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13/07/22(4) 山下公園:小町さん、かっこいいです~

 ──山下公園の中へ。


 入口すぐのハッピーロ○ソンに入る。

 雰囲気はコンビニと言うよりレストハウス。

 カフェまでついてるし。

 二人ともお茶を買って退店。


 並んで、海沿いに歩き始める。

 これまでは背にしていた太陽が眩しい。

 右手から剥き出しの肌をちりちり照りつけてくる。

 その一方で緩やかに流れる海風が、火照りを優しく鎮めてくれる。

 ああ、まさに夏日和だ。


 旭さんが左手にそれていく。

 向かう先はやや海側にせり出したスペース。

 俺の腰あたり程の落下防止柵が設けられている。


 旭さんは柵の手すりに手をかけ、海を見渡し始めた。

 どこへともなく、ただ真っすぐに見据える目。

 わずかに風になびくツインテール。


 隣に並ぶ。

 それを見計らっていたか、旭さんはゆっくりと口を開いた。


「観音さんって海際が好きなんですってね~」


「うん。俺もだけど……海や川、とにかく水の側が好き」


「ここ、観音さんのお気に入りの場所なんです~。『山下公園の中でも一番海に近い場所だから』って、以前連れてきてもらったときに言ってました~」


「ほんのちょっとなのにね」


 苦笑いしつつ答える。

 だけど姉貴の気持ちはわかる。

 六本の川が流れる広島市。

 そんな贅沢な土地で育った俺達姉弟は、水辺を離れると生きていけない。


「観音さんってね」


 旭さんがこちらを向いた。

 あどけない優し気な目をやんわりと細める。


「役所帰りにたまにここに来てぼーっとするんですって~。『嫌なことむかつくこと腹立つこと。海を見てると全部大したことじゃないって思えるから』って~。『特に夜は、暗闇が全てを飲み込んでくれる様で好き』って言ってました~」


「ぷっ」


 あいつ……つい、失笑してしまった。

 旭さんが首をかしげる。


「今の話に何か~?」


「いや、姉貴っていくつになっても全然変わらないなあって思ってさ」


「と言いますと~?」


「姉貴ってさ、時々川沿いに行っては土手から川をずっと眺めてた。何故か俺まで一緒に連れられて。でも幼心にも、何かあったのかなあくらいは感じてた」


「ふむふむ~」


「あと、俺が泣いたりしたときとかさ。そういう時の姉貴ってジュースやアイス買ってくれるんだ。だから、わざと拗ねることも結構あった」


「小町さん食いしん坊です~」


「まだ小さい頃の話だもの」


 旭さんが緑茶に口をつける。


「でも観音さんのアメリカ行き中止になってくれて本当によかったです~。観音さんや小町さんには複雑かもしれませんけど~」


「どうして複雑?」


「観音さんにしてみれば昇進ですから~」


「ああ……ただ姉貴って、案外そういうの興味ないし──」


 出世にこだわるなら最初から横浜なんて行きやしない。

 それこそ先日は、本気でニートへの道に足を踏み出しかけたわけだから。


「──俺に、というのは?」


「お姉さんが外交官ってのは誇らしいものなんじゃないですか~?」


 きっとそれが世間一般の常識というやつなんだろうな。


「別に姉貴が外交官だからって俺がえらいわけじゃあるまいし、自慢になんかならないよ。むしろ……惨めなくらいかも」


「そんな──」


 最後まで聞いてもらいたいので遮る。


「でも、惨めなまま終わるつもりはないよ。姉貴が手本を見せてるのに何もしない。できるできないはともかく、そんなの姉貴の弟として通らないもの──」


 旭さんと出会って浮かれ気分で、その一方で色々思い悩んだり考えたり。

 そうしていく中で掴んだ決意を伝えたい。

 この人に相応しい男になるために。


「──姉貴の真似なんて昔からできない。でも、それでも……少しずつ頑張る。少しずつでいいから自信を持っていきたい」


 旭さんがにこりと笑った。


「うんうん……小町さん、かっこいいです~」


 その小さくかわいらしい口から飛び出したのは、俺が長い間待ち焦がれた言葉だった。

 でも俺はその言葉を、すんなり驚くことなく受け入れることができた。

 求めていた本来の意味とは微妙にニュアンスが違うし、何より……。


「頑張るって言っても何を頑張ればいいのかはわかんないんだけどさ」


 まだ、格好良くはない。

 俺にはその自覚もあるから。


「何でもいいんですよ~。前に向かおうと行動してれば、きっと何かの形で報われます~。その内きっと、何か打ち込める物が見つかります~」


「そうだといいなあ」


「きっとそうですって~、自分を信じましょう~」


「そうだね」


「二人で一緒に探せば、その内きっと見つかります~」


 えっ!?


