表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/156

13/07/20(1) マッシュ:うちはねぎさんの中の人、好きだよ

 稲穂が青々と茂る田園地帯。

 俺の眼前にはひよこの大群。

 次から次に襲ってくる。

 こんなの一匹ずつ相手にしてたらキリがない。


 こうなったら範囲攻撃魔法だ。

 隕石撒き散らして一掃してやる。

 ショートカットのF7キーを押す。

 詠唱アクションに入る……。


 ──うげっ!


 隕石降ってくる前に、自分にひよこ達のヨダレ攻撃が降り注いできた。

 哀れ、こまっちは田んぼの中心に倒れてしまった。


 無表情で真っ黒ローブのエルフがちょこちょこやってきて、蘇生水をかけてくれる。 


〈ねぎまぐろ:もう、こまっちさん、何やってるんですか。範囲攻撃魔法は詠唱長いんだから、まずはヒヨコ達の足止めして時間を稼がないと〉


 敬語で言われてもイラっとする。

 いやむしろ、敬語だからこそイラっとする。


〈こまっち:ムリヤリ戦闘訓練に連れてきといてムチャ言ってるんじゃないよ〉


〈ねぎまぐろ:こまっちさんもギルドenVyの一員になったんだから、戦闘上手にならないと〉


〈こまっち:ギルド入ってやるとは言ったが、戦闘するなんて一言も言ってない! 何がenVyだ!〉


 その瞬間、ギルドチャットに見たくもないIDの発言が表示された。


〈みなみ:こまっちさん、うちのつけた名前にケチつける気?〉


〈こまっち:ゴメンなさい〉


 あ……つい反射的に謝ってしまった。

 でも、こいつ怖いんだもの。

 皆実はenVyのギルドマスター、略してギルマス代行を務めている。


 悪態をついてはみたものの、実はenVyの名前の由来は知っている。

 皆実が「ねぎさんには内緒で」と、俺と美鈴に教えてくれた。


 enVyは、みなみ、姉貴、みつきさんの所属していたギルド「ピースパーク」のギルマス「えんび」の名前をもじったもの。

 えんびさんとやらは「艶美」という意味でつけていたのだが、それを「envy=嫉妬」になぞらえたのだ。


 皆実がどうして一見そんな人でなしにしか見えない真似をしたか?

 一言で言えば「報復」だ。


 皆実は姉貴には「誰からも嫉妬される存在になれます様に」と説明している。

 もちろん真意は違う。

 他の人からは普通に見えても、ピースパークを知ってる人には何らかの因縁がある様に見えるだろう。

 ましてやえんびさん本人からは。

 今や、みつきさんもねぎもマッシュで知る人ぞ知る戦闘廃。

 ねぎを追い出したえんびさんは、さぞ歯ぎしりするだろう。

 つまりはあてつけ。

 俺ですらここまで察したものを、あのムダに頭の回る姉貴が読めないわけない。

 実際に姉貴に聞いてみたときは「私自身は今更知ったことではない。だけど自分の知らないところで誰かが敵討ちしてくれるなら、それはそれで痛快なことじゃないか」と、とぼけられた。

