13/01/31(1) K大:広島弁こそ広島人のソウルなんじゃけえ捨てちゃいけまあ
──終業の合図。
試験終わったあああああああああ!
本日で学年末試験終了、春休み突入だ。
K大、特に文学部は絶対に必修科目を落とせないから。
まずK大は私大の中でも特に進級が厳しい。
なんせ各学年で留年が許されるのは一回のみで二回目は放校。
他の学校では条件無しで八年まで在籍できるのに。
そして文学部は一年生で必修科目を落とすと地獄を見る。
落としたのが一つだけなら仮進級はさせてもらえる。
しかし「仮」の名の通り、二年から三年にあがる時に結局高確率で留年する。
日吉と三田の両方のキャンパスに通う事を強いられるからだ。
しかも大抵は必修を再度落としてしまっている。
つまりは地獄のループ。
仮進級の時点で放校フラグが立つようなものだ。
さらに俺が抱えるのは奨学金の問題。
幸いK大は奨学制度が充実している。
もし給費奨学金が取れれば、学費は国立とかなり近くなる。
いくら姉貴が学費出してくれてるからって甘えるわけにはいかない。
少しでも負担を少なくしてやりたい。
そうでなくとも無理を通して行かせてもらった大学。
勉強一途と言わないまでも、のほほんと遊んでるわけにはいかないからな。
こうした事情により、俺は周囲のさぼるなか、ちゃんと授業へ出席。
しっかり勉強して成績を稼ぐことにしている。
もちろん好きこのんで勉強する気はないので、できるだけ出席せずともA評価のもらえる楽勝科目で時間割を固めてはいるけど。
同郷広島の福富が声を掛けてきた。
「小町えらかったのう、試験どがなあ?」
「少なくとも単位は取れたと思う。福富こそどうだった?」
「わしも余裕よ」
「それはよかった」
「ゆうかよ、小町もちゃんと広島弁で喋れえや。広島弁こそ広島人のソウルなんじゃけえ捨てちゃいけまあ、こんかっこつけしい」
広島人は福富みたいに東京でも広島弁で通す人が多い。
有名人ですらそう。
俺みたいに標準語に矯正した広島人は肩身が狭いのが実情ではある。
だけど俺は「郷に入りては郷に従え」のタイプ。
広島弁使わないくらいでソウル捨てたとまでは言われたくない。
「福富、そんなこと言ってるともう二度とノート回さないからな」
俺は当然、試験対策のノートを回す側。
だから福富に限らず、各科目の試験終了後には方々から礼を言われた。
特に履修している人が少ないマイナー科目。
得意になる気もない。
だけど喜んでもらえれば、やはり気分は良い。
慶大の成績は相対評価じゃなく絶対評価。
全員一〇〇点なら全員がA。
だったら幸せはみんなで分かち合うべきだろう。
「わかっとらあな。ほんま『デブノート』にはぶち世話になったけえ、感謝しとるって」
「『デブノート』じゃあ? わりゃ、なんカバチたれおんな。しばくぞ!」
「……普段からそがあに話しゃあええのに」
あ、いけない。つい広島弁が。
でも、デブノートはないだろう。
回り回って戻ってきた文書ファイルの題名が「デブノート.doc」。
これを見た時はさすがに泣いた。
大阪出身の大柿が割り込んできた。
「まあ、そないな事言わんといてな。みんなも『デブノートに書いてる事は本当に試験に出る』言うて小町に感謝してんやん」
「授業のノートなんだから、そこから出て当然だろうが」
俺が先生を見れば、試験問題が頭の上に表記されてるとでも言いたいのか。
寿命の半分を失ってまで、そんなの見たいとは思わない。
「せやけど誰やろな、あんなひどい名前をノートにつけた奴」
「そんな台詞言いながら笑いを必死で堪えているのはどこの誰だよ」
実は名前を付けた奴の心当たりはあるんだけどな。
愛嬌のつもりだろうけど、ふざけやがって。
それでも、そいつに文句言えないのが我ながら弱いよなあ……。
東京出身の黒瀬も割り込んできた。
「そういえば小町痩せたんじゃね? 顔が少しほっそりとした気がするぞ?」
「そうか? 勉強で徹夜続いてるからそのせいじゃないかなあ」
ダイエットしてるとは何となく口にしづらい。
「男の癖に」とか言われそうだし、失敗した時が恥ずかしいし。
「そっか。でも今日からはゆっくり眠れるしな」
「ああ。それじゃみんな、四月に三田で会おうぜ」
手を軽く上げ、別れを告げる。
本当に会えるといいな。
会えなければ留年したって事だから。
終わったことながら三人の健闘を祈ってしまう。
教室を出てからは真っ直ぐ日吉駅へ向かう。
歩幅を広くとった早足を心掛けながら。
実はこれもダイエットの一環。
靴はトーニングシューズ。
これも姉貴が買ってくれた。
原理としてはバランスボールと同じ。
履いて歩くだけで痩せるとか、随分と優れた代物を作ってくれたものだ。
今日は家事の他にも姉貴に頼まれたことがある。
早く帰らないと。