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13/01/23(3) 自宅:み、み、みつきさんをスパイするなんて……そんなのストーカーのやることじゃないか

「さて、どう話したものか……」


 姉貴はそう言ったきり黙りこくる。

 元々グチり慣れてる人じゃないしな。

 こちらから適当に問うてみるか。


 どこの会社でもありそうと言えば……。


「お見合いの話を持ってこられて、その相手がみつきさんだったとか?」


「それのどこに困る要素がある? せいぜい受諾するまでに『私にはもったいないお話ですから』と何回答えるか悩むくらいだ」


 それはそれで面倒くさそうだけど。

 我ながらつまらないことを聞いてしまった。


 しかし、それが呼び水になってくれたか。

 さほどの間を置かず、姉貴が口を開いた。


「みつきさんは今、役所を辞めさせられようとしている──」


 は?


「──しかも、その役を命じられたのが私だ」


 はああああ?


 えーと……。

 何から聞けばいい?

 どう聞けばいい?

 ここはきっと驚くところなのだろう。

 意外すぎて。

 だけど意外すぎるにも程がある。

 全くわけがわからない。


 とりあえずはこれか?


「公務員ってクビにできないんじゃないの?」


 自分でもピンボケな質問だと思うけど……。


「できないよ。何か問題起こさない限りな」


「じゃあ、みつきさんは問題を起こしたわけ?」


「起こしてはいるが……役所を辞めさせられるほどのことじゃない──」


 姉貴自身も歯切れが悪い。

 話しながらまとめているっぽい。

 

「──一言で言えばパワハラだよ」


「パワハラ?」


 それだけ聞いてしまえば、特になんてことのない言葉だが。

 恐らく姉貴としては複雑な事情を一言にまとめようと考えあぐねていたのだろう。 


 姉貴が具体的に説明を始めた。


「みつきさんは本庁にいるとき上司とケンカしたんだ。まずそれが左遷の原因」


「それくらいで左遷されちゃうわけ?」


「いや、その後に色々あってな……悪かったのは、その上司には親玉がいたこと。上司は親玉に頼んで、みつきさんを横浜に飛ばしてもらった」


「ひでえ!」


「もっともそうしなければ、その上司は今頃シリアだったけどな」


 内戦真っ只中の、世界中で最も危険といっていい国じゃないか。


「それ、死ねって言ってるようなものじゃないか!」


「死ねって言ってるんだよ。みつきさんにだって親玉はいる。親玉Mとしようか。一方で上司の側を親玉Jにしよう」


 みつきのMに上司のJだな。


「それで?」


「上司は公私混同して役所の業務までめちゃめちゃにしたんだ。でも親玉Mは上司を注意したが聞き入れてもらえなかった。親玉Mにはメンツもあるし、みつきさん可愛さもあるし、それ以前に職務として当然だし」


「ふむふむ」


「ただ、親玉の格が違った。それだけの話さ」


 うーん……。


「つまりまとめると、みつきさんは自業自得じゃあるけど、それ以上の理不尽な目に遭わされてるということでいいの?」


「理不尽なのはここからだよ」


「はあ?」


「親玉Jは横浜にも手を回し、みつきさんを庁内ニートに追い込んだ」


「庁内ニート?」


「ドラマとかでよくあるだろ。リストラに応じなかったおじさんが社史編纂室に押し込められて一日中新聞読んでるってヤツ。現在のみつきさんはあれと同じ」


「そこまでするのかよ!」


「背景には親玉Mと親玉Jの派閥抗争みたいな図式も絡んでてややこしいんだが……いわば見せしめにされてるんだよ。親玉Jの派閥に反目したらどうなるかってさ」


 ひどすぎる……。


「でも、それで姉貴が辞めさせる役回りって?」


 姉貴がコクリと頷く。


「今度は親玉Jが、みつきさんに北朝鮮との二重スパイの嫌疑をかけてきた」


 はあああああああああああああああ!?


「すごくトンデモに聞こえるんだけど」


「トンデモ以外の何物でもないよ」


「みつきさん……やってないんだよね?」


「私が証拠だ──」


 姉貴が自らを指さす。


「──みつきさんは帰宅してから明け方までずっと一緒にマッシュに狂ってる廃人。そんな社会不適合者に二重スパイなんてやってる時間があると思うか?」


 お前、今、社会不適合者と口にしたな。

 自分自身もそうであること気づいてるか?

