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13/02/14(1) イヴ銀リカー:小町さんに彼女ができるなんて、僕は嫌ですから

「お待たせしました、ありがとうございます!」


 包みを私ながら頭を下げる。

 レジに並んでいた御客様はこれで最後。

 バレンタインデー当日の本日。

 さすがに客は多かったが、ようやく一息ついた。


 バレンタインの主役はあくまでチョコ。

 リカーで売れるワインやシャンパンなどはオマケにすぎない。

 隣のチョコ売場はもはや戦場。

 夜になって割り引かれたチョコをめぐり、女性客の争奪戦が繰り広げられている。

 ああ、こんな醜い女性陣の姿なんて見たくなかった……。


 時計を見ると二〇時間際。

 そろそろ閉店だな。


 姉貴の方はどうなっただろう?

 時間的には一段落ついてそうだけど。


 横浜といえば……。


 こないだ姉貴が広げてた雑誌の「夜景が綺麗な店特集」。

 そこに載ってた横浜グランドインターコンチネンタルのラウンジの記事を「こんな店でみつきさんと夜の海を静かに眺めてみたいなあ」とか食い入る様に読んでたっけ。

 台詞を聞いて吹き出した瞬間、ぼこぼこにされたけど。

 案外、今頃はその店でリア充デートしてたりしてな。


 あくまでも仕事だし、そんなわけはないか。

 ま、何にしてもうまくいってくれてればいいんだけど。


 ──隣の売場から歓声があがる。


 何だろう?

 声の方向を見やる。

 売場スタッフ達は全員が一点を見つめている。

 その視線の先には……!


