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12/12/31(1) 毘沙門宅:痩せましょうよ

 本日は大晦日。

 しかし今日もバイト。

 なので大掃除を済ませてから、現在は美鈴の部屋。


「んじゃ勉強始めるぞ」


「はーい。今日、観音さんは?」


 美鈴が日本史の一問一答問題集を開きながら声をかけてくる。

 美鈴の第一志望は俺と同じK大文学部。

 理由は俺と同じ学校学部だから。

 世の中なめきってるとしか思えない理由だが、慕われるのは悪くない。

 ということで教えるのは結局、受験科目の英語と日本史ということになった。


「仕事」


 姉貴は今日も日直。

 連休の度に日直にあたってるのは気のせいだろうか?

 今日も毎度の台詞を吐きつつ、毎度のごとくスキップしながら出て行った。

 姉貴にとっては大晦日もカップルがイチャラブする日にあたるらしい。 


「大晦日だというのに大変ですね」


「基本はただの電話番。何もなければ一日中漫画読んでるだけらしいけどな」


「年越しの挨拶に来てくれるかもって思ってたのに。残念」


 美鈴が口を尖らせてつまらなさそうにする。


 姉貴は俺の思惑通り、毘沙門家へ挨拶に来た。

 それもおじさんに深々と頭を下げて。

 「私がこういう身なもので弟のバイト先にも制限が掛かります、どうかよろしくお願いいたします」とかなんとか。

 確かに他の場所だと、下手に姉貴のことを聞かれても話しづらいし。

 不純な動機で姉貴を挨拶に来させた自分が恥ずかしくなった。


「あの冷酷顔のどこがいいんだか。あんな姉貴でよければやるぞ?」


 そして思惑通り、美鈴は姉貴の顔を気に入った。

 しかし……。


「是非! と叫びたいところですけど身長が……僕には不釣り合いです」


 美鈴の身長は一六〇センチの俺よりもさらに低い一五五センチ。

 だからこそ余計に女の子にしか見えない。

 長身属性はないどころかマイナスなのだ。


「身長の壁くらい越えろよ」


「年齢の壁を越えられなかった小町さんが何言ってるんですか」


「はあ?」


 何を言い出す。


「小町さん、初めてうちに来たとき母に見とれたくせに」


「なぜ知ってる!」


「母に聞きましたから。大体それが趣味な人ですし」


 美鈴がけらけら笑う。


「恥ずかしい……」


「いいんですよ? 父から奪い取っても」


「お前はなんてこと言い出す! 家庭が崩壊してもいいのかよ!」


「だからこそいいんじゃないですか」


「はあ?」


 こいつは一体何を言い出す。


「デブで元男の娘な家庭教師がロリ母を奪い取るというだけでも滅多にない美味しいシチュエーション。母を愛している父は自殺し、きっと毘沙門家崩壊どころか行政にまで影響が及ぶでしょう。しかも家庭教師の姉までもがスパイときた。きっとマスコミは勝手に北朝鮮や中国の暗躍やら陰謀やらを捏造しまくって報道するでしょう。ああ、日本中は大騒ぎ。そんなの考えるだけでもゾクゾクしませんか?」


「しねえよ! くすくす笑ってるんじゃねえ!」


 歪んでいるにも程がある!


「ま、本当にそんなことになれば、小町さんと言えども刺し殺してさしあげますけどね」


「まともなんだか異常なんだかわからない台詞吐きやがって」


「まったくありえないから口にできるんです。小町さんが母に遊ばれたように、僕だって観音さんには勝てる気がしませんから……身長や年齢だけじゃなくね」


「なんか話に脈絡ない気がするんだが」


「あんな素敵なお姉さんのいる小町さんが羨ましいと言いたかっただけです」


 美鈴はクスリと笑ってから問題集に向かう。

 つまり姉貴を褒めたんだろうか?


 俺はその間教科書と問題集を開いて待機。

 早い話が何もしていない。

 毎度の事ながらも自問自答してしまう。

 こんなので時給八〇〇〇円もらって本当にいいのだろうか?



 ──三十分ほど経過。


 美鈴が話しかけてきた。


「ねえ、小町さん」


「ん?」


 気分転換か黙り込むのに飽きたのか。


 美鈴は視線を問題集に落としたまま。

 口も動いてるが手も動いている。

 随分と器用な真似をするものだ。


「痩せましょうよ」


「はい?」


 いきなり何を言い出す?


