13/01/01(6) 自宅:今日から頑張る
しばらくすると部屋から美鈴が出てきた──って!
「小町さん、どうですか? 似合います?」
そこに立つのは振袖姿の外見美少女。
しゃらんと体を一回転してみせる。
都さんの荷物はこれだったのか。
化粧までばっちり。
こうなると俺すら騙されそうだ。
「確かに似合う。だけど、お前は似合うと言われて嬉しいのか?」
「嬉しいですよ? 小町さんからなら特に。さて次はと」
美鈴が背後に回り、背中を押してきた。
さらに姉貴と都さんから両手を掴まれ、姉貴の部屋に引っ張り込まれる。
「小町には私の振袖を着せる」
「なんで姉貴が東京に振袖なんか持ってきてるんだよ! 年齢考えろ──ぐふっ!」
おなか殴られた。
「年齢が何だって? MI6(英国情報局秘密情報部)から『振袖姿の日本女性を見たい』って言われた時に実家から送ってもらったんだよ。公安庁じゃよくある話だ、なあ都?」
「うんうん」
MI6って公安庁をコスプレ喫茶と勘違いしてないか?
って、おい、待て! 何しやがる!
「姉貴! 脱がすのはやめて! 都さんも美鈴もいるんだから!」
「昔は一緒にお風呂も入ったろ? おむつだって私が替えてやったのに」
「そんな親戚のおばさんみたいな台詞を言うな!」
「男同士で何言ってるんですか。僕だって野郎の下着姿には興味ありませんよ」
「その顔でその格好でそんなこと言うな! そんな冷めた目で俺を見るなあ!」
「これも取っていい?」
都さんが俺のパンツを摘む。
「だめ、絶対だめ。都さん、いつもと表情が違います!」
抵抗虚しく俺は振袖姿に。
姉貴と都さんから化粧まで施されてしまった。
さらにはウィッグまで。
女装男二人に向かって姉貴がスマホを構える──フラッシュが光った。
「撮影音はどこいった!」
「そんなの鳴ったら困るだろうが。私達は盗撮が公務なのに。なあ都?」
「うんうん」
聞いた俺がバカだった。
スパイなんだからそりゃそうだ……。
「太ってても何とか女性に見えるな」
「これで小町君が痩せたら私腐っちゃうかも」
アラサー女二人が好き放題に感想を言い合う。
「これ、何の羞恥プレイ──」
姉貴が写真を眼前に突きつけてきた。
近いよ。近すぎるよ。
ただですら黒歴史になりそうな写真。
俺のライフをゼロにする気か!
「いいか? 四月までに痩せなかったら、この写真をネットにばらまく。それもデブマニアのサイトに小町の携帯番号をつけてだ」
これが実の姉の思いつくことか……。
「プライバシーの侵害だろうが!」
「公安庁職員の辞書に『プライバシー』だの『人権』だのいう高尚な単語が載ってるわけないだろうが。私達の存在そのものが憲法違反なのに。なあ都?」
「うんうん」
うんうんじゃねーよ!
そんな役所は今すぐ潰せ!
「さてとだ。小町はこれから美鈴と横島屋を練り歩け。私達は離れてついていく」
「どこまで! そんなの赤の他人でも考えつかねえよ!」
「小町さん。『男の約束』を守れないというなら、これからタイに連れて行きますよ。性転換手術を受けさせた上で僕の嫁になってもらいますから」
「お前、中身はノーマルだろうが。目が本気で洒落になってないぞ?」
「顔は僕のタイプそのままですし、性別さえ変わるなら何の問題もないです」
美鈴君?
ここは笑顔を浮かべるところじゃないと思いますよ?
