13/07/21(2)マッシュ:明日頑張れよ
〈ねぎまぐろ:何をぼーっとしてるんですか。特訓続けますよ〉
〈こまっち:あ、ごめん〉
そうだった。
今は特訓中だった。
しかし敬語だろうとなんだろうと、やっぱり上から目線にしか聞こえない。
これって決してリアルで姉貴だからというわけじゃないだろう。
そもそも普段通りの話し方でいいじゃないかとも思う。
ただ建前上、姉貴とねぎは別人。
MMOではリアルと違う自分を演じる人もいる。
そしてその人がそうする以上、そのことは受け容れないといけないし、リアルも詮索してはならない。
これはMMOのお約束だ。
ファンタジーの世界で現実から離れた時間を楽しむものだから。
これまで見てきた感じだと、特に社会人プレイヤーはその傾向強いし。
またゲーム内では既定の関係が出来上がってしまっているというのもある。
例えば姉貴と皆実の関係。
姉貴はマッシュ始めて以来、自分に色々教えてくれる皆実を先輩プレイヤーとして立ててたらしいし。
今更それをやめるわけにもいかないから、これまで通りを貫いた方がやりやすいというのもあるのだろう。
あの図太い皆実ですら、その辺り気にするものがあったみたいだし。
二人からそれぞれ聞いた感じだと、リアルとマッシュは別。
そう割り切った方が距離感を掴みやすいらしい。
まあ、こんなのレアケースだろうけどさ。
とうのみつきさんに至っては尚更だろう。
enVyのギルマスはみつきさん。
もっともギルド作ってから一度もINしてこない。
それは仕事が忙しかったらしいから。
うちのバカ姉貴ですらIN頻度は落ちてたし。
でも……現在みつきさんがINしてこないのは事情が違うだろう。
単純に姉貴とゲーム内で顔を合わせづらいんだと思う。
それでもそろそろINしてきてもいいんじゃないだろうか。
俺は傍観者にすぎないけど、それでもモヤっとするものがある。
何より皆実がギルマス代行という恐ろしい事態から早く解放されたいし!
〈ねぎまぐろ:だから何を突っ立ってるんですか〉
いけない、いけない。
とうの姉貴がねぎになりきっているというのにこれじゃ。
〈こまっち:見本示してくれないと、やりようがないだろうが〉
〈ねぎまぐろ:はあ……仕方ないですね〉
ねぎがちょこちょことひよこの群れに向かい、少し離れたところで立ち止まる。
そしてアイテムをいくつか前方に投げた。
同時に、ねぎの前方に煙が巻き起こる。
煙幕か。
〈ねぎまぐろ:煙幕でも柵でも焚き火でもいいから時間を稼ぐアイテムをまず使って〉
そしてねぎが天に向け、矢をぎりりと引く。
〈ねぎまぐろ:私は弓士なので、ここでは対集団戦用のスキル「アローレイン《矢の雨》」を用います。スキル発動までに時間がかかりますから、要領は範囲魔法も同じです〉
矢が光り、暗雲たれ込み、周囲の気が渦巻きながら矢に集まっていく。
対集団戦用の大掛かりなスキルだけあって、エフェクトも派手……。
あれ?
煙幕が消えた。
それなのにねぎはまだ構えたまま。
ひよこの群れが一斉に襲いかかり、ねぎはその場に倒れた。
何の抵抗もせず。
バグった?
──と同時に、ギルメンのINを報せるチャイムが鳴った。
〈みつき:おはおは~〉
みつきさんだ!
ようやくINしてきたか。
ああ……それで姉貴は死んだのか。
きっと驚いて固まったとかなのだろう。
とにかく挨拶しよう。
〈こまっち:おはおは~、おはつです〉
〈りんりん♪:初めまして〉
俺に続き、黙ってギルチャを眺めていた美鈴も挨拶する。
〈みなみ:お待たせー、ギルマス連行してきたよ~〉
〈みなみ:兄ぃ、この二人が例の男の娘達。こまっちの方が弟さんね〉
どんな紹介だよ。
〈みつき:ういうい〉
しかし水は差すまい。
「連行」という一言で、みつきさんのリアルは予想通りだったのがよくわかる。
ここで迂闊なこと言って空気濁したら台無しだ。
〈みつき:二人とも初めまして。マスターのみつきです。よろしくです~〉
初めまして、じゃないんだけどな……。
正月に合ってるし。
まあ、バタバタしてたし覚えてないのだろう。
さしあたり、ねぎに蘇生水をぶっかける。
起き上がるや、すぐさまチャットが入った。
〈ねぎまぐろ:じゃあ全員揃った事ですし、お約束として廃人御用達のマイタケダンジョンに行きましょうか〉
早速かい!
