表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/156

13/02/09(1) 毘沙門家の車の中:長い間、本当にありがとう

 空いた車道。

 バスの最終はとっくに過ぎた時間。

 窓の向こうで緩やかに流れる景色をぼーっと眺める。


 車内に視線を戻す。

 速度計はぴったり法定速度。

 車は最新モデルのプリウス、別にボロいわけではない。

 単に運転してる人──美鈴のおじさんが慎重なだけ。


 姉貴によると、公務員が絶対避けなくてはいけないのが交通事故。

 飲酒運転での人身事故は即座に懲戒免職。

 飲酒してなくても、ほぼ役人人生が終わるとか。

 それゆえか姉貴の運転はうまく、とても安心して乗っていられる。

 そしておじさんの運転も、やはり姉貴に通じるものがある。


 おじさんが話しかけてくる。


「今日もお姉さんは国会待機?」


「いえ、今日はキャリアの飲み会だそうです」


「そうか。うちも公安庁もキャリアの少ない役所だけに、キャリア同士仲いいからなあ。今頃はきっと羽を伸ばしてる頃だね」


「そうですね……」


 羽を伸ばすどころか、帰ってきてたら間違いなく愚痴られる。

 それを思うと曖昧な返事しか返せない。


 しかしおじさんとは気軽に接しづらい。

 とかく年配の男性には話しかけにくいもの。

 返事するだけならともかく、自分から話題を振るとなると気後れしてしまう。


「ところで、もしK大に入学する事になったら寄付金はどのくらい払えばいいのかな?」


 おじさんもそれを察してくれるのだろう。

 話が途切れそうになると、無難な話題を探しては振ってくれる。

 この辺り、おじさんがいい人なのを感じさせられる。

 こう言ってはなんだけど、とても毘沙門家の人間と思えない。

 単に他の二人がおかしいんだろうけど。


「そんなの払わなくていいですよ。僕も周囲の友人達もみんな払ってませんし」


「そうか、それなら安心して通わせる事ができるな」


 合格(うか)る落ちるの心配は全くしてないのがよくわかる。

 でもそれは当然。

 学校の成績は知らないけど、美鈴の学力は明らかにK大文合格ラインの遙か上。

 ムカつくけど、俺とはケタが違う。

 落ちるなんてまずありえないから。


 我がアパート到着。

 さすがプリウス、静かな停車。


「送っていただいてどうもありがとうございました」


 礼を告げて車を降りる。

 そしたらおじさんも車から降りてきた。


「小町君」


「はい?」


「長い間、本当にありがとう」


 おじさんが深々と頭を下げてきた。


「いえいえ、何もしてませんから」


 年配の方に頭を下げられると、こちらが身構えてしまう。

 しかも本当に何もしてないのだから、余計に心苦しい。

 美鈴が問題解けなくて困ってる姿を見た記憶がないくらいなのに。


「そんな事はない、小町君のおかげで我が家は本当に助かったのだから」


「はあ、そういうものですか──」


 これは社交辞令というものだろうな。

 なら、こう返すべきか。


「──どういたしまして」


 頭を上げたおじさんが再び車に乗り込む。

 静かにプリウスが発車。

 暗闇に光るテールランプがだんだん小さくなっていく。


 今日で家庭教師も終わりなんだな……。

 改めて深い感慨を抱いてしまう。

 冷たい風に合わせ流れてきた一抹の寂しさと共に。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