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13/02/14(2) 自宅:仕事の時の私は私ではない……

 帰宅すると灯りは消えていた。

 まだ姉貴帰ってないのかな?


 リビングへ、灯りを点ける。


「うああああああああああ!」


 思わず悲鳴を上げてしまった。

 だってそこには、コタツに突っ伏す姉貴がいたから。 


「小町おかえり……」


 消え入る様な声で、ぼそりと挨拶を告げてくる。


「灯りもつけず、いったい何してるんだよ!」


「まあ……ちょっと……」


 スーツも着替えてない。

 いつもは帰宅したらすぐ着替えるのに。


「姉貴、せめて着替えろ。スーツがシワになるぞ?」


 しかし姉貴の反応はない。

 しかたない、部屋まで引き摺ろう。

 両脇を抱えて上半身を起こす。


 顔を見るとメイクがどろどろ。

 どうやらずっと泣いてたっぽい。

 いったい何があったのか。


 ──着替えた姉貴が戻ってきた。


 少しは我に返ったのか、ちゃんとメイクも落としてきた。

 これは間違いなく、みつきさん絡み。

 つまり仕事絡みでもあるから聞いていいか迷うとこだけど……。


 姉貴もみつきさんのことについてだけは俺に話せる範囲で話している。

 だったら構うまい。


「何があったの?」


「何もない」


 面倒くさいなあ。


 少しやり方を変えてみよう。

 変におだてて聞き出すという雰囲気ではない。

 だったら……。


 ちょっといい気分な時のためにとっておいたスタバのコーヒーパック。

 全然いい気分ではないのだが特別なタイミングには変わりあるまい。

 湯を沸かし、ゆっくり注ぎ、姉貴に差し出す。


 コーヒーの香りで少し気分が落ち着いたか。

 ようやく姉貴が口を開いた。


「みつきさんにいきなり飛び膝蹴りを食らわしてしまった……」


「は?」


「その後には私の伝線したパンストを渡してきてしまった……」


「は?」


「どうしよう……今日が初対面だったのに……」


 姉貴がコタツに肘を立てて頭を抱え出した。

 頭を抱えたいのは理解不能なこと聞かされたこっちなんですが。


 飛び膝蹴り?

 パンスト?

 何をどうやってどんな展開に進めばそうなる?


 すぅっと思い切り息を吸い込む。


「いきなり飛び膝蹴りとか、どんな暴力女だっ!」


「状況的にそうするしかなかったんだ……」


「破れたパンストとか、姉貴は痴女かっ!」


「仕事の時の私は私ではない……」


「このバカ女!」


「うわああああ! 言うな! 言うな! 言うなああああああああああ!」


 聞きたくないとばかりに耳を塞ぎ、髪を振り乱す。


 というか、現実にそんなことありうるわけ?

 この女、みつきさん恋しさに白昼夢でも見たんじゃないの?


 姉貴が肩を弾ませながら息を切らす。

 そしてバッグを手にすると、中から小箱二つをとりだした。


「小町、やる」


 つまりチョコ、本命と義理用の二つ。

 渡せないのはわかってたけどな。


 しかし、姉貴は意外な台詞を言い出した。


「自分から『義理チョコなんて用意してない』と言ってしまった……」


「はあ?」


「『義理チョコくらいくれたっていいじゃないですか』と言い返されたのに……そこでいくらでもあげる方便思いつけたはずなのに……」


 うん……今度は黙って聞いてしまう。

 姉貴がそこまで器用なら、俺は今頃何の心配もしていない。

 案外みんなそんなものな気がするし。


 しかし、どうしてくれよう。

 俺の目の前にはチョコが二つ。

 さらに美鈴からもらったやつ。

 都さんから昨日もらったチョコは、記念として冷凍庫に入れてあるからいいとして。

 さすがに美鈴のはすぐ食べてやらないとかわいそうだし……。

 カロリーオーバーになるから、この二つも冷凍庫行きだな。


 立ち上がり、冷凍庫に小箱二つを入れる。

 これ以上は話に付き合いようもないし、俺自身も気が重くなる。

 このタイミングで部屋に戻らせてもらおう。


 リビングを後に──姉貴が立ち上がって、腕を掴んできた。

 すると姉貴が呼び止めてきた。


「待て、小町」


「どうした?」


「今からマッシュにINする。小町も横で見ててくれ」


「なぜ俺が!」


「みつきさんに何を言われるか怖くてINできない」


 こいつは夜中に一人でトイレに行けない子供か。


 でも掴んだ手からは震えが伝わってくる。

 状況が状況だしなあ……。


「わかった。付き合ってやるよ」


                     ※※※


 姉貴がIDとパスを打ち込んでいく。

 いつもの軽やかに踊る様なタイピングはどこへやら。

 明らかに指の動きが重い。

 そんなに嫌ならINしなければいいのに。

 そうは言っても確認せずにはいられなくなるのが人の性なんだろう。

 チート騒動でも晒しスレを見ずにはいられなかったように。


 マッシュにIN。

 姉貴は早速、FLにあるみつきさんの名前をクリック。

 開いたウィンドウにチャットを打ち込む。


〈ねぎまぐろ:おはおは〉


〈みつき:おはおは。えらく遅いINじゃないか。実はねぎってリア充?〉


 は?