「むしろ頭を下げます、痩せて下さい」


 既に今でも下げっぱなしだけどな。

 俺に頭下げてるわけじゃないけど


「お前本気で男に目覚める気か? 冗談抜きで姉貴差し出すぞ?」


「もうそのネタはいいですから。それより僕がK大文学部に入学するとしますよ?」


「うん」


「僕と痩せた小町さんが一緒にキャンパスを歩けば、きっと男の視線独占ですよ?」


「したくないから!」


「僕らの事を散々女扱いした男に復讐したくないですか? 僕らを見てにやつく男達を見ながら『ざまあ』とか思ってみたくないですか?」


「思わないから!」


「大体、女だって『私よりもかわいい男なんて許せない』とか。僕達に言われても知りませんよね。自分を磨かないお前が悪いんだろうがって言ってやりたい」


「『よね』って、さりげなく同意を求めるな!」


 そんな事思ってるから美鈴には彼女ができないんだ!

 思ってない俺にも彼女いないけどな!


「だって苛立つものは苛立つんですから。みんなあれこれうるさすぎ」


「だから俺みたいにデブれば楽になれるって口酸っぱくして言ってるだろ。オトコどもから変な目で見られることは全くなくなるぞ」


 オンナの子はどっちにしても視線なんて向けてくれないしな。


「僕、人間捨てたくないです。現在の小町さんって豚じゃないですか」


「美鈴、よく先生に向かってそんなひどい事言えるよな」


 しかも顔をこちらに向けもしないで。


「『痩せる』って言ってくれないとわざと大学落ちますよ。そして父にも母にも『小町さんのせいで落ちた』って訴えてやる」


「それ洒落になってないからやめてくれ!」


 初対面でもわかっていたが、美鈴は優秀だ。

 英語は得意どころかペラペラ。

 日本史だってそうだ。

 英作文の問題集丸ごと覚えられるヤツに、暗記科目の日本史ができないわけがない。

 この二つがこれだけできるからにはK大文なぞ合格して当たり前。

 もし落ちようものなら、俺はどれだけ責められることか。

 時給八〇〇〇円を出してまで家庭教師を雇っている自体が理解できないのに。


「というわけで小町せんせー。今日からダイエットね」


「あー、もう。明日から頑張るよ」


 全く姉貴といい美鈴といい、なんだってんだ。


 ──ドアのノック音。


 おばさんがお茶とお菓子を持って入ってきた。

 これがあるから家庭教師はやめられない。


 おばさんが俺達にお茶を入れて差し出す。

 何気ない行為だが、動作の一つ一つが折り目正しく優雅に映る。

 これが気品というやつか。

 いくらロリに見えようと、やはり年齢と経験のなせる業だろう。

 美鈴の台詞ではないが、到底超えられそうもない高い壁を感じる。


 次いでお菓子を差しだそうとする。

 今日はどら焼きか。

 もっちりした触感とあんこの甘味が食べる前から頭に浮かぶ。

 涎を垂らしそうになるで──!?


 美鈴がおばさんに向けて手の平を突きだした。


「お母さん、お菓子は下げて。小町さんがついにダイエット決心したから」


 待て! お前は誰に断って俺からバイト最大の楽しみを奪う!


「明日から頑張──」


「えっ! ついに痩せる気になったの!?」


「おばさんまで何を!」


「だって小町さん、あまりにぽっちゃりで目に優しくないんですもの」


「ころころ笑いながら、とんでもない毒吐かないでください!」


「もし痩せたら年齢の壁──」


「それはもういいですから!」


「おばさんも全力で応援しますからね。ああ、痩せた小町さんを見てみたいわあ」


 おばさんが両手を握りながら天井を見てうっとりし始めた。


「姉貴の顔見てればいいじゃないですか」


「そして美鈴ちゃんと二人並んで歩いてるところを見てみたい。美鈴ちゃんが大学に合格したら小町さんにもお洋服買ってあげますね。うんと可愛いの」


 聞いちゃいねえ。

 この二人、なんてサイアクで歪んだ親子なんだ。


 ……ったく、俺がデブで誰かに迷惑をかけたのか。


 「みんなあれこれうるさすぎ」。

 美鈴、まったくお前の言うとおりだよ。

 姉貴も、美鈴も、おばさんも。

 ああ、全員にこの台詞、投げつけてやりたい!

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