13/03/16(2) イヴ銀リカー:うちの小町がいつもお世話になっております
地下のリカー売り場に戻る。
ワイン棚を抜けてレジにいるチーフの所へ。
「ただいま戻りました。仕事入りま~す」
「おう、小町お疲れ。客が来てるぞ?」
「小町さ~ん」
そこにいたのは美鈴。
こないだもこんな事あったよな。
「小町さん、お久しぶりです。銀座まで来たので挨拶に来ました」
美鈴は続けてチーフに頭を下げる。
「うちの小町がいつもお世話になっております」
「美鈴、その妙な挨拶はやめろ!」
「小町さん、こんにちわ」
横にはおばさんもいた。
「どうも御無沙汰してます……あの、えーと……」
何というか今日は様子が違う。
いつもの極端な若作りではない。
化粧バッチリの大人っぽい格好。
美鈴の母とは言わないまでも、姉との中間くらいには見える。
俺の戸惑いに汲み取ったか、おばさんが説明を始める。
「ああ、これ? それなりのお買い物するときは、ちゃんとしないと怪しまれるから。カード出したときになどにね」
なるほど。
この人はこの人で、それなりの苦労をしているわけか。
美鈴ほどじゃないだろうけど。
チーフが口を開く。
「小町、もし何だったらバイト抜けていいぞ? 今日は土曜日だから客も少ないしな」
イヴ銀は、デパートとしては珍しく、土曜日が暇である。
正確には平日夜の方が忙しい。
これは個人客の多くが仕事帰りのOLだから。
おばさんがうやうやしく尋ねてきた。
「では、小町さん。少々おつきあいいただけませんか? 美鈴の合格の御礼もまだしておりませんし、よろしければ今から選ばせてもらえればと」
えっ!?
それは嬉しいな。
「わかりました、それじゃチーフ。御言葉に甘えます」
「あ、小町」
「はい?」
「うちで買うなら社販でいいぞ?」
「うちのデパートって女物しか売ってないじゃないですか!」
もう、どいつもこいつも。
しかし、御礼はいいんだけど……。
実は未だに次の家庭教師先は見つかっていない。
このままイヴ銀で四月以降もバイトできればいいんだけど、残念ながら短期契約。
もし雇ってもらえるなら、例え女装でも考えなくは──。
うん、やっぱりそれだけはイヤだ。
──売場を後にすると、いきなり両腕を二人に組まれた。
「えっ? なんですか?」
「じゃあ、美鈴ちゃん。まずは髪型からいきましょうか」とおばさん。
「ヲタっぽく伸ばし放しな長髪を何とかしないとですね」と美鈴。
そのまま七階の美容室まで連行。
店内に入り、抑え付けられるようにして椅子に座らされた。
店員が話しかける。
ただしなぜか俺ではなく、他の二人へ。
「本日はどうしましょう」
「えっとですね……」
美鈴とおばさんが写真を選び始める。
俺には選択権がないらしい。
もう好きにしてくれ。
結末の予想がつかないわけじゃない。
だけど考えたくないので寝る事にしよう。
──肩を軽く揺すられる。
「できました」
「ああ……はい……」
目を開けると──卒倒しそうになった。
鏡の中にいたのは、恐らく俺と思われる女性……いや男性。
長さは所謂ショートボブ。
ただし女性基準で。
色はくすんだ茶色というか灰色っての?
癖をつける程度のごくごく緩いパーマがあてられ、前髪はしっかり作られている。
毛先にはシャギーが入り、ワックスで散らされている。
美容師が声を掛けてきた。
「小町君、似合ってるよ」
おい!
「小町君じゃないでしょう! どうして俺の名をあなたが知っている!」
「だって君、イヴ銀の有名人だもの」
「ゆうめえじん?」
声がひっくり返ってしまった。
「イヴ銀の従業員はみんな知ってるよ。店に来た時は『ラッキー♪』って思っちゃった。これで『アンジュ』でウェイトレスできるよね?」
しねえよ。
「これはマスターの陰謀ですか! ウェイターならいつでも引き受けますよ!」
それどころか頭を下げてお願いしたいわ!
「そう伝えてあげてもいいけど……男装の麗人になるのがオチだと思うよ?」
美容師がくすくす笑う。
「うんうん」
「そうそう」
その言葉に美鈴とおばさんが頷く。
マジむかつくんですけど。
俺も明らかに顔に出してしまっているのだろう。
美容師がとりなしてくる。
「まあまあ、一応は男性でも通る髪型だからさ」
「前髪作ってなければね!」
あれ、美容師の顔が素になった。
「最近は男でも前髪作る人多いよ。これはホント」
二人に目をやると、真面目に頷いている。
どうやらホントっぽいな。
だったら、そのトレンドの方が終わってるよ。
男が女っぽくするなんて、キモイ以外の何物でもないだろう。
まあ、されてしまったものは仕方ない。
予想がついてなかったわけじゃないし、諦めよう。
美容師が肩を軽く叩いてきた。
「小町君、そうそう。諦めが肝心だよ」
「あんたが言うな!」
「伸びたらまたおいで。カットモデルということで無料にしてあげるからさ」
やなこった、どんな髪型にされるかわかったものじゃない。
……と言いたいけど、散髪代浮くのは大きいな。
「じゃあ、そういうことで今日のことは見逃してあげますよ」
おばさんがにこやかに話しかけてくる。
「じゃあ次は服ですね」
「まさか婦人服ってオチじゃないでしょうね!」
「ちゃんと紳士服売り場行きますから安心してくださいな。その代わりイヴ銀からは出ることになりますけど」
本当の本当にですね?
かなり信用できないんですけど。