13/01/23(2) 自宅:まあ、たまにはグチに付き合え
現在の俺は、姉貴と同じ冷酷目を思い切り見開いてるに違いない。
「リアルで、ってこと?」
やっとの思いで、それだけ絞り出した。
姉貴がコクリと頷く。
どういうこと?
そんなことありうるか?
……いや、ありうる。
「姉貴、見損なったよ」
「はあ?」
「職権濫用にも程があるだろ! 確かにスパイなら何でも調べられるだろうけどさ!」
姉貴が一瞬ポカンとしてみせる。
しかしすぐさま言葉を繋いできた。
「ああ……勘違いするのもムリないな。驚かせようとしてもったいぶって悪かった。そういうのじゃないよ」
姉貴がそう言うからには、本当に違うんだろうけど。
話が長引きそうだし、とりあえず茶碗の中のサムゲタンを片付けてしまおう。
レンゲを手にとる。
「じゃあ、どういう事情?」
「うちの役所の職員だった。私の後輩キャリア」
──は?
俺はレンゲを落としてしまっていた。
それに気づかないほど、呆然としていたらしい。
問い返さないと。
しかし口はぱくぱく開くだけ。
声が出てこない。
何を聞いたらいいのかすらわからない。
姉貴が続けてきた。
「ただし勤務地は横浜だけどな」
「ありえない!」
ようやく声が出た。
「『ありえないことはありえない』って、強欲なアニメキャラも言ってただろう」
「いったいどのくらいの確率だよ!」
「原発の重大事故が起こる確率が五〇億分の一って言われてたから、それよりは高いだろ」
経○産○省と東○電○のおえらいさんは原発の隣に住めばいいんだ。
それが責任をとることと、ギャンブルじみた野球アニメの主人公も言っていた。
じゃなくて!
「それでも──」
「もし小町が自慢げに招き猫を倒さなかったら、私が意地になって招き猫を狩り続けることはなかった。とっくに場所移動してたはずだからみつきさんと出逢うこともなかった。人の運命なんてそのくらいちょっとしたことで変わるものだよ」
さり気なくカッコつけた振りして、全部俺のせいにしやがった。
まあでも、そうなのかもな。
ちょうど連休中、しかもキャンペーン中だったし。
俺が姉貴に対して友達を作らせてやりたいと思ったように、をみつきさんに対して考えた人がいてもおかしくない。
「じゃあそこは認めてやる。どうしてその人がみつきさんとわかった?」
「その職員のデータを見て、みつきさんがマッシュ内で話してたことと色々一致したから」
「スパイなのに、自分のことを特定される程ペラペラ話してたわけ?」
「ぼかしてはいるけど、所詮は現場経験のないキャリアだからな。脇は甘いよ……問題なのはそっちじゃないんだ」
姉貴がふう、と溜息をつく。
いつになく神妙な様子。
ここは真面目に聞こう。
「じゃあどっち?」
「あっち」
「表情も変えず、投げ槍に答えるんじゃない!」
「お前が変な聞き方するからだろうが! どうして私がその職員のデータを見ることになったのか、って話だよ!」
「ああ……」
これは俺の聞き方が悪かった。
改めて疑問とともに聞き直す。
「じゃあどういうこと? その前に俺が聞いちゃっていいのかというのもあるけど」
「部外者に話すことじゃないけど、別に国家機密云々の類じゃないからな。その辺の会社でも当たり前に転がってる話だよ」
「はあ」
「具体的に話したところでわかんないしつまんないだろうからザックリ済ますけど……まあ、たまにはグチに付き合え」
姉貴の表情は固い。
みつきさんが見つかった嬉しさを隠す照れとかじゃない。
どうやら本気で悩んでるっぽい。
「仕方ないな。付き合ってやろう」
姉貴の表情がほんのりと和らぐ。
「ありがと。それじゃ有楽町ガード下の安居酒屋で、何のサカナかわからない刺身を摘みながら、まるでエチルアルコールみたいな梅焼酎飲んでるつもりで聞いてくれ」
「それはいやだ……」