13/01/01(3) マッシュ:この女、わざと死んでやがる
部屋に入り部屋中央の柱を叩く。
出入り口のシャッターが降りMOBが出てきた。
いよいよ戦闘開幕。
うげえ、緊張する。
──と思った瞬間、姉貴そっくりのキャラが吹っ飛ぶのが見えた。
倒れたみつきさんの頭上でひよこがぴよぴよと鳴いている。
このヒヨコはキャラ死亡のマーク。
つまり……意外にも死亡第一号は……みつきさんだった。
ねぎが聖水を振りかけてみつきさんを蘇生する。
〈みつき:やっちまったw〉
〈ねぎまぐろ:何やってるんですか、もう〉
ねぎが呆れるのもムリはない。
開幕一分も経ってないんだもの。
でも、みつきさんには悪いけど……一安心してしまった。
慣れてるっぽい人でもあっさり死ぬという現実。
それなら俺が死んだって何の不思議もない。
よし、リラックスして行こう。
とは言え、俺がよわよわなのは変わらない。
まちるださんも同じ。
俺とまちるださん、略して〔俺まち〕と呼ぼう。
宙にふわふわ浮かぶ「オウル」。
シルクハットを被った丸眼鏡のちょび髭フクロウのアンデッド。
こいつらは大量に出る上に索敵範囲が広い。
しかもAIが不規則で行動が読みづらい。
マイタケHDでは雑魚にあたる。
しかし殴られては逃げられ、叩かれては逃げられ。
気づいたら〔俺まち〕の頭上でひよこが鳴いている。
みつきさんを見やる。
爆弾を自らの近くで破裂させオウルをおびきよせる。
みつきさんの所に行ったのはひぃふうみぃ……四体か。
弓と剣を素早く目まぐるしく変えながら応戦してる。
敵AIを利用しているのはわかるのだが、具体的には全然理解できない。
こういうのがレベルや経験差なのだろう。
すごいと思いつつ眺めていると、ねぎが蘇生してくれた。
〈ねぎまぐろ:こっちに〉
見ると部屋の角に焚き火が置かれている。
〈ねぎまぐろ:私の後ろに並んで〉
ねぎはオウルと焚き火を挟んで対角になる様に隠れる。
オウルは次々焚き火に引っかかって動けなくなる。
なるほど、死角を利用した安全地帯か。
このあたりは所詮ゲームキャラだ。
ねぎがほんの少しだけ体勢をずらし、弓を連射。
まさにずっと俺のターン。
戦うというよりも作業を見ているよう。
合理的かつ冷酷な戦いぶりに、リアル姉貴とマッシュねぎが重なって映る。
見るとみつきさんのライフは風前の灯火。
〔俺まち〕の二人は拙いヒール魔法をみつきさんにかけ続ける。
これくらいなら〔俺まち〕にもできる。
できることはやらないと。
〈みつき:ありり~〉
みつきさんが礼を言ってくる。
この状況でもチャットが打てるくらい余裕なのか。
ゲームの上手い人って、窮地に見えても実は冷静。
自らを客観視して上から眺めていると聞く。
どうやらみつきさんの中の人も御多分に漏れない様だ。
その後も似た様な展開が続く。
〔俺まち〕は死ぬ、死ぬ、死にまくる。
ああ、まさにデスマーチ。
ただしこれだけ死んでも獲得経験値の方がデスペナルティを上回る。
マッシュは死ぬのが前提のゲームシステムだから。
と言っても、〔俺まち〕だってやられっぱなしではない。
二人がかりになれば倒す事ができるMOBもいる。
時間は掛かるけど……。
何体目かを倒した時、ふと気づく。
みつきさんとねぎが、俺達が倒すのを待ってくれていることに。
いつもは他のプレイヤーが「横殴り」で倒しちゃうんだけど。
待ちきれなかったり、強さ自慢だったりで。
Dの部屋から部屋に向かう道中でみつきさん達にチャットを入れる。
