11/12/19 自室:デブじゃないか! ぶくぶく醜い脂肪のついた肉塊になりはててるじゃないか!
もぐもぐ。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
ああ、美味しい。
甘いシュークリームは受験勉強のお供だ。
砂糖をたっぷり入れたホットチョコレートをすする。
頭使うから糖分補給しないと。
俺の第一志望は東京の私立K大。
日本一リア充が集う大学と言われており、K大に行きさえすれば誰でもカノジョができると言われている。
しかも寄ってくるのは女性からでよりどりみどり。
ああ、まさに現代のエルドラード。
中学時代に大阪行った直後、好きな子に告ったら振られた。
「あたしよりキレイなオトコなんてイヤ」って。
しばらく立ち直れなかった。
だけど再びこないだ勇気を出して、好きな子に告ってみた。
また振られた。
「小町みたいにキモイオトコはやだ」って。
オトコからのラブレターは山積みだというのに。
何がキレイだ!
何がキモイだ!
みんなして女扱いしやがって!
ああ、「カッコイイ」って言われたい!
もうこんな人生はイヤだ!
絶対にK大に合格して、今度こそカノジョを作るんだ!
パソコン画面の下からポップアップ。
姉貴が帰宅してPCを立ち上げたらしい。
随分遅いな、もう零時前だ。
いま姉貴は内閣情報調査室に出向中。
ものすごい名前の役所だけに、きっと残業なのだろう。
ここで「デート」という発想が思い浮かばないのが弟ながら悲しい。
姉貴は男に縁がないわけじゃない。
むしろモテまくりだ。
オトコの俺ですらオトコからモテるのに、女の姉貴がモテないわけがない。
それこそ姉貴の歩く後には屍が築かれたという伝説が、未だに鳴り響いている。
姉貴は二七歳。
俺と一回り違うのに。
「美人の姉ちゃんいて羨ましい」とはみんなから言われる。
でも「美人の姉ちゃん」と言われても、複雑でしかない。
自分と同じ顔というのもあるけど、それ以前の問題だ。
チャームポイントと言われる切れ長の目からは鋭い眼光が走る様。
顔だけ見ると、冷酷とかそういった類にしか見えない。
姉貴には悪いと思う。
だけど、どうしても自分達の顔は好きになれない。
俺がオトコというのを置いといても、男達の目は腐ってるとしか思えない。
お目々パッチリ。
それは日本人がオンナの子に求める絶対条件。
壁に貼ってあるプ○キュアとま○かのポスターだって、そう語っている。
俺は別にボッチではない。
オンナの子とも普通に話している。
しかしオトコにばかりモテて、好きな子には振られ続け、それ以外からも全く相手にされない。
そこにきて理想の顔したヒロインばかりとくれば、二次元にダッシュしたくもなろうというものだ。
ああ、化の『ガ○ラさん』とか。
ああいう俺系統の顔したヒロインは見えない方向で。
──ピコリンとスカイプのチャット音が鳴る。
これはもう日課。
姉貴は帰宅すると、俺のスカイプを鳴らす。
ただ音声ではなく普通のチャット。
音声だと話してる間集中しづらいけど、チャットなら手が空いた時に入れればいいから。
【ただいま】
【姉貴おかえり。今日はえらく遅かったじゃん】
普段はもっと早い。
二一時頃には帰宅しているが、今日は零時を回ってしまっている。
姉貴はいわゆるキャリア官僚。
世間では一日三時間も眠れないくらいに忙しいって聞くから、これでも早い方なんだろうけど。
「私が早く帰れるのは日本が平和な証拠」。
そう言われると何となく納得してしまう。
【仕事で色々あってな】
【ああ、北朝鮮の最高指導者が死んだってやつ? ニュースでやってた】
【そういうことだ。しばらく忙しいから今年の年末は帰れないな】
姉貴は年末年始、お盆、ゴールデンウィークは基本的に帰ってくる。
