13/01/01(5) 自宅:おまえら、それでもヒトか……
麻雀回。よくわからなければ適当に読み流して下さい。
──呼び鈴が鳴った。
玄関へ出て扉を開ける。
そこには真面目そうながらも優しげに見える女性が立っていた。
「ちゃお♪」
「あ、都さん。えーと、改めてあけましておめでとうございます」
後ろで一本の三つ編みにした黒髪が黒縁眼鏡と相まって殊更に委員長っぽく見せる。
でもつんけんした感じはない。
純粋に頼れそうな人。
「あけましておめでと。観音に呼ばれてきたんだけど」
またか。
姉貴がぼっちなのはスパイなせいじゃなくて友達使いが荒いせいという気がしてきた。
この人も連日……どころじゃない。
夜中に昼にとこんな目に遭わされて、よくその笑顔をキープできる。
都さんの両手には大きな風呂敷。
「持ちますよ」
手を差し出したら都さんが体を背けた。
「ううん、大丈夫。お気遣いなく」
へ? 俺に持たれるのはイヤってこと?
一体何が入ってるんだろう。
──再びリビングへ。
「おお、都。持ってきてくれたか。それは私の部屋に置いてくれ」
戻ってきた都さんが美鈴に声を掛ける。
「あなたが美鈴君?」
「はい?」
美鈴がきょとんとしながら都さんへ視線を向ける。
「初めまして、観音の友人の新天地都です。そしてあけましておめでとう」
「こちらこそ初めまして、毘沙門美鈴と申します。今後ともよろしくお願いします。そしてあけましておめでとうございます」
美鈴が深々と頭を下げ、丁寧な挨拶を返す。
「美鈴君って話には聞いてたけど、めちゃめちゃ可愛いなあ、見とれちゃう」
「新天地さんこそ。その素敵な笑顔に癒されちゃいそうです」
どこまで本音だか。
こいつって性格曲がってる癖に外面だけはいいんだよな。
うちの姉貴と同じで。
「さてと。これから麻雀を打つ」
「麻雀?」
「うむ。大学生ならできるだろ?」
「随分な偏見の気もするけど、まあ一応」
「じゃあ決まりだ。小町がラスの場合のみ私の言うことを聞いてもらう」
都さんが不安そうな面持ちで姉貴を見やる。
「私、麻雀って簡単なルールしか知らないよ?」
「都は座っていてくれればいい」
つまり只の人数合わせ。
今朝のマッシュとまったく同じじゃないか。
「姉貴。俺がそれを受けて、いったい何の得になる」
「小町がトップをとれれば、さっきお年玉を五百円から五万円にしてやるよ」
「のった!」
なんだ。
それなら、無条件で五万円もらう様なものじゃないか。
喜んで受けて立とう。
俺は「天応」というネット麻雀で最上位の「天上卓」プレイヤー。
他のプレイヤーから一目置かれ「天上人」と呼ばれるほど。
姉貴や美鈴がどの程度の腕か知らないけど、一般人ごときに負けるわけがない。
「でも、うちに麻雀牌とかあったか?」
姉貴がコタツの上に、ドンと長方形の箱を置いた。
「あるよ。国情院、いわゆる韓国情報部の連中と付き合いで打つから練習用に買った」
「ふーん。それで勝ってるの?」
「半々ってとこかな」
尚更カモだ。
韓国は日本ほど麻雀が盛んではない、つまりレベルが低い。
そんな連中如きとイーブンなら絶対に俺の敵ではない。
姉貴がガラガラと牌を卓上に流し込む。
「東風戦、アガリ以外は親流れ、南入無しな」
いわゆる早回しルールか。
座順は俺→姉貴→都さん→美鈴。
東一局。
俺の親、ここは無理してでもあがりたいところ。
しかし下家の姉貴が次々鳴く。
「東ポン」「南ポン」「9ソウチー」「5ソウチー」
姉貴は3ソウを切る。
見え見えのソウズ染め。
東南混一色で満貫の八〇〇〇点か。
親とは降りざるをえないな……。
七対子に組み替えてソウズと字牌は回そう。
俺のツモは早速1ソウ。
姉貴が最後に鳴く前にソーズの下が固まってたなら、これはド本命。
安全牌の5ピンを切る。
「ロン、東南赤一は三九〇〇」
はい?