 旭さんが海に背を向け、ベンチを指さす。


「少しベンチに行きませんか~? 渡したい物があるんです~」


「さっきのフィギュアじゃなくて?」


「あれは頼まれ物、今度は私からです~」


 ──ベンチに腰かけると、旭さんが小箱を差し出してきた。


 姉貴のライターくらいでラッピングされている。

 なんだろう? 


「開けて下さい~」


 言葉に従い包みを解く、これは……アトマイザー?

 中には香水が入っている。


「小町さんが香水探してるというのをアンジュのマスターさんのブログで読みまして~。私なりに選んでみました~」


「ええええええええ!」


「何故驚くんですか~? 欲しいから探してたんじゃないですか~?」


 旭さんが頬を膨らます。


「いや……旭さんにもらえるって思ってなかったから」


 素直に嬉しい。

 めちゃめちゃ嬉しい。

 飛び上がりたいの我慢してます。


「気に入ってもらえたら御礼はたっぷりしていただきます~。幸い今日は香水つけてないみたいですし、早速使ってみてもらえますか~?」


「うん」


 ベンチから立ち上がり、アトマイザーをワンプッシュ。

 ほんのり甘い香り。

 まるで柔らかく包み込んでくれるような感じを受ける。


「この香水は?」


「D&Gの『ラ ルー デュ ラ フォルチュン』です~。ユニセックスとされてますけどフルーティーフローラルですから女性向けの香りですね~」


「なんだか舌を噛みそうな名前なんだけど」


「日本語で言うと『運命の輪』です~。運命の輪に立ち向かう、新たなことへチャレンジを続ける人をイメージして作られた香水だそうです~」


「ふむふむ」


「なんとなくですけど、今の小町さんにぴったりかなあと思いまして~。さっきの話を聞いて私の見立てが合ってたことに、ちょっぴり自慢したくなります~」


「さすが、旭チェック」


「でも……」


「ん?」


「ここまでは企業の考えた売り文句にすぎません~。私が選んだ本当の理由はここからです~」


「本当の理由?」


「この香りって最初は甘いだけに思えるんですけど、しばらく経つと芯のある香りが立ってくるんです~。それにはもう少し待たないとですけど~」


「うん」


「小町さんには、優しげだけど芯のあるこの香水みたいな男性になってもらいたいな……って~。私からの勝手な期待を込めて贈らせていただきます~」


 これは……ホントに頑張らなければいけないではないか。


 俺になれるんかな?

 いや、ならなければいけないだろう。

 なれると信じて。

 きっと、そう思わないと始まらないから。


「ありがとう」


 今はかりそめかもしれない。

 だけどあらんばかりの自信を込めた感謝の言葉。

 旭さんは満面の笑顔で受け止めてくれた。


 これで話は終わりかな?

 大分休んだし、もうそろそろ歩けそう。

 ベンチから立ち上がる。


「旭さん、もう大丈夫。次案内してくれる?」


「海が綺麗ですね~」


 旭さんはこちらに顔も向けず、訳のわからない返事をする。


「えーと? 旭さん?」


「空が青いですね~」


 まるで台詞を棒読みしてるかの様。


 うーん……えーと……どうすればいいんだろう……。


 旭さんも意味なくこんな事しないよなあ。

 さっきまでの会話を思い出してみる。

 香水……運命の輪……新たなことへチャレンジ……。


 ──ん、もしかして?


 ……でも、外したらどうしよう?


 ──えーい、ままよ!


 旭さんの前に立つ。

 そのまま黙って右手を差し出してみた。


 旭さんが一瞬きょとんとする。

 

 やっぱ外した?


 ──旭さんがにっこりと微笑む。


「じゃあ行きましょうか~」


 そう告げて、左手で俺の差し出した手をとってくれた!


「うん!」


 手をつないで歩を進める。

 女性と手をつなぐのは初めてだけにすごく緊張する。


 そう思ったら旭さんが力強く握りしめてきた。

 えっ? さらに強く握りしめてきた。

 ええっ? それでも足りないのか右手も添えて、さらに力一杯握りしめてきた。


「痛い、痛い、旭さん痛い!」


「その痛さの意味がわかる頃には、きっと運命の輪が似合う男性になってますよ~」


 旭さんがべえ、と舌を出す。

 それとともに右手の力が緩んだ。


「うーん、よくわかんないけど少しずつ頑張ってみる」


「そうですね~、私も長い目で見るって言った以上は約束を守ります~。だから小町さんもその言葉、違えないでくださいね~」


「絶対守るよ」


 旭さんがこくりと頷く。


「では、まったりゆったり参りましょうか~」


 そして、軽やかに足を踏み出した。


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