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13/01/01(1) 自宅:友人のコイバナは女にとって酒の肴ってね

「小町、今からマッシュにINしろ!」


 お前は新年早々何を怒鳴っている。

 しかもそんな顔を真っ赤にして。

 釣り目だけにまるで般若の様だ。


「『あけましておめでとう』くら──何しやがる!」


 この女、抱えてた布団越しに体当たりしてきやがった。

 幸い転んだだけで済んだが、壁に頭ぶつけるところだっ──ぐぼっ!

 更に布団の上から腹を踏んづけてきやがった。


「あけおめことよろ。いいからとっとと私達の『年明けマイタケHD(ハードダンジョン)ツアー』に参加しろ」


 マイタケHDって……


「マッシュ最難関Dじゃないか! そんな『廃人の廃人による廃人のためのD』に俺が参加しないといけないんだよ!」


 俺は戦いが苦手。

 PSもキャラスペックもない。

 しかも廃人ですら八人フルPTパーティーが基本。

 俺が行こうものなら開幕早々志望遊戯の繰り返しだ。


「その点は心配するな。私もみつきさんもソロで回ってるから」


「姉貴達は化け物か! チート騒動の頃はまだそこまでじゃなかったよな!」


「私達は普通だ」


「自分達が普通と思いこむのが廃人の一番悪い癖って言われてるの知ってるか?」


 廃人には自分が廃人という自覚がない。

 だから天然で一般プレイヤーのコンプレックスを刺激する。

 悪気がない分、殊更にむかつく。


「私はこれから都に電話する。理由はそれを聞きながら理解しろ」


 聞いちゃいねえよ。


 「都」とは姉貴の職場同期で唯一のリア友、フルネーム新天地都さん。

 家に何度も来ているので俺とも面識があるしマッシュでもFL登録している。


「あー、もしもし都?……あけましておめでとう……悪いんだけど今から私達の『年明けマイタケHDツアー』に参加してもらえないか?──」


 嫌味を吐いてみたはいいものの、姉貴は既に電話をかけ始めてる。

 どっちにしろ俺に選択権はない、諦めよう。

 クライアントを立ち上げる。


「──私は二人だけで行きたかったんだが、みつきさんが『新年くらい大人数で行こう』とかで掲示板で参加者募集するって言うから……そうそう、私のフレを呼ぶって言って……うん、赤の他人をみつきさんに近づけてたまるか──」


