13/01/23(1) 自宅:小町、あ~ん
今日も日課のトレを終えて帰宅。
現在はコタツで学年末試験の勉強中。
「たっだいま~」
姉貴が帰ってきた。
声が浮かれてる。
なんかえらく機嫌がいい。
「おかえり。早くメシにしてよ」
姉貴が手にしていた買い物袋を、ドンとコタツに置く。
「喜べ、今日はサムゲタンだぞ」
「へ?」
なぜサムゲタン?
「ダイエットに励んでいる時は特別な鍋がいいと思ってな」
「めちゃめちゃカロリー高いじゃないか!」
一人前で一〇〇〇kcalくらいしたはず。
「そこは『サムゲタンは鍋じゃないっすよ』だろ?」
ああ、姉貴が何をやりたいかわかった。
現在放映している、大炎上してBD予約者が吹き飛んだアニメだ。
原因はムチャ振りとしか思えない原作改変。
原作ではただのおかゆが、なぜかアニメではサムゲタンになっていた。
「そういうくだらないことやってるからモテ期を逃すんだ」
「うふっ、うふっ、何とでも言え」
姉貴が口を抑えて笑う。
何? この気持ち悪い反応?
「要するに特別な鍋にしたいことでもあったわけ?」
「ま、そういうことだな。カロリー面は安心しろ。材料変えて半分に抑えて作るから」
「というか、そんなアニメの話まで仕事で扱うわけ?」
姉貴は朝鮮半島情勢が専門。
素人の俺からすれば、別に取り扱っていても不思議とは思わないけど。
「まさか。職場の雑談で出ただけだよ。そんなの分析する程、うちも暇じゃない」
姉貴がスーツのまま、台所に向かおうとする。
「着替えないの?」
姉貴が立ち止まって振り返る。
「ああ、そうだな」
さらりとそう言い残してから、自分の部屋へ入っていった。
やはり心あらずなのは丸わかり。
いったい何があったんだ?
※※※
「小町、あ~ん」
「『あ~ん』じゃねえ!」
「つれないな」
「口尖らせてるんじゃねえ! 姉からそんなのしてもらって、何が嬉しい!」
「いや、ここは顔を赤らめながら『サムゲタンおいしい』って言うところだろう」
姉貴とアニメの再現ごっこなんて、もっと何が嬉しい。
オタは周囲にその趣味を認めてもらえないからこそ、マイノリティを気取れるのに。
しかし姉貴もよくアニメの中身覚えてるなあ。
やっぱり仕事で調べてるんじゃないのか?
もっとも眼下で湯気を立てているのはサムゲタンじゃなかったり。
正しくはささみ肉のショウガ雑炊だ。
餅米の代わりに入ってるのは雑穀米だし。
これなら確かにカロリー半分以下だろう。
でも味自体はサムゲタンっぽくてそれなりに美味しい。
出来合の材料でこれだけの調理をしてみせる姉貴にはほとほと感服する。
とはいえだ。
「よしんば血が繋がってなくとも、三十路女にあ~んされて何が嬉しい」
「私はまだ二十八歳だが? 誕生日が二月二九日なんだから実質七歳だ」
バカじゃねえの?
アニメで使い古された設定を、よくもいけしゃあしゃあと。
「二八も三〇も同じアラサー、俺から見れば変わるかよ」
「このサムゲタンぶっかけられたくなければ、その口閉じることだな」
青筋がぴくぴくしている。
もうやめよう。
つい話の流れに乗ってしまったが、年齢は俺の知る姉貴唯一のコンプレックス。
これ以上煽ると本当に頭からサムゲタンまみれになりかねない。
──あ、茶碗の中のサムゲタンがなくなってしまった。
「姉貴、おかわりしていい?」
「二杯目までは許してやる」
「三杯目許さないって俺は居候かよ」
……ん? 茶碗を差し出しながら、ふと気づく。
「小町どうした? おかわりするなら、早く茶碗寄越せよ」
「珍しいな。おかわり許してくれるって」
普段は「だめだ」と言われるのを覚悟で聞くのだが。
姉貴がおかわりを許すなど初めてだ。
「ん? いや? 別に? 何も?」
そう言いながらも姉貴はにやつき始めた。
「えへ」だの「あは」だの小刻みに声を漏らす。
だけど俺にはしゃっくりしてる様にしか見えない。
はあ、やれやれ……。
「あっそ、じゃあいいよ」
一旦冷たく突き放す。
そうすると次の台詞が返ってくる。
「いやいや。別に私も、小町がどうしても聞きたいと言うなら教えてやらなくもないぞ? 本当は聞きたいんだろ? 聞きたいと言えよ。というか早く聞け」
ホントめんどくさい女だ。
こうやって聞き方からそのタイミングまで、弟がお膳立てしないといけないなんて。
「何があったの? 僕、是非とも詳しく根掘り葉掘りと聞きたいなあ(棒読)」
だけど正直疲れる。
今後を考え、イヤミたらしく(棒読)までちゃんと発声する。
「うふ、うふふ、うふふふふ」
「この構ってちゃんが! キモチ悪いから早く言え!」
姉貴はサムゲタンをすくったレンゲを口へ。
格好つけてるのか、もったいぶってるのか。
レンゲが置かれる。
姉貴は、いつも通りのすました顔に戻っていた。
半分目を伏せながら口を開く。
「みつきさんが見つかった」
「へ?」
お前、今……なんて言った?