13/02/23 自宅:その方が受かってる気がして……
時計の針が九時五〇分を指す。
部屋に朝日が差し込む中、美鈴が身じろぎもせず正座している。
なぜかPC前の椅子の上で……。
何をしているのかと言えばK大文学部の合格発表待ち。
K大ではキャンパス内での掲示をしない。
よって受験生はインターネットか電話にて結果を確認することになる。
その開始時刻が一〇時なのだ。
K大も以前はキャンパスで合格発表を行っていたらしい。
個人情報の観点から問題があるとして止めたとか。
国立大はキャンパスでの発表を継続しているから、正直嘘くさく聞こえるけど……。
受験生とって合格発表は一大イベント。
例え受かろうと落ちようと。
だから是非とも掲示して欲しい。
何よりもだ。
合格発表から始まる恋物語というやつが期待できるではないか。
例えば、俺の受験票が風に飛ばされる。
慌てて握りしめたら、目の前に立っていた仮名A子さんの胸まで一緒に掴んでたり。
そこで一旦ビンタされるも、ガクガク震えるA子さん。
「どうしたの」「こ、怖くて見ることができないの」「大丈夫、俺が見てあげるよ」
受験票を受け取る。番号は……あ、あった。
「合格してるよ」「あ、あ……ありがとう! でも、こまっちは?」
黙ってサムズアップ。するとA子さんは抱きついてきた。
「これで二人一緒のキャンパスに通えるんだね!」
初対面の子がどうして俺をこまっちと呼んでいるかはおいといて、合格発表にはそういうドラマもあるだろう。
俺に現在彼女がいないのは、合格発表をキャンパスで行わなかったK大にも責任の一端があると思う。
「小町さん、何をニヤけてるんですか」
「あ、いや、別に……」
いつもならここでさらに追撃が入るのだが、今朝の美鈴は様子が違う。
表情は強張らせながらPC画面を凝視。
緊張しているのがはっきりと伝わってくる。
そもそも、どうして美鈴が合格発表日を俺の部屋で迎えているのか。
それは「独りじゃ怖くて見られないので一緒に見て下さい」と泣きつかれたから。
去年は俺も通過した儀式だけに気持ちはわかる。
そこでバイト先に事情を説明、本日は遅れて行くことを許してもらった。
それはいいのだが……。
「どうして正座なんだよ。普通に座れよ」
「その方が受かってる気がして……」
「そんなので結果が変わるか!」
「合格発表してくれるK大に礼を示してるんです!」
わ、わけわからない。
普段の小憎たらしいまでの理路整然さはどこいった。
確かにかわいげはある。
だけど、もはや年相応を行き過ぎて変人の類だ。
「ドキドキするんですけど……ああ、胸が張り裂けそう」
「成績からも当日の話からも合格ってるとしか思えないんだけど。落ちるとすれば受験番号書き忘れとかくらいだろ」
「書き忘れてたらどうしましょう……」
美鈴が青ざめる。
もしかしてお前、本気でそんなの不安がってる?
去年の俺でもそこまではひどくなかったぞ?
「ないから。それに理工学部は自信あるんだろ」
「だって理工学部だと、小町さんと同じキャンパスになれないんですよ? ああ、やっぱり三田に行ける学部を他にも受けておくべきだった……」
美鈴が泣きそうな顔をしている。
「理工学部が滑り止め」と聞いた時点で全く同情できないんだが。
問い質してみれば一番の得意科目は数学、次に物理。そして化学。
日本史は一番苦手とか。
ペラペラの英語が得意科目ですらなく、苦手科目ですら俺から見れば超ハイレベル。
美鈴相手じゃなければ「バカにするな」と叫んでバイバイしてたところだ。
ただ、美鈴の文学部志望の理由が理由だけになあ……。
もし俺と出会わなければ、美鈴は文学部を受けてすらいないはず。
去るどころか、むしろ責任まで感じざるをえない。
何よりここまで慕ってもらってるのは、素直に嬉しい。
ここはとにかく美鈴の文学部合格を祈ろう。
それに俺が美鈴に付き合っているのは、こいつの不安を和らげるためだけではない。
もっと切実な問題がある。
──時計の針が一〇時を示した。
美鈴がクリック連打を始めた。
表示は「アクセスできません」の連続。
一方で俺は電話応答システムにひたすらリダイヤル。
発表直後はアクセスが混み合う。
それこそコンサートチケットの座席取りがごとく。
だから人手があるに越したことがないのだ。
なんせ、去年は一時間以上かけ続ける羽目になったからな!
受験生としては正直大迷惑。
そういう意味でもキャンパスでの合格発表を実施して欲しい。
──おっ!?
〈おはようございます。K大入学試験係です……〉
今年は幸いすぐに電話がつながったぞ。
「美鈴、ほら」
受話器を渡す。
「一二三四番なのですが……はい……ありがとうございました……」
美鈴が電話を切る──や、飛びついて抱きついてきた。
「合格しました!」
「よかったな、おめでとう」
とは言うものの、俺的には茶番なんだよなあ。
せめてこれがA子さんなら。
「ありがとうございます……これで小町さんと……これからも一緒にいられる……」
美鈴が顔をあげて礼を言ってくる。
自慢の端正な顔は涙でぐしゃぐしゃ。
そこまで嬉しいのか。
すまん……茶番とか思って。
心の中で言い直させてもらうよ。
美鈴、文学部合格ホントにおめでとう。