どうしても広島が恋しくなるんだそうな。
【スカイプでそんなこと言って大丈夫なわけ?】
姉貴曰く、日本のメールやチャットは全部アメリカに盗聴されてるんだそうな。
【ただの世間話じゃないか。この程度なら、ではだけどな……】
姉貴がスパイ。
昔想像したような仕事をしているわけではないのは、もうさすがに知ってる。
でもやっぱり人目を忍ばないといけないのは、世間の常識そのままだ。
昔は知らないけど、今カレシを作れない理由はそこが大きいだろう。
なんせ「近寄るオトコは全員敵のスパイにみえる」と真顔で言うくらいだから。
【そっか。冬本番になってきたし、仕事も程々に】
【ありがと。小町の勉強の方はどうだ?】
【順調。ふられたパワーを勉強に思い切りぶつけてるよ】
【……姉が聞いても切なくなるセリフだな】
【うだってても仕方ないもの。でも母さんがなあ……『東京の私大なんてお金かかるからダメ。頑張れば地元の国立受かるって言われてるんだから、そっちの勉強して』って今日も言われた】
なんせ広島では、地元の国立がT大並にありがたがられてる。
姉貴も「T大文一確実」と言われながら地元の国立に進んだし。
将来は県庁に就職して地元に骨を埋めるつもりだったから、何の迷いもなかったとか。
結局公務員になったのはビジョン通りだけど、一体どこで人生間違えたんだろう。
一方、俺の偏差値は五〇~五五。
ただ苦手科目もないから、国立でもギリギリ足りる。
【まあ、そんなの受かってから悩めばいいだろ。偏差値的には無謀と言われても怒れないんだし】
第一志望K大文学部の偏差値は六五。
一〇離れてるのはきついけど、K大文学部は異様な程の英語偏重入試。
英語さえできれば受かるから、そればっかりやってる。
【でも受かったって行かせてもらえないんじゃなあ】
母さんも受験自体は許してくれている。
それは「落ちる」と思っているから、ついでに東京観光してこいということ。
まったく、なんて母親だ。
【もし受かれば、私も母さん説得するから】
【うん、ありがと】
──トントンとノック音が鳴る。
【あ、母さんが来た】
【じゃあな。勉強頑張れよ】
姉貴のアカウントがオフラインを示すと同時にドアが開く。
「小町ちゃん、はい陣中見舞い」
お盆の上には甘酒。
その横にはカップ焼きそば「ペ○ング」と生卵二つ。
「母さん、ありがと」
「頑張って国立受かってね」
ああ、胸が痛い……。
母さんはこうやって、夕食とは別に夜食を毎日運んでくれる。
母さんが退室してから、生卵をペ○ングに割り入れる。
もう一つぱこっ。
箸で黄味を割って掻き混ぜる。
つるつる、ずるり。
うん、オイシイ!
他のカップ焼きそばじゃだめなんだよなあ。
味が変にスカスカしてしまう。
きっと液体ソースなのがポイントなんだろう。
生卵と絡みやすいから。
明け方五時頃までは勉強するから、毎晩これを三つ食べている。
勉強するってストレス溜まるし、お腹が空くし。
甘酒をすする。
ああ、体がほかほかする。
エネルギー補給したところで、もう一頑張りだ!
※※※
──三月。
俺は無事に第一志望K大文学部に合格した。
ついでに地元の国立大学も。
でも母さんは……やっぱり許してくれなかった。
姉貴に相談したら、「私が説得する」と実家に帰ってくることになった。
なので今こうして姉貴を待っている。
ガチャンとドアが開く。
姉貴だ。
出迎えに玄関へ出る。
「姉貴、おかえり」
「小町、ただい──」
どすんとカバンの落ちる音がした。
姉貴は目を見開き、口をあんぐりと開けている。
「どうしたの?」
「小町! その姿はいったいどうした!」
「どうしたって?」
「デブじゃないか! ぶくぶく醜い脂肪のついた肉塊になりはててるじゃないか!」