12/12/24(3) 二子玉川駅周辺:会っちゃったら何もかも壊れそうな気がして
うっ、吹き付けてくる風が冷たい。
イヴってことは一二月も終わりだものな。
冷え込んで当たり前だ。
ただですら広島っ子は暑さにも寒さにも弱いというのに。
穏やかな瀬戸内海気候の地元が懐かしく思えてしまう。
しかし姉貴は全然平気な顔。
同じ広島っ子のはずなんだけどなあ。
いや、平気というよりも緩んでいる。
さっきのみつきさんとのチャットでも思い出してるのかな?
ちょうどいい機会だ。
兼ねてから思ってたことを聞いてみよう。
「なあ姉貴」
「ん?」
「みつきさんとリアルで会おうとは思わないの?」
「わわわ、な、な、何をいきなり」
姉貴が立ち止まる、どころかずずっと後ずさっていった。
こんな動揺するところを見るのも珍しい。
でもいきなりじゃない。
むしろ傍から見れば、そうしない方が不思議でならない。
そう思う理由がある。
「だってさ、みつきさんのキャラって姉貴そっくりじゃん」
「まあ……」
姉貴が口籠もりながら、首を縦に振る。
実はリアルで姉貴のストーカーでもしてるんじゃなかろうか?
そう思うくらいにそっくりそのままなのだから。
姉貴がみつきさんに話しかけたのは、中身だけじゃない。
自分とキャラの外見が似ていたのも大きいはずだ。
このオンナ、自分の容姿に自信満々のナルシストだし。
「切れ長なきつめの美人で貧乳でくびれで美脚で長身。それがみつきさんの理想なんだろ?」
姉貴が美人と言えるかは置いとくとして。
会えば間違いなく気に入ってもらえるだろう。
姉貴は軽く息をついてから前を向き、再び歩き始めた。
「会えればいいなとは思うけど……」
「会えばいいだろ」
「やはりリアルはリアル、マッシュはマッシュだよ。私は『観音』であって『ねぎ』でもあって、でもそれはやっぱ別だもの」
台詞の意味がまったく理解できないんですけど。
「何を訳のわからん事言ってるんだよ」
「私も自分で訳わからん」
「あのなあ」
姉貴が頭を振る。
思い直した様にも、何か決意した様にも見える。
「言えるのは……きっと今の関係を壊したくないんだよ。会っちゃったら何もかも壊れそうな気がして」
「なんとなくはわかる気もするけどさ」
「私はみつきさんを失いたくない。例え仮想空間だろうと、私が唯一安らげる場所なんだから」
唯一って……。
「血を分けた家族の俺の立場は!」
「ああすまん。小町以外。言わなくてもわかるだろ。それくらい」
ちらっと姉貴を見ると照れた様に横を向いている。
まったくもう。
わかってはいても言いたくなるし、言わせたくもなる。
しかし、よくもここまで惚れたものだ。
初恋は年とるほど重症とは言うけど、その見本を目の当たりにしようとは。
でも仕方ないかなって気はする。
あのチート騒動のとき、姉貴の潔白を頭から信じ込んでくれてたんだし。
しかも晒しスレみたいな悪意の塊をまともに受ける中での唯一の味方。
同性の俺ですら惚れたかもしれない。
もちろん「侠気」という意味でだが。
今日はクリスマスイヴ。
こんな日にマッシュにINしてる時点でみつきさんの外見は????だろうけど。
夢見る乙女にもちろんそんな事は言えない。
いや、そこはきっと関係ない。
以前に姉貴はチラっと言っていた。
「外見なんてデブ以外ならどうでもいい。私が選ぶ男こそが最高の男だ」と。
どこからそれだけの自信が湧くのかと思う。
でも確かに、姉貴が男の容姿について語ったのを聞いた記憶がない。
イケメンともブサメンとも。
デブだって、嫌いなのは「怠惰の証」だから。
結局はこれも外見ではなく内面を軽蔑してるのに他ならない。
血を分けたはずの、しかも同じ顔をしているはずの俺ですら軽蔑されてるくらいだし。
どうか、みつきさんがデブじゃありませんように……。
※※※
帰宅してからは、ささやかながらもクリスマスっぽい夕食。
その後は互いに風呂を済ませてから各自の部屋へ。
今晩の姉貴はずっとハイテンションっぽい。
隣の部屋から「あん」とか「いや」とか「くふう」とか変な声がずっと聞こえてくる。
さっきの光景見てなかったら、一体何やってるのかと思うところだ。
──朝五時、声が止む。
ようやく寝たらしい。
いつもより少し遅い時間だな。
DKに出る。
すり足で姉貴の部屋の襖に近づく。
そ~っと少しだけ襖を開ける。
灯りは完全に消えている。
よし、本当に寝てる。
足音を立てない様に忍び込み、枕元にラッピングされた小箱を置く。
箱の中身はマッシュのイメージキャラクター「レイ」のZIPPO。
業者に下絵を渡して特注で作ってもらった品物。
アラサーな女性へのクリスマスプレゼントではないと思う。
だけど他に欲しそうな物だと、あげる前に自分で買っちゃう人だからな。
ZIPPOなら使ってもいいし、使わなくてもコレクションになるし。
ゆっくりひっそり姉貴の部屋を後にする。
おやすみ、姉貴。
よい夢を。