〈こまっち:横殴りしないでくれてありがとです♪〉
〈みつき:そんなのみんなで倒してなんぼじゃないですかw〉
〈ねぎまぐろ:そそ〉
〈ねぎまぐろ:私達が全部倒しちゃったらPTで来た意味ないでしょ?w」
上からの立場の言葉じゃあるけど、それは仕方ない。
レベルが違いすぎるもの。
それ以前の問題。
〔俺まち〕だって来たからには少しくらい活躍したい。
そうじゃないと参加した意味がない。
俺も戦闘は苦手だしキライだけど、参加したからには一体くらい倒したい。
それを許してもらえなかったから廃人PTは大嫌いだった。
現在? うん、楽しい。
だが、ねぎこと姉貴。
普段から俺にそういう優しい言葉は掛けられないものか。
一方でみつきさんとねぎはさすが。
殆ど死なない。
もちろん、この二人だって死ぬ。
でも二人が死ぬ時はできるだけ〔俺まち〕に迷惑のかからない場所まで離れてくれる。
ミスをした時には即座に「ごめん」とチャットが入る。
〔俺まち〕みたいな底辺プレイヤーでも一人前として扱ってくれてるんだと嬉しくなったり。
……しかし。
みつきさんと比べて、ねぎがやたら死ぬ。
しかもMOBが残り一体の状況とか、どう考えても誰も死にようがない時に限って。
〈ねぎまぐろ:みつきさーん、マウスの調子悪くてまた死んじゃったあ〉
〈ねぎまぐろ:起こして~〉
〈みつき:仕方ねーなあ。そんなボロマウス早く買い換えろよ〉
何回目かの時、まちるださんが俺に視線を向けてきた。
((この女、わざと死んでやがる))
〔俺まち〕は二人とも確信した。
みつきさんはねぎが「男」と信じ込んでるらしいが……。
普通気づかないか?
男にしては気持ち悪くないか?
いや、〔俺まち〕は事情を知るから不自然に見えるだけで。
何も知らなければ違うのかも。
みつきさんからみれば本気でマウスの調子が悪いと信じ込んでるのだろう。
──ボスを倒して宝箱部屋へ。
ダンジョンを回った後は、参加者達でこのままだらだらとチャットをするのが通例。
しかし、姉貴から直接こまっち宛のチャットが入った。
(〈ねぎまぐろ:お前の用は済んだ〉)
(〈ねぎまぐろ:とっとと失せろ〉)
ひっでええええ!
それがここまで付き合わせた弟に吐く台詞か!
……でもまあ仕方ない。
〈こまっち:それじゃ、これで失礼します〉
〈こまっち:今日は本当に楽しかったです〉
〈みつき:あら、少しくらい休んでいきません?〉
〈みつき:せっかくおはつですし〉
即座に再び姉貴からの直接チャットが入る。
(〈ねぎまぐろ:『うん』と言ったら飯抜くぞ〉)
(〈ねぎまぐろ:私達二人の時間を邪魔するな〉)
〈こまっち:いえ、昼間から起きっぱなしなんで限界なんです〉
実際に嘘ではない。
わかめそばしか食べてないから頭がくらくらする。
ああ、海老も入ってたな……衣剥がした海老天が。
〈まちるだ:私もです……ごめんなさい〉
きっとまちるださんにも似たようなメッセージは飛んでるんだろうな。
〈みつき:そうですか。では、また御一緒しましょう。おつです~〉
〔俺まち〕も別れの挨拶を返してログアウト。
みつきさんって感じいい人だったな。
こういう人とならまた遊びたいな。
でも……今日は姉貴の見たことない一面を見た。
遅い初恋は重病になりがちって言うけど、まさしくその見本だ。
ふと気づくとカーテンから光が漏れてきてる。
もう明け方じゃないか。
冗談じゃなく本当に限界。
滑り込む様に布団に潜る。こてっと頭を枕に落とす。
ああ、ふかふか毛布が何て気持ちいい。
おやすみ……。