姉貴が玄関を指さした。
「いいから外に出ろ。そうすればきっとお前も悟る」
──玉川横島屋SCに向かう。
後ろを見やる。
「後から家を出てついていく」と言った姉貴達の姿は見えない。
でも絶対にこっそりついてきてるはず。
なんせ姉貴達は税金で養われた職業スパイ。
尾行だってプロなんだから。
逃げたい。
だけどこの格好じゃ無理だ。
よしんば逃げ切れても後で何が待っているか。
足が重いなあ。
「はあ……」
「小町さん、人前で溜息つくのはやめて下さい。みっともない」
「お前なあ……」
溜息の原因作っておいて、何言いやがる。
せめて、その握りしめた手を放してくれ。
──横島屋店内へ。
客がいつもより多い。
元旦でみんな暇をもてあましてるのだろう。
ああ……何だか懐かしい視線を感じる。
ただ、その視線の方向は微妙に違う。
俺ではなく隣の男だ。
他の客とすれ違う度に話し声が聞こえてくる。
「あのゆるふわの娘、超可愛いな」
「少しきつめの目がそそるよな。女同士ってことは彼氏いないのかな?」
「でも近づきがたいなあ。少し小悪魔っぽく見えるけど弄んでくれないかなあ」
そして俺にははっきりと別の視線が向けられている。
「何だよ、あのデブ。目が汚れる。空気まで脂っぽくなってきたわ」
「引き立て役だろ? 隣の娘も残酷な事するよな、天と地じゃん」
「そこまでして男に相手されたいのかねえ。見苦しい、つかキモイ」
それ以前に俺達は男だ!
そう叫びたいのを我慢するしかない。
だって男でこの格好なら……ただの変態だから。
女性の声も聞こえてきた。
「何よ、あの子ばっかり見て、私の方が勝ってるし」
「何、あのデブの子。超笑う」
「二人足してゼロだから丁度いい組合せじゃん?」
最初の台詞は昔よく聞こえたが、次の台詞は言われた事なかったな。
「ほらほら、小町さん。こっちこっち」
こいつ明らかに悪ノリしてやがる。
俺の手を引っ張り婦人服売り場へ。
どこまで羞恥プレイさせれば気が済むんだ。
「服を選んで欲しいんですが」
美鈴が女性の店員に声を掛ける。
「お客様でしたら何でも似合うと思いますけど……こんなのはいかがでしょう」
「いや僕じゃなくって」
一人称を「僕」で通してやがる。
「こんなお人形みたいな子が『僕』だなんて。ああギャップに萌える。なんて可愛いの!」
店員が身悶えしながら興奮してる。
美鈴よ、女性から興味持たれてよかったな。
男としてじゃないけどな。
「いえ、こちらの友人のを」
「あ、失礼しました」
店員の態度が突如変わる。
正確には我に返ったというべきか。
普通に接客を受けてるはずなんだけど……美鈴との扱いの差は何?
「そうですね。お客様はどんなのがお好みでしょう?」
「何を選んでも無駄だから好きなのを選べ」
そう言われてる様に聞こえる。
被害妄想。
それはわかってる。
だけど……。
そう聞こえる時点で自分に対して悔しい。
その悔しい思いすら認めたくないから余計に悔しい。
ああ、思考が負のスパイラルを描いていく。
美鈴が店員にやんわりした感じで申し出た。
「すみません、他も見たいので」
そのまま俺の手を引っ張り、売り場を抜け出す。
──横島屋店外へ。
少し歩き、人気のなくなった所で美鈴が立ち止まる。
ようやく手を放してくれた。
気分が重い。
羞恥プレイを通り越して惨めだ……。
「小町さん、わかりました? これが現実です。今までは侮蔑の視線に気づかない振りしてただけ。まだ好奇の視線の方がマシと思えませんか?」
美鈴は目を伏せ、どことなく気まずそう。
その表情から俺を弄ぶつもりでやったのではない事は伝わってきた。
恐らく……ここまでしないと俺がわからないと考えたのだ。
「そうかもしれない」
「小町さんだって元は美人なんですから、痩せればさっきのヤツら見返せますって」
「うん……」
「それに世の中には男の娘が好きって女性だっているはず。僕達にだっていつかチャンスは巡ってきますよ!」
「うん……」
「今のままじゃそのチャンスすらないんですよ……デブ専から以外は」
「わかった。今日から頑張る」
美鈴が微笑みながら、ウィッグ越しに頭を撫でてきた。
とても生徒の先生に態度じゃない。
だけど俺はそれを受け容れるしかなかった。
※※※
家に帰ると誰もいなかった。
振袖を脱ぐべく自室へ。
部屋の中央には【本当のお年玉】と書かれた紙が置かれていた。
その下には、近所のフィットネスクラブの会員証、トレーニング用の衣類と靴の一式、防滴ヘッドフォン。
姉貴……。
俺は本当のお年玉とやらを握りしめていた。
頬に温かい水がつたわるのを感じながら。