13/02/15(1) 自宅:あんな奴ごときが僕にケチつけるなんて。地獄に落ちればいい
ふわーあ、もう昼過ぎか。
昨夜は姉貴の泣き声のせいで眠れなかったからな。
バイトが休みでホントによかった。
ついでに隣から苦情が来なくてホントによかった。
DKへ行くと、コタツの上に書き置きが一枚。
【旅に出ます、探さないで下さい。今晩は遅くなりますので夕食は先に食べて下さい】
支離滅裂な内容だなあ。
夜には帰る旅ってどんな旅だよ。
帰ってくるって言ってるのに探さねーよ。
とにかく、まだ立ち直ってないことだけは確かなようだ。
軽めの昼食を取ってから家事を済ませる。
時計は一四時三〇分。
そろそろ家を出よう。
──東急東横線日吉駅到着。
うん、時間的にジャスト。
美鈴にメールを打つ。
【今、日吉。スタバで待ってる】
日吉キャンパスはK大文学部の入試会場。
つまり俺は美鈴の様子を見に来た。
別に約束してるわけではない。
しかも美鈴にとっては楽勝の難易度。
それでも先生の身としては、やはり心配だし。
わざわざ有楽町までチョコを渡しに来てくれたってのもあるし。
だったら日吉までの足労を厭うわけにもいくまい。
常日頃通ってる場所でもあるんだし。
──美鈴がやってきた。
全身をすっぽりと多うもふもふダウンコート。
一瞬コートが歩いてきたのかと思ったけど、見るからに暖かそう。
「小町さん、わざわざどうしたんですか?」
「試験の出来どうかと思ってさ。美鈴からすれば楽勝だろうけど」
「心配してくれてたんですね、嬉しい」
「いや、そこまで笑顔満面にされても困る」
「あはは。でも楽勝なんて全然。合格したとは思いますけど、試験時間中は本当に緊張しまくりでしたよ」
美鈴はコートとカバンを席に置き、コーヒーを頼みにカウンターへ。
店内が賑わってきた。
みんな参考書や問題集を開いて答え合わせをしている。
俺も昨年は同じことしてたよなあ。
いや、場違いなヤツらもいた。
「あーん、ここ間違えてたぁ~」
「一問くらい大丈夫だろ。みーちゃんは合格する。なぜなら世界で一番可愛いから」
「たーくんも世界で一番格好いいから合格するよね。二人で一緒にK大通おうね」
お前らは一体何しに来た。死ねばいい。特に女。リアルでロングツインテールなんかするんじゃねーよ。三次元だと美人ですら似合わないんだから。お前如きがするのは冒涜でしかない。あれは二次元で重力を無視した描かれ方をするから魅力的に映るんだ。ついでにお前ら二人が両方とも合格するのも両方とも落ちるのも俺が却下する。どちらか一人だけが合格して大学別々になって別れてしま──
頭をパシっとはたかれた。
「何を恨みがましそうに見てるんですか」
戻ってきた美鈴は「呆れた」と言わんばかりの顔をしている。
そうだな、いかんいかん。
これではまるで姉貴じゃないか。
「あー、暖まる」
美鈴が両手で包む様にコーヒーを持ち、嬉しそうに啜る。
「でも、美鈴。今日は珍しいな」
「珍しい? 髪型なら、セットなんてしてる時間ないからまとめただけですけど」
今日の美鈴はポニーテール。
髪型もそうなのだが、目を指さす。
「メガネ、普段あんなに嫌がってるのに」
美鈴は極度の近視。
だけど大のメガネ嫌いでもある。
ただですら派手顔の人にはメガネが似合わない。
加えて度入りだと目が小さくなって、見られた顔じゃなくなってしまう。
美鈴もその例外ではない。
そして本人も自覚しているから、常日頃はコンタクトにしている。
「やっぱ第一志望ですもん。少しでも目に負担がかからない方がいいですし形振り構ってられないですって」
髪型といい、メガネといい。
案外、美鈴も人の子なんだねえ。
そういう殊勝な台詞を聞くと、先生としては可愛くなってしまう。
「ま、合格したと思える出来なら何よりだ。メシでも奢ってやりたいところだが……」
腕時計を見ると、まだ夕飯には早い頃合い。
「それじゃ雀荘でも行きます? 後ろから一〇段天上人の打ち筋を勉強させてあげますよ」
「生意気な!……と言いたいところだが、それは拝ませてもらいたいかも」
「じゃ決まり。雀荘行きましょうか」
──近くの某フリー雀荘。
美鈴の後ろに座って打牌を眺める。
美鈴の打ち筋は防御重視の牌効率重視。
典型的ないわゆるデジタル。
ただ牌読みが的確でベタオリはあまりしない。
改めて、本来は理系というのがよくわかる。
誤解されがちだが、麻雀は論理と確率のゲーム。
運と心理の読みあいが絡むのは、それを前提としての話だ。
一回目は美鈴のトップ。
「おねえさん強いねえ」
下家、つまり右隣に座ってる男性が美鈴に声をかける。
「まぐれですよ♪」
「しかも可愛いしさ、見とれちゃって麻雀に集中できないじゃん」
「ありがとうございます」
美鈴は男性に軽く笑みを向けてあしらう。
今日の美鈴にはお洒落っぽさの欠片もないんだけど。
それでもここまで言わせるのは大したものだ。
その言葉をかけてくれるのが女性なら、本人も心から喜べるだろうに。
「でもメガネ似合ってないよね。外した顔見てみたいなあ」
「そうですか? 僕メガネが好きなんで」
美鈴がそっけなく答える。
しかし、美鈴の顔から笑みが消えた。
こめかみでは青筋がぴくついている。
──その後の下家は悲惨だった。
美鈴はとことんまで下家を狙い打ちする。
山越、ハメ手、何でもあり。
下家が点数的に浮上すると、他家に差し込み。
ありとあらゆる手段で下家をラスに突き落とす。
下家は四連続ラスを喰らったところでようやく気づいたらしい。
「マスター、ラスト……」
※※※
雀荘の外へ。
美鈴が諭吉様達を財布にしまいながらボソリつぶやく。
「あんな奴ごときが僕にケチつけるなんて。地獄に落ちればいい」
こいつ、怒らせると怖い……。