13/03/04 自宅:小町って、性欲の処理はどうしてるんだ?
バイトを終えて帰宅。
「ただいま」
「小町おかえり~」
な、な、なんだ?
姉貴がダッシュで出迎えてきた。
しかも、この猫なで声は何?
キモイ。
こいつ、絶対に何か企んでやがる。
ここは平然を装ってと。
「どうしたの? 何かいいことあった?」
「いいや別に? さあさあコタツに入れ。カプチーノでも入れてやろうじゃないか」
怪しい。
絶対に怪しい。
姉貴がお茶を入れるのが怪しいのではない。
わざわざ恩着せがましく口に出すのが怪しいのだ。
普段は黙って差し出してくれるから。
しかもわざわざカプチーノ?
最初に牛乳入れるだけなんだけどさ。
「ふふふん、ふふふん、ふんふんふーん♪」
鼻歌を歌いながらコーヒーを入れている。
明らかに機嫌がいい。
というか、これって美少女ばかり出てくる某科学アニメのオープニングじゃないか。
「レール○ン、姉貴も見たの?」
「みつきさんの着うたがこれだったからさ。なんか耳に残っちゃって」
「最近のアニソンはこんなものだよ。オタじゃなくても神曲と呼べるのいっぱいあるし」
「私にしてみれば、みつきさんが聞いてれば何でも神曲だ」
「はいはい」
「でもホント、この曲はイケイケ感満載でカッコいいな、お前のPCに動画全話分入ってて助かったよ。」
はい?
「姉貴……まさか、勝手に俺のPCを漁ったと?」
「漁ったとは人聞きの悪い。ちょっとお前のPCの設定をいじって私のPCでも動画を見られる様にしただけだ」
「世間ではそれを漁ったっていうんだよ!」
「残念ながらエロ動画は見つからなかったけどさ」
スルーするんじゃないよ。
言い訳できないくらいに漁ってるじゃねえか。
「どこの世界に弟のエロ動画探しだそうとする姉がいる」
「ここにいる。LAN組んでるんだから動画を共有するくらい構わないだろう。以前から共有できるように頼んでるのに、ずっと放置してたお前が悪い」
「ま……そりゃ……」
めんどくさかったし。
「大体だな、小町のPCは誰が買ってやったと思ってるんだ?」
「母さんですが何か?」
「母さんが買ってやったものは私が買ってやったも同然だろう。愛し合う母娘なんだから」
「春に母さんと大喧嘩したくせに何言ってやがる!」
「原因を作ったのは小町だ。私は何も悪くない」
ごもっとも、何も言えなくなってしまった。
でも母さんの様子からすれば、いつも喧嘩してたとしか思えないけどな。
単に俺の前で見せなかっただけで。
姉貴がカップをついっと差し出してきた。
「ほらカプチーノ。私からの愛を込めて蜂蜜を入れといた。バイトの疲れが取れるぞ?」
「とっとと用件を言え」
PCを漁ったくらいで、ここまで優しくしてくれる姉貴じゃない。
いつもは俺の物を漁っても開き直るだけだからな!
「まあ、先に飲めよ。飲みながら話そうじゃないか」
「まったくもう」
言われた通り一口啜ろう。
魂胆はどうあれ、せっかく入れてくれたんだし。
「それで小町。一つ聞きたいんだが……」
「うん」
適度に甘くて美味しい。
更にもう一口。
「小町って、性欲の処理はどうしてるんだ?」
ぶっ!
思い切り吹き出したじゃないか!