「何だよ、それ。混一色捨ててるじゃないか!」
「他人のアガリにケチつけるのは麻雀で最低のマナーって知ってるか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「怖そうな人の親は落とさないとな。これで次は私の親だ」
なるほど、姉貴はこういう打ち筋か。
典型的なハメ技使い。
イヤらしい性格によく似合ってる。
東二局、美鈴が3ソウを切ってリーチ。
牌を曲げる動作がたどたどしい。
河も牌を六枚ごとに並べてない。
どうやら美鈴は初心者だ。
「仕方ない、降りるか」
姉貴はそう言って3ソウを手の内から三枚河に並べる。
俺の手の内に224ソウ。
受けは2ソウと3ソウだが、3ソウが無くなってしまった。
このバカ姉貴が。
お前の3ソウ三枚落としで動けなくなったじゃないか。
しかし三枚目の2ソウを引いた。
これでテンパイ。
場に4ソウは三枚見えてる。五ソウも四枚見えてる。
これなら4ソウは単騎地獄待ちしかありえない。
いくら初心者と言っても、まさかそんなバカなリーチはないだろう。
「リーチ」
「ロン」
「はあ?」
「裏はと。ありませんね。リーチタンヤオ二六〇〇点……でいいんですよね?」
美鈴が不安げに点数を申告する。
「美鈴、ちょっと待て。それ少し待てばピンフつくじゃないか」
まさかと思う程バカな初心者がここにいやがった。
「僕、そういうのよくわからなくて……」
美鈴が尻すぼみな声で申し訳なさそうに言う。
責めたつもりじゃないんだけどな。
ただ、間違いない。
美鈴は役も知らないド下手だ。
都さんも似たようなもの。
だったら、警戒するのは姉貴だけでいい。
東三局、美鈴が3ソウを切ってリーチ。またかよ。
姉貴がまたもや3ソウを三枚落とす。これもまたかよ。
俺の手の内には246ソウ。
またもやバカ姉貴のせいで全く2ソウが不要。
ふざけやがって。
しかしここで5ソウを引いてテンパイ。
3ソウ切りリーチでベタ降りを引き出して壁の2ソウで待つハメ技はありうる。
それどころか天応天上卓だと常套手段。
しかし初心者の美鈴にそれはあるまい。
ということで追っかけ。
「リーチ」
「ロン」
「はあ?」
「裏はと。ありませんね。リーチタンヤオ二六〇〇点……でいいんですよね?」
美鈴が不安げに点数を申告する。
「ちょっと待て、それ少し待てばピンフつくじゃないか」
まるでコピペの様な展開にふと気づく。これってもしかして……。
「僕、そ──」
「わかった、もう黙れ」
美鈴の顔を見ると口角の一方を歪めて邪悪な笑み。
姉貴の顔を見ると口角の左右が違うだけで同じ表情。
──やられた! はめられた!
これ、本当に素人なのは都さんだけじゃないか!
間違いない。
姉貴も美鈴も俺より上手だ。
オーラス。
美鈴の親。
先程までのたどたどしさはどこへやら。
明らかに打ち慣れた手つき。
まるで「演技はもういいや」という声が聞こえてくるかの様。
姉貴が4ピンを打っての「リーチ」。
2ピンが先に切れてるから見え見えの36ピン待ち。
俺をラスにしたい条件でリーチを打ってくるという事は恐らくドラもないノミ手。
美鈴が一発回避に一巡回した後、3ピンを打ち込む。
「ロン、リーチ裏一は二六〇〇点、小町のラスで終了だな」
「ひどすぎる! 何だよ、これ」
「霞ヶ関の麻雀レートは報道されるとやばいくらいに高いんだよ。並の腕だと共済組合からピアノ購入資金名目で借金して返済に充てる羽目になる。それに付き合わされてれば、これくらい打てる様にもなるさ」
それって高利貸しが待機してる高レート雀荘と変わらないじゃないか。
「韓国情報部とやらはどこいった!」
「あいつらプライド高いもの。トントンで帰してやらないと外交問題になりかねん」
最悪だ。
「で……美鈴。お前は?」
美鈴がふっと笑う。
「小町さんって天応の『こまっち』でしょ? たかが七段の雑魚が十段の僕に敵うとでも思ってるんですか?」
「十段!?」
十段ってもはや神と呼んで差し支えない超のつくトッププレイヤーじゃないか。
もちろん俺からは雲の上の存在。
というか、そんなプレイヤーなんて天応で五人もいない。
「東二とか小町さんの第一打1ソウから手に4ソウ持ってるのわかってるんですから当然狙いますよ。効率だけじゃなく、もう少し河くらい作ったらどうですか」
「大きなお世話だ! お前、天応やってるなんて言わなかったじゃないか!」
「聞かれなかったですから」
こいつ……。
「ID名は?」
「『りんりん♪』。御存知ですよね?」
知らないわけがない。
りんりん♪は天応の中でも「最強」の呼び声が高いプレイヤー。
王道からハメ技、ブラフに至るまで変幻自在な攻撃を使いこなす。
その上牌読みまで正確と来るから防御も鉄壁。
「りんりん♪」と対戦する度、何度マウスを畳に叩きつけたか。
美鈴が目を細める。
「小町さんを痩せさせるべく三ヶ月前から観音さんと計画練ってたんですよ。小町さんから『天応やってる』って聞いた時からね」
つまり黙ってたのはそういうことか。
姉貴も目を細める。
「『のった』って言った時点で負けフラグ全開じゃないか。『その辺の人に負けるわけがない』と言わんばかりの表情は見ていて実に滑稽だったぞ」
「おまえら、それでもヒトか……」
「私の仕事を忘れたか? 人でなしばかりが住んでる世界だぞ?」
「初対面の時から小町さんをはめようとした僕に何言ってるんですか?」
最悪だ。
こいつら、どこまで最悪なんだ。
「さてと、まずは都と美鈴。私の部屋に来い」
「小町君、なんかよくわからないけどかわいそう」
「小町さん。『男』に二言はありませんよねえ?」
姉貴に都さん、その後に意地悪く笑う美鈴が姉貴の部屋に入っていく。
ちきしょおおおおおおお!
受験生が麻雀なんかするんじゃねえ!。
するすると襖が閉まる。
──と思いきや、姉貴がひょっこり顔を出した。
「そこで楽しみに待つがいい。私達がこれから突きつける『現実』をな」