13/01/01(4) 自宅:今から小町に現実をつきつけてやる
「起きろ」
「あと五分……」
「起きろ」
「あと三〇分……」
「時間が延びてるじゃないか、このバカ小町!」
ひんやりした重みを頬に感じる。
目を開ける。
俺の顔は姉貴に踏まれていた。
「何ひやはる、ほのふそはねひ!」
「とっとと起きろ。美鈴が新年の挨拶に来てるぞ」
時計の針は一四時を指していた。
まったく、誰のせいで新年早々こんな時間まで寝てると思ってるんだ。
姉貴が無理矢理マッシュに付き合わせたせいじゃないか。
──目を擦り擦りリビングへ。
コタツには限りなく美少女に見える「男」がコタツに座っていた。
美鈴が正座のままコタツから出てきて、こちらへ体を向ける。
「小町さん、新年あけましておめでとうございます。ふつつか者ですが今後ともよろしくお願いします」
「三つ指をつくな! しかもそれ挨拶が違う!」
ツッコみながらコタツに入る。美鈴も俺に合わせて体勢を戻す。
ああ、忘れるところだった。
「美鈴、明けましておめでとう」
「おめでとうございます♪」
姉貴がコタツの上のみかんを手にとる。
「美鈴ならうちの嫁に来ても構わんぞ? 相変わらず可愛いなあ」
「嫁」じゃねえだろ……。
「ありがとうございます。観音さんこそ相変わらずお綺麗です」
「わかってるじゃないか」
だから、その自信はどこからくる……。
「世の中の真理を語っただけです。でもどうせなら婿になりたいんですけどね」
「小町をもらってくれるのか?」
美鈴もみかんを取ってむきむきし始める。
「痩せればありです。観音さんと同じ顔で身長も釣り合いますし」
「美鈴、新年早々不気味な会話はやめろ!」
「だって僕達は姉弟みたいなものじゃないですか。しかも義理フラグのオマケ付きですよ?」
「その『きょうだい』が『兄弟』なら、そう言ってもらえるのは嬉しいけどな」
百歩譲っても「兄妹」だ。
「小町さん、絶対生まれてくる性別か人生の送り方のどちらかを間違えてますよ」
「美鈴にだけは言われたくないわ」
俺もみかんを食べよう。
一つ取ってむきむきを始める。
「だからいつも言ってるじゃないですか。開き直れば楽になれるって」
「俺だっていつも言ってるだろう。デブになれば楽になれるって」
「小町、『今日から頑張る』って決意したばかりじゃないか」
「あれは姉貴が勝手に書き換えたんだろうが!」
姉貴が立ち上がる。
「ちょっと待ってろ」
人の言葉をスルーして何を……。
姉貴はすぐに戻ってきた。
「ほら二人ともお年玉。少なくて悪いけどな」
「ありがとうございます」
美鈴が差し出されたお年玉を受け取る。
「ありがと」
俺も受け取る。
──ん?
妙な重みがある。
開けてみる。
「あの……姉貴……これ……何ですか?」
「見てわからないか? 見ての通りのお年玉だよ」
「それはわかってる、だからこの五百円玉一枚は何だと聞いている」
「見てわからないか? 見ての通りの五百円玉一枚に決まっているだろう」
「言われなくてもそんな事はわかるわ! お札が一枚も入ってないじゃないか!」
何回袋の中を覗いても逆さに振っても出てこないのだから間違いない。
「黙れこのパラサイト。大学生でお年玉もらえるだけでありがたいと思え!」
こっちこそ「クリスマスプレゼントはくれたクセに」と問いたいわ。
こんなの、まだもらえない方が「大学生になったから」で割り切れる。
「美鈴、ちょっとそのお年玉見せろ」
美鈴が姉貴に視線を向け、姉貴が頷くのを確認してから俺に渡す。
さっさと見せろ──って、おい!
「何で美鈴が五千円で俺が五百円なんだ! 弟の価値は赤の他人の十分の一か!」
「赤の他人なんてひどいです。僕、こんなに小町さんを慕ってるのに」
「その誤解を招く表現はやめろ! 家庭教師と生徒フラグで十分だろうが!」
「あれぇ、それ以外に何かあるんですかぁ?」
失言だった……。
頼む。
せめて、そのにやにやと意味ありげに笑うのはやめてくれ。
「毘沙門家からは割の良すぎる給料もらってるんだから当然だろ」
「どうせ小町さんがバイトに来れば、うちの両親からお年玉もらえますって」
「確かにそうかもしれないけど……」
それこそ大学生がお年玉もらっていいのかって気がする。
身内からもらうのと他人からもらうのとではまた別の話だ。
「しかも僕が第一志望のK大文学部受かれば、そのお祝いだってもらえますって」
「楽しみだなあ」
それは正当な報酬、心おきなく受け取れる。
「でも痩せないと第一志望落ちますからね?」
「美鈴は誰のために大学行くんだよ」
「最悪、K大で小町さんと同じキャンパスの学部ならどこでも構いませんし。小町さんの嫌がる顔が見られるなら、第一志望くらい喜んで捨てますよ」
「美鈴、そのねじ曲がった発想はやめろ……姉貴も何とか言ってくれ」
「何とか? むしろ私は美鈴が文学部に行くのに反対だけど?」
「どうして!」
「就職で不利だし、潰しきかないし。他人の事だから口出ししないだけで」
「俺の時だって反対しなかったじゃないか。俺は他人かよ!」
姉貴がみかんを置いた。
「はあ……何をひねた事言ってるんだよ」
「ひねたくなる話の流れだろうが」
「仕方ない、そこまで言うなら聞いてやろう。どうして文学部なんだよ」
「女の子いっぱいいた方が彼女できると思ったから」
ろよ!」
「「それなら痩せ
てください!」
美鈴が口調を強めながら前置きしてきた。
「いいですか、小町さん」
「なんだよ」
「確かに僕達は女性から男性として見てもらえてません。それでもですよ?」
「うん」
「どんな形でも注目を集めるのと全く見向きもされないのと、どちらがチャンスが多いと思いますか?」
何を諭すかと思えば。
「男は外見じゃなくって中身って言うじゃないか。俺は中身を見て欲しい」
「小町よ。偉そうな事言ってるが、まるで中身があるかの様な言い方だな」
姉貴よ。それが弟に対する言い草か。
「男も女も顔です。顔さえよければ勝手に相手は自分の中身を修正して見てくれます。それこそ性別すらも。それだけは僕が断言します」
「そこは修正されたくない!」
そもそもだ。
お前に彼女がいない時点で、どっちみちチャンスはないじゃないか。
もちろん俺にだってなかった。
もっともらしいこと言ったって騙されないぞ!
「よしわかった。小町と美鈴の差を見せてやろう。今から小町に現実をつきつけてやる」
「現実?」
何をどうつきつけるというんだ?
姉貴が美鈴に顔を向ける。
「美鈴、協力してくれるか?」
美鈴がこくりと頷く。
姉貴はコタツから出て自分の部屋に入る。
ぼそぼそと声が聞こえてくるからどこかに電話を掛けてるらしい。
話し終えたのか戻ってきた。
「しばし待て。それまでお雑煮でも食べよう。作ってやる」
──雑煮が出された。
「観音さん、いただきます」
美鈴がにこやかに手を合わせる。
それに引換え、
「姉貴、いただきます……」
どうして雑煮だというのにおもちが入ってない。
美鈴のにはちゃんと入ってるのに。
もう何も突っ込む気になれない。
ああ、お雑煮もとい、ただの白菜汁は美味しいなあ……。