 でも……。


「納得した」


 手短に答えておく。

 要らぬ茶々入れて話の腰を折りたくはない。


「要は言いがかりなのだが、親玉Mも正面切っては逆らえない。そこで親玉Jに従う振りして、二重スパイの証拠を掴むという役割を私に与えたんだよ──」


 姉貴がニヤリとする。


「──実際には、みつきさんを守るためにな」


 なるほど。

 そりゃ浮かれもするよな。

 最初の「辞めさせる役」というのは只の言葉遊び。

 好きな人をリアルで守るなんて使命を授かるなんて。

 まさにピンチのお姫様を守る王子様。

 性別的に役割が逆だけど、姉貴はどう見てもお姫様より王子様のキャラだ。


「でもそれなら落ち込む話でもないだろ」


「完璧な報告書を作り上げる自信はあるが、そんなのやってみないとわからない。結果が出る前に安堵するのはマヌケのやることだ」


「はあ……」


「何よりだ。私は好きな人をスパイすることになるんだぞ?」


「それが姉貴の仕事だろ」


 姉貴がダンとテーブルを叩いた。


「バカ言え! み、み、みつきさんをスパイするなんて……そんなのストーカーのやることじゃないか。みつきさんを尾行とか盗撮とかしたりするんだぞ」


 お前、元旦の時は都さんと偉そうに語ってたじゃないか。


 でもツッコミ入れるのはやめておこう。

 姉貴の顔は真っ赤。

 さすがにかわいそうだ。

 どうして、こういう所だけ変に乙女なんだ。


 話を変えてと。


「ところで、どうして姉貴が?」


「親玉Mは私の親玉でもあるから。そして親玉Mの子飼いでみつきさんに面が割れてないのは私だけだから。人事のタイミングとか色々でな」


「なるほど。姉貴はみつきさんのこと知ってたの?」


 首を横に振る。

 

「噂には聞いてたくらい。顔も知らなかったよ」


「知らなかった?」


 過去形?


 姉貴がスマホを操作し、画面を見せてくる。


「これがリアルみつきさん」


 えっ、えっ、ええええええええ!


「めちゃめちゃ美形じゃないか!」


 いわゆる女顔。

 だけど俺と違い、女そのものに見えるわけじゃない。

 中性的な顔立ちというだけで、はっきりオトコとわかる。

 

 姉貴がにんまりとする。

 

「だろ? 下の名前は『弥生』。名前が女ってところまでお前と同じなのにな」


 心見透かしたようなこといいやがって。

 でも、あれ?


「名前言っちゃっていいわけ?」


「バラす相手もいないだろ。ついでに言うと『みつき』は『弥生』のアナグラムだよ」


「アナグラム?」


「みつき→三月さんがつ→弥生ってことさ。本名をキャラ名にするとかバカすぎる」


 それ以前に「弥生」って名前の男なんかいねえよ。

 みつきさんはそこまで考えてキャラ名にしたのだろう。

 むしろおかしいのは姉貴の方。

 俺や美鈴のせいで、絶対に感覚が麻痺している。


 まあ、そこはどうでもいい。

 この写真にはもっとシリアスで切実な問題がある。


「姉貴」


「ん?」


「これだけカッコいい人なら、彼女だっているだろ?」


 姉貴の表情が曇った。


 俺だって言葉にするのは心苦しいけど……。

 本気なら尚更のこと、現実はハッキリ認めないといけまい。

 ここはマッシュじゃない、リアルなのだから。


 ──あれ?


 姉貴がスマホを再び操作して、画面を見せてきた。


「さっきのは二年前。これが現在のみつきさん」


 えっ、えっ、えええええええええええええええええええええええ!

 

 驚きはさっきの比じゃない。

 いや、これを最初に見せられていたら、俺は驚かなかった。

 むしろそうだろうと思っていたから。

 だって、この画面に映っているのは……デブ。

 それも俺よりひどい。

 表情のせいか、キモオタと呼んだって構わないくらい。


「どうして、アレがこうなる!」


「お前だって同じじゃないか」


 まったく言い返せない。

 そうか……。

 俺は他人からするとこう見えていたわけか……。

 もっとも、痩せたとしても、みつきさんみたいにカッコよくはないけどな!


 いや、それ以前にだ。


「姉貴……デブでもいいわけ?」


 死ぬほどデブが大嫌いなはずだが。


「それがどうした。私はデブでも構わない。それに私の愛で痩せさせてみせる」


 姉貴は真顔。

 今はっきり悟った。

 今までもわかってたつもりだけど……こいつ、本気だ。

 みつきさんに完全にベタ惚れしてしまってる。

 痩せさせてみせる、その前提はつくけど「デブでも構わない」。

 まさか姉貴の口からそんな言葉が出るなんて。


 お見それした。


「そこまで言うなら、もう姉貴がみつきさんと会って事情話した方が色々早くない? ついでにねぎと明かしてさ」


「事情はいずれ話すだろうけど、今はムリ。敵──親玉Jの動きを窺わないといけないから。絶対にヤツは次の手を打ってくる」


 なんて生々しい話だ。


「あ、小町ゴメン。聞かせなくていいところまで聞かせちゃったな」


 そんな気を使わせる表情しちゃったのかな?


「ううん。それはいいけど……ねぎと明かせないのは?」


 姉貴が言い淀む。


「……色々と……思うところがあってな……」


 なら無理には聞くまい。 


「そっか」


「そういうわけで、私は明日からしばらく忙しくなる。小町にも色々協力してもらいたいことあるからよろしく頼む」


「協力?」


「すまないけど家事はしばらく任せた。他にも頼むかもだが、まあ似たような話だよ」


 ああ、そういうことか。

 まさか部外者の俺に尾行とか張り込みとかさせられるわけないだろうし。


「別に構わないよ。姉貴は心置きなくみつきさんを守ってくれ」


 姉貴がクスリと笑う。


「ありがと。じゃあこれ、御礼の『あ~ん』」


「しないから! しかも完全に冷めちゃってるから!」


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