「汚いなあ」
姉貴が台拭きを放り投げてきた。
「吹くわ! どこの世界に弟にそんな事聞く姉がいる!」
「ここにいる。私の目があるのに、一体どうやって処理してるのかなあと」
もちろん姉貴が絶対に帰ってこない時間を見計らって処理している。
俺としては母親以上に姉貴には絶対に現場を見つかりたくない。
母親ならまだ「仕方ない」で済みそうだが、姉貴だと想像すらしたくない。
リアル姉貴いる人はみんなそうだと思う。
もちろんエロ動画は、全部ばれない様にファイル偽装している。
エロ本も姉貴の盲点になりそうな所に隠している。
漁られる事を前提に行動しているのもどうかと思う。
だけど「備えあれば」なんとやらな事態に直面してしまっているのは、もっとどうかと思う。
「どうでもいいだろう。どうしてそんな事を聞く。反抗期に突入する前に理由くらいは聞いてやろうじゃないか」
姉貴が何やらモジモジし始めた。
何、こいつ。
キモイ。
「いや……実は今日さ、みつきさんが私に会いに本庁まで来たんだ」
ああ、御機嫌な理由はそれか。
「わざわざ姉貴に?」
「人事課長に来るという口実をつけて会いに来た。私も仕方ないから同席したけど、素直に直接会いに来れないあたり、みつきさんもツンデレってて可愛いよな」
「それはどっからどう聞いても、口実じゃなくて本当に人事課長に会いに来たんだろう。そこまで現実見えなくなってるなら病院に行った方がいいぞ?」
「ふん。妄想するくらいいいだろうが」
実の姉からこんな開き直った台詞聞かされると、涙が零れそうになる。
「つまらないボケはいいから、とっとと話進めろよ」
「その時の話なんだけどさ。みつきさんの私を見る目が謎だったんだ」
「謎? どんな風に?」
「みつきさんからすれば外見理想な私を隣にして座ったわけだ」
「うん」
「だけど、私には目もくれず人事課長ばかり見ている。みつきさんはホモなのか?」
「んなわけないだろうが!」
「でも普通だったら、ほんのり顔を赤らめつつ、ちらっちらっと私の顔を見ながら、時折平たい胸を盗み見るのが普通だろう?」
「ぜんぜん普通じゃないから」
リアルでそんな事したらキモイと言われるのがオチ。
さもなければコミュ障扱いされるかだ。
いくら妄想癖のある俺でも、そのくらいはわかる。
「その後ようやく私を視界に入れてきたんだけど……その見る目が気にくわない」
「どんな目?」
「職場の先輩を見る目」
「当たり前だろうが!」
「何を言う。職場の男どもは、私を上から下までうっとりねっとりと舐め回す様な目線を寄越してくるぞ。家に帰ってから何してるのかはしらないけどさ。みつきさんこそ私の外見が理想というのなら、そういう目で見てきそうなものだろう」
それは絶対に職場の男どもがおかしい。
「じゃあみつきさんが本当にそういう目で見てきたら、姉貴はどうしたの?」
「ぶん殴ったに決まってるだろう。神聖な職場で信じられない」
「どっちだよ!」
「それはそれ、これはこれ。私はみつきさんの性的対象には入らないのかと自信を失ったわけだ。そこで小町に頼みがある」
姉貴がメモを差し出してくる。
先日も似たような展開があったよな。
もうイヤな予感しかしない。
何々?
【『最近、姉のパンストがちょっと破れてるんだが』
『彼女はブラが着けられない』
『はたらくのっぽさま!』
『とある、くびれた年上上司』】
全部どこかのアニメをもじったようなタイトルだが……。
「姉貴、これは?」
「みつきさんが先日借りたエロビ。これを借りてきてほしい」
あの……。
「まさかレンタルビデオ行って、こんなものまで調べたわけ?」
みつきさんに同情すると同時にゾッとする。
しかし姉貴は首を振る。
「みつきさんが会社で話してたんだよ。ビデオ店は警察以外に個人情報を教えないから」
訂正する。
みつきさんはバカじゃなかろうか。
でもどちらにしたところで答えは一つだ。
「断る。どこの世界にそんな姉が……もう以下略」
「なかなか性欲を処理する機会がないであろう弟に、優しい姉がお金を出してオカズを借りてやろうと言ってるんだぞ?」
「いらない気遣いしないでくれ! いたたた! 顔面掴むな!」
「どちらにしたところで答えは一つ。お前に与えられてる選択肢は『自分から進んで行く』か『私に無理矢理行かされるか』だけだ」
ひどい!
「せめて『アイス買ってくれる代わりに行く』って選択肢くらい寄越せ!」
「しかたないなあ。ガリガリ君ならお釣りで買ってもいいよ」
姉貴が手を放してくれた。
「で、それを借りてどうするわけ?」
「一緒に見るとか言わないから心配するな」
「見てたまるか!」
「部屋でチェックする。私がエロビに出ている女優と比べて何が負けているのか、あるいは何が足りないのかを確かめたいだけだ」
この女は絶対努力する方向を間違えてる。
でも何を言ってもムダだろう。
「仕方ない。行ってきてやるから金寄越せ」
「よろしく頼む。私が見終わったら遠慮なく使ってくれていいから」
「本当にいらないし使わないから」
みつきさんの好み。
つまりは俺と正反対、何一つツボをつく要素がないのに。
上着をはおり玄関を出る。
はあ……。
軒先で大きく溜息をついてから、駅前のレンタルビデオショップへ歩を進める。
こんな調子の姉貴に、みつきさんの上司が果たして務まるんだろうか……。