「小町さ~ん、バレンタインチョコを届けに参りました~」


「美鈴! お前どうして。明日試験だろうが」


 しかも今日は薄く化粧までしてやがる。


「だって、小町さんに僕からの親愛の印をどうしても渡したくて」


「その『物は言いよう』ってドヤ顔で、変な事を言うのはやめろ!」


 名前覚えてないバイトのA君が声をあげる。


「うお、リアル僕っ子だ! 初めて見た。小町の彼女?」


 同じくB君、以下略。


「何で、こんな可愛い彼女がいるのに今日バイトしてるの?」


「こいつは──」


 言いかけて止まる。

 ここで「男だ」と言おうものなら、思い切り美鈴に恥をかかせてしまう。


 ……仕方ない。


「──俺の彼女です」


 泣きそうだ。

 美鈴はニヤニヤしてやがる。

 こいつ絶対計算済みだ。


 チーフが声を掛けてくる。


「そうかそうか。だったら今日は後片付けはいいから、もうあがっていいぞ?」


 まったくもってありがたいことです。

 とても罪悪感と虚しさを感じますけど。


 ま、ここは言葉に甘えてしまおう。

 早く立ち去らないと、美鈴がさらに何しでかすかわからない。


「では失礼します」


                   ※※※


 イヴ銀を出ると美鈴が腕を組んでくる。


「やめろ、こら」


「いいじゃないですか、別に誰も見てるわけじゃないですし」


 確かに辺りは閑散としている。

 銀座エリアと言えども有楽町は少し離れている。

 その分、人の引きも早い。

 イヴ銀閉店後の時間だとこんなものだ。

 バレンタインデーと言ったって平日だし。


 でも誰か見てる見てない、それ以前の問題だと思うんだけどな。


「あー、さっきは面白かった」


「いい加減にその悪趣味な真似やめろ」


「うふふ」


「『うふふ』じゃないよ。これでバイト先で彼女を作るという深淵かつ壮大なる俺の計画が御破算になったじゃないか」


 せっかくあんなに女の子いっぱいの職場で働けるというのに。

 しかも今日バイト終わった後は隣の売場の女の子達と打ち上げあるかも、みたいな話をA君とB君から聞いていた。

 今日みたいな日に打ち上げ参加する時点でフリー確定だから、誘われることを期待しながら閉店時間を待ってたのに。


「だって小町さんもかなり痩せてきましたし、万一がありますもん」


「万一って……」


「小町さんに彼女ができるなんて、僕は嫌ですから」


「お前は俺に彼女を作らせたいのか作らせたくないのかどっちだよ」


「両方。現在何㎏まで落ちました?」


「現在六七㎏」


 ダイエット開始当時と比べれば、外見的には大デブから小デブくらいにはなった。


「順調ですね、これなら観音さんが指定した四月に間に合いそうだ」


「どうも停滞期に入ったらしくて、最近は下げ止まってるけどな」


 「きっと今日こそは一㎏減ってる」と祈りつつ目を瞑って体重計に乗る。

 目を開ける。

 しかし示されているのは昨日と同じ数字。

 ついつい、溜息ついてしまう。

 ここ五日間はそんな毎日だ。


「それも順調な証拠。もう少し経てば一気に落ちますよ」


 姉貴もそう言ってる。

 ダイエットの常識ではあるらしい。

 だけどそう思っても辛く不安になってしまう。


「……だといいんだけどな」


「大丈夫、大丈夫。自分のやってる事を信じましょ」


 その浮かれ調子は励ましてるつもりか?

 でもそうだ、今は信じるしかない。


 それに……俺の話はもういい。


「それより美鈴、こんな時間まで出歩いてて大丈夫なのか? 明日は本番だろうが」


 そう、いよいよ明日が美鈴の第一志望K大文学部の入試。

 有楽町までチョコ持ってきてる場合じゃないだろ。


「K大入試ってことなら今日からでしたよ──」


 は?


「──理工学部受けましたから」


「はい?」


「理工学部を受けたと言ったんですが聞こえませんでした?」


「聞こえてるわ! そうじゃなくて美鈴は文系だろう。どうして理工学部が出てくる」


 確かにK大ならどこでもいいとは言ってたけど。


「誰が文系だなんて言いました? 文学部が第一志望なだけで僕は理系です。理工学部は矢上で三田じゃないから僕にとっては滑り止め。ま、合格したと思います」


 美鈴がさらっと言う。

 しかし、その台詞の内容はさらっと流せないぞ?


 一から思い出してみよう。


 家庭教師に入った時、英語を教えるということになった。

 そして美鈴は英語もフランス語もぺらぺら。

 しかも日本史が得意。

 とっさに古文使ったジョークが出てくるということは国語も得意。

 そしてK大文学部が第一志望。


 ……だけど「文系」だとは一言も言っていない。


 いや、美鈴が理系であると聞かされれば合点もいく。

 だって麻雀は論理を追求するゲームであり、理系向き。

 こいつがあれだけ強いのも納得できる。


 でもそんなことは問題じゃない。


「なぜ本当は理系って言わなかった!」


 俺に何ら不都合があるわけではない。

 だけど気分的には正月麻雀ではめられた時と変わりやしない。


「だって聞かれませんでしたし」


 さらっと流しやがって。

 だけどここは退けない。


「聞くも何も想像すらしなかったわ。それに普通は教え子の側から言うだろう」


「だってK大文学部が第一志望なのは本当ですし……それに、もし話したとするでしょ?」


「うん」


「頭ぐりぐりするでしょ?」


「うん」


「痛い痛いは『やー』ですもん」


「『やー』じゃないだろ。そこでかわい子ぶるんじゃない!」


「いいじゃないですか。これで春から少なくとも一緒の学校には行けそうなんですし」


 全く悪びれてない。


「おま──」


 美鈴が俺の台詞を遮ってきた。


「はいはい、チョコは甘さ控えめで選んでおきましたから、気を抜かない様にダイエット頑張って下さい。僕にタイへ性転換手術連れて行かれない様にね」


 一気に台詞を言い終えた美鈴は、組んでいた腕を放す。


「それじゃおやすみなさい」


「お、おう。おやすみ」


 美鈴は手を大きく振りながら銀座駅に向かっていった。

 まったくもう。


 でも明日は本当に頑張れよ。

 文系理系はともかく、文学部が第一志望ってのだけは俺もちゃんとわかってるから。

 その理由はともかくとしてな!


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