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13/03/16(3) 銀座某デパート:美鈴って小町さんが最初の友達なんです

 銀座四丁目交差点にある老舗デパート「四越」に移動。

 どうやら本当に紳士服で選んでくれるらしい。

 

 七階まであがる。


 連れて行かれたのはブルッ○ス・ブラザーズ。

 アメリカントラディショナルの代表ブランド。

 大学の同級生達はともかく、俺には全く縁のない店。


 まさか?

 おばさんが、並ぶスーツに向け手を差し出した。


「では小町さん。好きなスーツを選んでくださいな」


「こんな高い物いただけません! スーツなら洋服の青○で十分です!」


 確か一〇万円とかしたはずだ。

 しかしおばさんは真顔で首を振る。


「いえいえ、小町さんはちゃんとやるべき仕事をやってくれたのですから、御礼を受け取る義務があります」


「義務って……」


「だいたい、ここまで痩せたら今までのスーツは着られないんじゃありませんか?」


「確かに……」


 でも髪型こんなにしてくれた割には、随分とまともな店のチョイスだ。


「それに、その顔で男性物の媚び媚びしてない正統派スーツを着るなんて。ああ、ギャップ萌えな私としては是非見てみたいんですの」


「そっちですかい!」


 おばさんがころころと笑う。


「というわけで、半分は私の趣味を叶える様な物ですからおきになさらず」


「いや、それにしても」


 趣味とか冗談とかで済まされる話じゃないだろう。


「それにブルッ○スは丈夫で長持ちするんですの。だから下手な安物買うよりもコストパフォーマンスが高くてオトクなんですよ?」


 姉貴なら「オトク」という言葉が出た時点で転びそうだな。


 ただ今日のおばさんは、全てが全て言葉通りではないだろう。 

 恐らくは、俺が「うん」と言いやすい様に気を使ってくれてるのだ。

 おばさんは拗くれていても気が回らないわけではない。

 実際にはむしろできた人の類だ。


 うーん、どうしよう。

 このまま断り続けるのもおばさんの顔を潰しそうだし……。


 とりあえず申出に甘えるか。

 後の事は家に帰ってから姉貴と相談すればいいや。


「では、御言葉に甘えます」


「シャツとネクタイもね」


 おばさんが念を押す様につけ加えた。

 続いて美鈴が語り出す。


「変に中性的なブランド選ぶとイヤったらしく見えるんですよ。僕達の場合は徹底的に男性向けか女性向けかのどっちかを選んだ方がいいんです」


「そうかあ?」


 お前が女性向けを選ぶ分には認めてやるけど。

 そんなツッコミを許さないほどに、美鈴は真面目顔。


「小町さんがトラッドな男性物を着れば、かえって凜として映るはず。観音さんを思い出してみてください」


「ああ、そう言われると……納得だな」


 スーツに身を固めている時の姉貴は、弟の目から見てもカッコイイ。

 女性でありながら媚びたところが見受けられない。

 あの女こそ男に生まれるべきだったんじゃないだろうか。


「それじゃ僕は他の買物ありますので、母とゆっくり選んで下さい」


 美鈴はそう言い残して、ぱたぱたと走り去っていった。


 じゃあスーツを選ぶか。

 やっぱり黒がいいかなあ。

 礼服や喪服として着回せるし。


 これなんかどうかな?

 値札を捲ってみる……予想通りの金額。

 一旦は頷いたものの、やっぱり気が引けてしまう。 


「おばさん」


「なんでしょう」


 どうせ答えはわかっているものの、確認せずにいられない。


「『やるべき事やってくれた』と言われても僕は何もしてません。認めるのは悔しいですが……もし僕がいなくても美鈴は余裕で第一志望に合格できたでしょう」


 あれ?