〈こまっち:鬼! 誰が行くか!〉
〈りんりん♪:行きます、行きます~〉
おまっ!
いくら俺より後に始めたくせに、俺より戦闘巧いからといって!
……と言っても、恐らく姉貴も美鈴も本音は違う。
姉貴としては距離感掴めないから、とりあえずは「話さずに済むダンジョンでの戦闘に」というところだろう。
美鈴もそれを読んで、流れを作ったというところだ。
だって、俺が嫌がってるのも演技だし。
本当にイヤなのはイヤだけど、この空気をぶち壊す程には愚かじゃないつもりだ。
──しかし、愚かとしか思えない文字が、画面上に放たれた。
〈みつき:ワシントンどうして断ったんですか?〉
固まってしまった。
どう返したらいいかもわからず。
画面上では、チャットの流れが完全に止まってしまっていたた。
ようやく姉貴が一言入れた。
〈ねぎまぐろ:何のことです? 私はねぎですよ?〉
俺も続けよう。
とにかく、この凍り付いた空気を何とかしないと。
〈こまっち:みつきさん、ここでそういうのは〉
〈りんりん♪:話さないのがお約束ですよ〉
〈みつき:それを承知で聞きたくなるわ!〉
そりゃわかるけど!
そういう話は二人の時にやってくれ!
俺だって美鈴だって困るわ!
大体いかな姉貴だって、俺はまだしも、美鈴や皆実の前で話したくはないだろう。
そう思ったところで、さらにとんでもないチャットが飛び込んできた。
〈みなみ:みんなごめん。うちが兄ぃを煽った〉
〈こまっち:なぜ!〉
〈みなみ:うちが面白いから〉
間髪入れず美鈴のチャットが入った。
〈りんりん♪:あなた最悪です〉
本当に最悪だよ!
この妹は悪魔か!
〈ねぎまぐろ:はあ……全く仕方ないな、君は〉
「ねぎ」が姉貴になった。
さすがに事態の収拾を図りに来たか。
姉貴が続ける。
〈ねぎまぐろ:ここまでの事は忘れてやる。とりあえず、今すぐその敬語をやめろ〉
〈みつき:ごめん〉
素だと、姉貴はやっぱりオレサマなんだな。
リアルでは上司だから、さすがに当然だろうけど。
〈ねぎまぐろ:ったく、みんな楽しんでるのに空気ぶち壊しだ。私だって現実に引き戻されて気分悪い〉
〈みつき:マジごめん〉
〈ねぎまぐろ:もういいよ。どうせ明日は私達二人が日直当番だろ。そこで話す〉
そうなんだ?
〈みつき:わかった。それじゃ蘇生薬大量に買ってくる。必要だろ?〉
ここは空気を読んで……流れを完全にマッシュに持って行かせてもらおう。
〈こまっち:結局マイタケダンジョンには連行されるんですね……。鬱すぎる……〉
〈ねぎまぐろ:じゃあ話まとまったところで、私は飲み物とってきますね〉
〈みつき:んじゃ、俺もとってくる〉
〈みなみ:うちのもよろー〉
〈りんりん♪:じゃあ僕も~〉
んじゃ、俺もそうするかな。
──ダイニングキッチンに行くと、既に姉貴が麦茶を注いでいた。
俺も来ると読んでいたのだろう。
あるいは持ってきてくれるつもりだったか。。
テーブルの上にはグラスが二つ置かれていた。
姉貴が顔を上げ、既に注ぎ終わった一つを差し出してくる。
「ほら」
姉貴の表情は緩みきっていた。
自分で気づいてるかどうか知らないけど。
ま、無理もないか。
ありがと、とグラスを受け取る。
さて部屋へ……と振り向いたところで言いたくなった。
なんとなく。
「姉貴」
「ん?」
「明日、頑張れよ」
「おう」
姉貴の表情は見えない。
返ってきた声は、どこか照れくさそう。
だけど、実に姉貴らしい声だった。
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