13/07/22(2) 関内:さぼってばかりに聞こえるのは気のせい?
「まずは我が庁舎から行きます~」
旭さんが役所を指さす。
「庁舎の食堂でお昼を食べる人はほとんどいません~」
「どうして?」
「理由を聞いてはいけません~。ただ、カレーの量は超特盛です~。『玉子と醤油を掛けたら、どこか懐かしい味になる』とかで、昨年まで弥生さんが愛用してました~」
今年は違うのは、きっと姉貴のせいだな。
旭さんが信号を渡る。
その後ろをてくてくとついていく。
渡りきったところで、旭さんがいかにもな立ち食い蕎麦屋を指さした。
「始業前は、ときどき上司がこの『相○そば』で朝ごはんを奢ってくれます~。私にとっては隠れた名店です~」
「名店って立ち食い蕎麦が?」
「外見でなめてはいけません~。本当に美味しいんですよ~」
へえ……見かけに寄らないものだ。
立ち食い蕎麦をすする旭さんというのも想像つかないけど。
旭さんが歩き始めたので、再びついていく。
「お昼はこの辺にお弁当屋さんの車が並びます~。お安くてボリュームあって味噌汁まで付くので、お金ない時はここのお弁当にしてます~」
本当に普段の生活の案内だったりする。
あるいは公安庁食事所案内か。
旭さんが振り返り、進行方向を指さす。
「こちらへ真っ直ぐ歩くと、横浜公園から横浜スタジアム。次いで関内駅です~」
そして再び信号を渡り、来た方向に引き返す。
今度は庁舎を通り過ぎ、さらに真っ直ぐ歩いていく。
「このスタバは私のさぼり場です~。内勤で息がつまった時に抜けだして、クッキーつまみながら休んでます~」
そういえば去年までは内勤ばかりと言ってたっけ。
「このベ○ーチェは煙草が吸えるので観音さんの仮眠所です~。前に見かけた時は、とても女性と思えない格好で寝てました~」
どんな格好だ。
「このセルテのコージーはシノさんの手土産調達所です~。ついでにお茶してるらしいです~」
えと……。
「さぼってばかりに聞こえるのは気のせい?」
「だって仕事に直接関係あるところ案内できるわけないでしょう~」
「そりゃそうかもだけどさ」
「いいですか~? 適度に息を抜いて健康や精神状態を管理するのは大人の基本です~。仕事は仕事で真面目にやってます~」
「はあ……」
同じ年齢の旭さんに大人を語られてしまった。
「観音さんなんか『私が仕事をするのはさぼる時間を楽しむためにある。仕事をすればする程に僅かな時間のさぼりでも濃密に感じられる』とか言ってるくらいですよ~」
旭さんが心無しかうっとりしてる。
単に「ちゃんと仕事してからさぼれ」って言ってるだけなのだが。
姉貴って、何かと格好つけて言いたがるからなあ。
こういうのが旭さんのツボなんかね?
「でも確かに案内の場所のせいか、旭さん達を身近に感じるなあ」
旭さんがふふっと笑う。
「今日は何だか一日中仕事をさぼってるみたいで少し得した気分です~。仕事中のさぼりもいい感じですけど普段はこんな事できませんから~」
確かに旭さんの足取りは、いつもより軽やか。
何のかんの言いつつ、ちゃんと仕事してることも窺わせる。
──関内駅に到着。
旭さんが正面を指さす。
「あっち側に渡ると伊勢佐木商店街が広がってます~。『ラーメン○郎』もあっちです~。でも役所から離れすぎて休憩時間内に戻れなくなってしまうのでうちの人は殆ど行きません~」
右を指さす。
「あっち側の何本か向こうの通りは『馬車道』と言って、お洒落な店や美味しい店がいっぱいあります~。馬車道、関内駅、中華街、山下公園で囲んだゾーンが私達の生活範囲です~」
「ふむふむ」
「馬車道ですと『十○館』が私とシノさんのお気に入りのお店で、ゆっくりしたい時に行ってます~。『梅○亭』のハヤシライスもお勧めです~」
関内駅から左に曲がり横羽線沿いに歩いていく。
さっきまでとは打って変わり、寂しく感じられる。
「この辺りから中華街に入っていきます~」
うおっ、一気に人が!
さすがは観光名所の中華街。
「この店が観音さんのランチ行きつけ『謝○記』です~。中華粥専門店でここのお粥は飽きずに食べ続けられます~」
お粥でランチというのが、いかにも体型に気を使う姉貴らしい。
さらに歩いたところで、旭さんが立ち止まった。
「ここが私達が一番ランチに通ってる店『重○飯店』です~。私とシノさんと弥生さんで観音さんの歓迎会を開いた時もここでした~。私達もこれから食しますよ~」
「おお!」
歩いたおかげでお腹も空いた。
実に美味しいランチが食べられそうだ。




