー:拉致拉致♪ 拉致拉致♪

「はあはあ、ただいま戻り──」


 ──何事!?


 背後から羽交い締め。

 んー、布が口に!


 視界が陰る。

 見上げるとアンジュのマスター。


「七階から連絡もらってたのよ。今からうちの制服着てもらうからね」


 その欲望丸出しの笑顔はなんですか?

 お願いだからやめてくれませんか?


 見渡すと周囲にはアンジュのウェイトレス達もいる。

 恐らく後ろもウェイトレス。

 でもまったくありがたみが感じられない。

 背中には胸の感触、口には柔らかな手、首筋には吐息がかかってるというのに!


 チーフは封筒を手にし、お札をぴんぴん弾いている。


「着せ替え代として、マスターが今日抜けてた分のバイト代払ってくれるとさ」


 そんなもの要らないから!

 むしろ今チーフが数えてるお金は何!


 ウェイトレスが一人ずつ、腕に力一杯すがりつく形で拘束してきた。

 そのまま腕を引っ張られ、更に背中を押され、リカーから追い出され行く。

 ああ、誰か止めて!


「髪型変えたらもう完全に女性にしか見えないじゃん」とウェイトレスA。


「早く制服姿見てみたい。ずっと思ってたんだよね」と同B。


「拉致拉致♪ 拉致拉致♪」と同C。


 ああ、憧れてたウェイトレス達が!

 構って欲しいけど構わないで!

 背中や腕がウェイトレス達のふくよかな胸に当たってるのは嬉しい。

 だから、もうこのまま時間を止めて!


 ──二階、アンジェ店内。


「じゃあ、ひんむいちゃおうかなあ」


「自分で着替えます……」


「えーっ!」


 「えーっ!」の使い所間違ってるよ……。

 どうせ結果が同じなら、これ以上弄ばれたくないよ……。 


 ──制服に着替え終わった。


 マスターは鼻血をたらしながら、俺の制服姿を写真に撮りまくっている。

 ウェイトレスまで写真撮ってる。

 俺が一番可愛いと思ってたオッドアイの人だ。

 しかも涎垂らしてるよ。

 こんな形ではお近づきになりたくなかった。

 もう泣きたい。


「この制服は愛でるからいいんであって、自分で着たくはなかったです……」


「お返しに私達を撮ってもいいんだよ。でも小町君にできるかなあ?」


「はい?」


 みんなするっとタイをほどき、ボタンを外して中途半端に着崩す。


「さあ、どうぞ?」


 集団で適当なポーズを取り、全員が俺に視線を投げてきた。


「止めて下さい、その制服はかっちり着るからいいんです!」


「だからわざとやってるんじゃん、残念でした」


 一人が舌を出しながら言う。


「ウェイトレスやれば私達の着替え姿だって見られるよ」


 一人がウィンクしながら言う。


 完全にからかわれてる。みじめ過ぎる。


 写真を撮っていたウェイトレスが近づいてきた。

 ネームプレートには「鏡丘」と書いてある。


「ぶーぶー文句言いたそうだけどさ──」


 顔を間近に寄せてきた。

 オッドアイが睫毛の触れ合うくらいの距離まで近づいてくる。

 息が口元にかかる。

 緊張で胸がどきどきする。


「──ここまで全く男を感じさせないのも、それはそれで武器だよ。私だって警戒感無くこんなに近づいちゃってるし。きっとこれって外見だけが理由じゃないよ」


「それってもっとひどくありません? せめて涎を拭いてから言って下さい」


「失礼」


 鏡丘さんがハンカチを取り出し、涎を拭う。


「褒めてるつもりなんだけどなあ。きっと優しい人なんだって」


 他のウェイトレス達も俺を囲み出す。


「男らしいのとがっつくってのは違うからさ。肉食とか草食とか極端すぎ」


「狙って中性的にしてる男はキモいだけだし、ここまで女性してると逆に清々しいよ」


 口々にフォローらしき言葉をかけてくれる女性陣。

 実際にフォローになってるかはともかく。

 きっとこういうのをハーレムっていうんだよな。

 俺まで同じ制服さえ着ていなければだけど。


 再び鏡丘さんがオッドアイを俺に振り向けてきた。

 彼女の視線の動きに合わせ、青と金の軌跡が宙に描かれていくかのように感じる。

 神秘的で綺麗だ。


「ここで『じゃあ俺とデートして下さいよ』くらい言えれば合格なのに」


「じゃ──」


 喜んで誘わせていただきますが。


「それ遅いから」


 鏡丘さんが言葉を遮ると同時に、全員がけらけらと笑う。

 ちきしょう……。


 鏡丘さんがニヤリと笑みを浮かべる。


「それに四月から私達と同僚だしね。バイト先での恋愛をするなとは言わないけど、慎重に振る舞った方がいいよ?」


「はい?」


 マスターが鼻血を拭きつつ割って入った。


「小町君ってリカーのバイトは四月まででしょ。よかったらそれ以降はアンジェにバイト来ない? もちろんウェイターでさ」


 えっ!?


「いいんですか? でもどうして?」


「小町君はイヴ銀の名物だもの。四月でさようならはもったいないからさ。美容室の店長と配送室のオヤジとリカーのチーフと僕で話してたんだよ。どこかで雇えないかって」


 もったいないって。

 普通は寂しいから、とかじゃないのか。


「あの……美容室でも言われたんですけど、その『名物』の理由は何なんですか?」


「男の娘」


 さらりと言いやがった。

 答えはわかってたけど聞かなければよかった。

 でも、ここは頭を下げる。


「ありがたく話受けさせていただきます。それと念を押しますけど『ウェイター』で雇ってくれるんですよね?」


「どうせ男装の麗人になるのがオチだもの。僕としてはどちらで雇っても問題ないから」


 ……やっぱやめていいですか?


 撮影料として、ケーキ詰め合わせをもらえた。

 現金渡されても困るし、ちょうどいい報酬だ。


 姉貴ってここのモンブラン好きなんだよな。

 早く持って帰って食べさせてやろう。

 たっぷりと恩に着せながらな!


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