 ああ、みつきさんはねぎを男と思ってるものな。

 バレンタインデートを終えて帰ってきたと踏んだのか。


〈ねぎまぐろ:まあそんなところですよ。みつきさんこそどうだったんですか?〉


 ここは「全然です」とか返すところじゃないのか?

 それくらい俺でもわかる。

 やっぱり姉貴、かなり動揺している。


〈みつき:最低な一日だったよ。初対面の女にいきなり蹴り飛ばされるし〉


 姉貴の肩がピクっと震える。

 指を叩きつける様にしながら、チャットを入力していく。


 つーか、みつきさん。

 あなたもスパイでしょ?

 仕事の話を、ネトゲで赤の他人に話していいわけ?


〈ねぎまぐろ:え? 何ですかそれwww〉


 並べた芝生が切なく見える。

 俺にはむしろ姉貴の涙の数に見える。


〈みつき:外見こそ、俺の理想の美人貧乳以下略なんだけどさ〉


 あ、少しだけ姉貴の表情が緩んだ。


〈ねぎまぐろ:アニメの見すぎで白昼夢でも見たんじゃないですか? そんな女性が現実に存在するわけないでしょう〉


 いるよな。

 俺の目の前に。

 しかし姉貴がどんな気持ちでこの文章を打ってるかと思うと……。

 突っ込むどころか、涙が出てくる。 


〈みつき:同じ会社の先輩なんだけど色々あってさ〉

〈みつき:一応理由はあるんだけど、それでもさ〉

〈みつき:普通は初対面でいきなり蹴り飛ばすとかないよなあ〉


 うん、俺もそう思います。

 それでも、もうやめてくれませんか?

 リアルねぎまぐろ、涙流し始めてますから!


〈ねぎまぐろ:ないない。それ何のアニメですか?w〉


 痛々しい……。


〈みつき:それが本当なんだよなあ〉


〈ねぎまぐろ:でも外見だけはみつきさんの理想なんですよね? その先輩を口説いちゃったりしないんですか?〉


 チキンな姉貴にしては勇気ある台詞だ。

 これもネットを介しているがゆえか。


〈みつき:ないないw〉

〈みつき:彼氏はいない様子だけど、それも無理ないわw〉

〈みつき:そんな理不尽暴力系女を口説く男なんて世の中いねえよwww〉

〈みつき:例え外見がジャストミートでも全力で遠慮するわwwwwww〉


 ああああああああ!

 な、何て事を!

 しかもそこまで芝生を重ねなくたっていいじゃないですか!


〈ねぎまぐろ:はは、確かに。私でも遠慮するなあw〉


 姉貴……。


 目を拭っている。

 鼻水もすすり始めた。


〈みつき:今日はマイタケHDマラソンどうする?〉


 みつきさんに殺意がこみあげてきた。

 知らないんだから仕方ないけど。 


 はあ……押入を開け、布団を敷き始める。


〈ねぎまぐろ:明日用事があって早く出ないといけないんです〉

〈ねぎまぐろ:今日はこれから露店放置してすぐ落ちます〉


 もう姉貴のライフはゼロだ

 明日の用事とやらが本当かどうかは知らないけど、これ以上INできるわけがない。


〈みつき:そっか、じゃあ俺も落ちるかな〉

〈みつき:おやすー〉


〈ねぎまぐろ:おやすー〉


 姉貴はログアウトもせず、布団に倒れ込んだ。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああん」


 姉貴が枕を抱えながら大声で泣き叫ぶ。

 なんて近所迷惑。

 だけどお隣さん、今日だけは許してください。


 ああ、残酷な……。


 伝線したパンストとやらの話が出てこなかったのはせめてもの救いか。

 さすがにぼかしようがないから話さなかったんだろうけど。

 突飛ぶりは飛び膝蹴りの比じゃないし。


 ──そっと襖を閉め、自分の部屋に戻る。


 その後も明け方までずっと、姉貴の啜り泣く声が隣室から聞こえてきた。


観音とみつきさんの間に何が起こったかについて気になる方は、「キノコ煮込みに秘密のスパイスを」13/02/14合計7話分を御参照下さい。

事情を知らなくとも、本作を読み進めるのに支障はありません。

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