 俺達はこんなしょうもない理由で無理矢理マッシュにINさせられるのか。

 しかも新年早々。

 めちゃめちゃ大迷惑なんですけど。


「──みつきさんは私だけの物だ……それじゃよろしく頼む」


 電話が終わったらしい。

 姉貴って、ここまで独占欲強かったのか。

 顔どころか性格まで寒すぎる。

 聞いてるだけでドン引きするわ。


「小町、悪かったな! 私にはみつきさんしかいないんだよ!」


「人の心を読むな!」


「顔を見れば何考えてるか分かる。例え都だろうとお前だろうと色目使ったら即座に殺す」


 都さんはともかく、俺が色目使うわけないだろうが。


「姉貴病んでるよ……」


「病んでて結構。男はヤンデレってるくらいの方がハマるってものだ」


「二次元ならな!」


「お前と漫談かましてる時間はない。とっとと準備済ませてマイタケDの祭壇に来い」


 姉貴がようやく自分の部屋に戻っていった。

 それともねぎとしてみつきさんの所に帰ったというべきか。

 どっちでもいいや。

 画面の中の「こまっち」をマイタケDに運んでと。


 少しするとFLに都さんのINが示された。

 窓を開きチャットを入れる。


〈こまっち:あけおめです~〉


〈まちるだ:あけおめことよろ~〉


 「まちるだ」は都さんのキャラ名。

 「都→まち→まちるだ」だとか。

 まちるださんの性別は男。種族は一番ごっついジャイアント。

 その上髭もじゃ。

 「どうせゲームの中なんだから普段の自分と真逆のキャラにしてみたかった」んだと。

 普段の都さんはメガネをかけた三つ編みの委員長っぽく見える女性。

 いわゆる優等生タイプ。

 ここまで真逆に徹してると見る側としても感動できる。


〈こまっち:お互い年始からえらい目にあわされてますね〉


〈まちるだ:仕方ないよ。ねぎってみつきさんの事だと人が変わるから〉


〈こまっち:まちるださんってマイタケHDの経験は?〉


〈まちるだ:あるわけないじゃない、ED(イージーダンジョン)だってないのに。〉

〈まちるだ:ねぎの頼みじゃなければ今頃布団の中だよ〉


〈こまっち:ですよね……〉


 チャットは長文ではなく短文を重ねていくのが基本。

 単純に読みやすいのと、入力時間が開くと相手を不安がらせるから。


 既に呼び名は「観音」ではなく「ねぎ」。

 例え本名を知っていてもエリンギ内ではキャラ名で通すのはお約束。


〈こまっち:まちるださんがマッシュ始めたきっかけも〉

〈こまっち:ねぎに無理矢理引きずり込まれたからでしょ?〉

〈こまっち:あいつは鬼かよ〉


 元を辿れば勧めたのは俺なのだが。

 自分とは棚上げするためにある。


〈まちるだ:そうだけどさ〉

〈まちるだ:うちもやってみると案外楽しいしそれはそれでいいよ〉


 都さんの普段の一人称は「私」。

 一人称を変えるのもキャラになりきるため。

 「うち」は広島弁だと普通に女性の一人称なのだが……。

 どうしてネトゲでは男から女までみんながみんな「うち」なのだろう。


〈こまっち:そう言ってくれるなら私も幸いなんですけどね〉


 俺は「私」を一人称に使ってる。

 気恥ずかしいけど、女性キャラで「俺」はなんかイヤだ。


〈まちるだ:それにうちだってマッシュが気楽なのはねぎと同じだしw〉


 まちるださんが「w」=(笑)で自嘲する。

 「身分を明かせない」のを自ら皮肉ってるのだろう。


〈こまっち:そうですね〉


 何気ない一言。

 でも事情を知る者にとっては、都さんもスパイなんだとハッキリ認識させられる。

 性格や雰囲気は姉貴と反対。

 鷹揚な癒される感じのする人なんだけどな。

 抱える悩みはやっぱり姉貴と同じだ。


〈まちるだ:何より形はどうあれ、あのねぎの恋愛だからねえ〉

〈まちるだ:野次馬として眺めるだけでも面白そうじゃない?〉


〈こまっち:ひっどいなあ〉


〈まちるだ:友人のコイバナは女にとって酒の肴ってね〉

〈まちるだ:もちろん鑑賞料として応援もするけどさ〉


〈こまっち:しないと何されるかわかりませんしね〉


〈まちるだ:w〉


〈こまっち:w〉


〈まちるだ:でもそんなの関係なく〉

〈まちるだ:うまく行って欲しいなあって思ってるよ〉


 そんなチャットを交わしてる間にマイタケD到着。

 

〈こまっち:こっちは着きましたよ~〉


〈まちるだ:こっちももう少し~〉


 チャットが打たれた時には、既にまちるださんが見えていた。


 筋肉質な巨体のヒゲもじゃオヤジ。

 衣装はローブに幅広帽子。

 手にはワンドと怪しげな魔導書。

 乗っているのは箒。

 要するにオッサン魔法使い。


 これが都さんの趣味なんだと思うと……。

 いや言うまい。

 それを口にしないのもMMO特有の優しさというやつだ。

 

〈まちるだ:ちゃお♪〉


 俺の前で立ち止まり、前屈みで可愛らしく手を振るジェスチャー。

 にこやかな笑顔が眩しすぎて涙が出そうだ。


〈こまっち:ちわ~♪〉


 俺もアイコンをクリックして同じジェスチャーを返す。


〈こまっち:さあ、行きましょうか〉


〈まちるだ:うちらを待ってる地獄にね……〉


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