 おばさんが首を横に振った。


「もし小町さんがいなかったら、あの子は大学受験すらしてませんでしたよ」


「はあ?」


 なんだか気まずそう。

 こんなおばさんの顔は初めて見た。


「あの子の成績は並大抵ではない。それはもうお気づきですよね?」


「それはもう」


「美鈴ちゃんは女装して自信つけたところから、勉強面でも変な方向にねじ曲がってしまいまして……」


「変な方向?」


「『大学行かずにニートの振りして、司法試験か国家一種法律職をトップ合格して、学歴あるくせに僕に負けたオマエらざまぁ、した方が格好いいじゃん』とか、私ですら頭痛くなる様な拗くれたことを……」


 私ですら、というのはともかくとして。


「そのリアル厨二病発言はなんですか」


 何より現在の美鈴からは全く考えられない。

 俺の知ってる美鈴は、性格こそ拗くれているものの、理知的で聡明だ。

 今の発言はあまりに子供すぎるし、頭悪すぎる。


「だから私どもも手を焼いて、家庭教師を呼んで何とかしようとしたんですよ。友達が一人もいない子ですから、誰か付き合ってくれる人が現れればと」


 それは……いないよなあ……。

 頭いいわ、他人を陥れるのが趣味だわ、絶世の美少女もどきだわ。

 同級生じゃ間違いなく誰も友達になるまい。


 相場違いの高給も一旦納得した話ではある。

 だけど改めて真相を話されると、再びなるほどと思わされてしまう。


 おばさんが頭を下げてきた。


「小町さんを騙す形になったのは申し訳なく思いますけど、心から感謝してます」


 そういうことなら受け取っても構わないのか、くらいは思えるけど……。

 それでもまだ引っ掛かるものがある。


「でも美鈴って本当は理系でしょう。なまじ僕に懐いたからK大文に決まりましたけど、もし違う人だったらT大とか医学部もありえたんじゃないですか?」


 おばさんが言いづらそうに返してくる。


「この際ですから言ってしまいますけど……合格しました。T大理三に」


「はあああああああああああああ!」


 理三は医学部。

 つまりT大理三は日本最難関の学校であり学部。


「高校から受験を懇願されたのと、美鈴自身も『ゲームクリアだけはしておきたい』と。インターネットで合格を確認したその場で、受験票を破り捨てましたが」


 まさかそこまでとは。

 ありえない。

 T大理三合格も、それを蹴るのも。


「おばさん達はそれでいいんですか。世の親がどれだけT大に子供を入れようとして苦労しているか。まして理三。偽装ニート計画より遙かにリアル厨二病ですよ?」


「私どもからすれば、美鈴ちゃんが大学に行ってくれただけでも儲け物ですので。無理矢理行かせようものなら、それこそ何しでかすかわかりませんし」


 えらい言いようだけど、あいつならありえる。


 「それに」とおばさんが続ける。


「『僕にとって一番大事なのは小町さんなんだから、それを基準に進路を選ぶのが当たり前』とまで言われると……親としては何も言えませんって」


 いや、そこは言ってくれよ。

 偽装ニート計画よりは一応まともに聞こえるけど、そういう問題ではない。


「僕の側にすれば、さすがにそこまで聞くと重すぎるんですが」


「美鈴って小町さんが最初の友達なんです。だから愛情表現がねじ曲がった形で顕出してるだけですよ」


「そうは言いましても──」


「大丈夫です。毘沙門家では小町さんを嫁にならともかく、婿に迎えるつもりはありませんから。いざというときは何としてでも止めます」


「いや、嫁でも止めて下さい。僕は絶対に性転換しませんから!」


「えー」


「えー、じゃありません」


 おばさんがいつも通りにころころと笑う。


「それに血筋なんですよ」


「血筋?」


「うちの主人って一流官庁からも誘いかかってたんですけど……私が『転勤が嫌』とだだをこねたら、霞ヶ関で唯一転勤がない会計検査院を選んでくれまして」


 だから会計検査院なのか。


「あのいかにも役人っぽくって堅物そうなおじさんが……」


「でしょう? ふふ」


 微笑むおばさんの頬は赤らんでいる。

 でも羨ましいな。

 現在の姉貴もそうだけど、俺もそれだけ好きになれる人を見つけてみたい。


 ──美鈴がぱたぱたと小走りで戻ってきた。


「決まりました?」


「うん。それじゃおばさん、これでお願いします」


 結局選んだのは、黒のスーツにダークグレーのシャツと黒ネクタイ。


「今日は本当にありがとうございました」


 礼を告げ、二人と別れる。


 ──四越から出る。


 中央通り向かいの時計台を見上げると既に閉店時間近く。

 タイムカードは止めてるからいいんだけど……。

 あくまでも抜けさせてもらった身だしな。

 ダッシュでイヴ銀に戻ろう。


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