 知ったことではないのは本音だろうが、ショックを受けたのも、恐らくその裏で怒りを我慢していたのも事実のはず。

 皆実が何をしようと止めるつもりはない、そう考えたのではなかろうか。


 だがギルドできたての頃、俺と美鈴の聞いた話は想像を絶していた。

 あの時の俺達三人のギルドチャットを思い出すと未だに身の毛がよだつ。


                  ※※※


〈みなみ:こまっちさんもりんちゃんも、今から話すことは内密にしといてくださいね〉


〈こまっち:別に聞きたくないんだが〉


〈りんりん♪:どうせろくな話じゃないんですし。ついでに、その「りんちゃん」はやめてもらえません?(´・ω・`)〉


〈みなみ:かわいい外見通りの呼び名なんだから別にいいじゃん〉


〈りんりん♪:喧嘩売ってるなら今日は買いますよ?(#^ω^)〉


〈みなみ:女の子に対してスルー耐性低すぎ。それに、特に性格最悪でねじ曲がりきったりんちゃんには最高に面白い話だと思うんだけどなあw〉


〈りんりん♪:みなみさんに言われるとは光栄ですね^-^〉


〈こまっち:わかったから話始めてくれ。とっとと終わらせて夕飯の支度したい〉


〈みなみ:ほら、りんちゃんもこういうかわしかた覚えなきゃwww〉


〈りんりん♪:大きなお世話です^-^〉


〈こまっち:りんりんは黙れ。で、何の話なんだ?〉


〈みなみ:マツコン事件、つまりねぎさんがギルド追い出された真相〉


〈こまっち:はあ?〉


〈りんりん♪:それは本当に面白そうですね(・∀・)〉


〈こまっち:みなみ、続けて〉


〈みなみ:ねぎさんが追い出された理由なんだけどさ。『匿名掲示板の晒しスレで晒されたから』ってのが理由になってるよね〉


〈こまっち:違うの?〉


〈みなみ:うん。だってあれを晒した犯人、ギルマスのえんびだもん〉


〈こまっち:はあ?〉


〈りんりん:どうして? あなたはそれをどうやって?ΣΣ(゜д゜lll)〉


〈みなみ:動機は嫉妬。あの頃の兄ぃとねぎさんって、めきめき腕伸ばしてたじゃない?〉


〈こまっち:うん〉


〈みなみ:元々えんびさんって自分が中心じゃないと気が済まない人でさ〉


〈こまっち:まあ……ギルマスってそういう人多いわな。自分が王様になりたいからギルド作るってのは割と多いパターンだし〉


〈みなみ:兄ぃはそのあたりうまくやってたんだけど、ねぎさんって挨拶だけでほとんどギルドチャットに参加しなかったから、元々疎んじられてたんだ〉


〈こまっち:黙ってるくらい普通だろ。チャット苦手な人だっているんだし〉


〈みなみ:ギルドチャットに参加しない=えんびを褒めないだから〉


〈りんりん♪:バカじゃないんですか?┐(´∀`)┌〉


〈みなみ:しかもねぎさんは腕をめきめき上げていってた。いつ、えんびさんを抜いてもおかしくないスピードで〉


〈こまっち:ふむふむ〉


〈みなみ:そこにきて『優勝できるわけないのに』って、裏でバカにしてたねぎさんがマツコンで優勝。そりゃ叩き出したくなるでしょ〉


〈こまっち:どんだけ自己中なんだよ!〉


〈みなみ:さっき自分で言ったじゃないですか。『王様』って〉


〈こまっち:そんなヒドイのまで想像してないわ!〉


〈りんりん♪:でもそれじゃ推測にすぎないじゃないですか。嫌ってることと晒すことは別の話でしょう(;´∀`)〉


〈みなみ:りんちゃん、つまんない〉


〈りんりん♪:どうせあなたのことだから確認したんでしょ、って言ってるだけですよ(・∀・)〉


〈みなみ:えんびさん一人であそこまで大掛かりな自演できるわけないでしょ。他に手伝わせたんだよ。ギルド内には絶対遵守な取り巻き達いるからさ〉


〈こまっち:そのギルマスはいつも右目を抑えてるのかよ〉


〈りんりん♪:絶対遵守な人がよく教えてくれましたね。゜(゜ノ∀`゜)゜。〉


〈みなみ:兄ぃからくすねたプラチナレアアイテム『小学校の制服』で釣った〉


〈りんりん♪:どれだけ安い絶対遵守なんですか( ゜д゜)〉


〈こまっち:そんなのくすねて、みつきさんは気づかないわけ?〉


〈みなみ:兄ぃにロリ属性ゼロだから、なくなっても気づかないんだよ〉


〈こまっち:どれだけ残念な人なんだ〉


〈みなみ:その一方でマッシュには、こまっちさんみたいなロリ属性いっぱいだからさ〉


〈こまっち:大きなお世話だ!〉


〈りんりん♪:でも……まさかこれで終わりじゃないですよね? 僕がこの程度でおもしろがるとでも?( ゜Д゜)〉


〈こまっち:お前はお前で最悪だよ!〉


〈みなみ:さすがりんちゃん。これで終わりじゃないんだなあw〉


〈こまっち:まだ続くのかよ!〉


〈みなみ:ここまではねぎさんも薄々は察してると思うんだ。むしろ内密にしてほしいのはここから。ねぎさんだと絶対察しがつかないから〉


〈りんりん♪:それは興味深そうですね(・∀・)〉


〈みなみ:実は……えんびさんって兄ぃのことが好きだったんだ〉


〈こまっち:はあ? どういうこと?〉


〈みなみ:文字通りの嫉妬。だから兄ぃとコンビ組んでるねぎさんが邪魔でさ。ギルドから追い出して、兄ぃを落とそうとしたわけ〉


〈こまっち:そうしたらみつきさんもやめちゃったわけか。というか、どうしてその可能性は考えない?〉


〈みなみ:あの人バカだから〉


〈こまっち:ひどい理由だ。せめて『w』くらいつけてやれよ〉


〈りんりん♪:でも、さっきの質問の繰り返しになっちゃいますけど、よくそんなの調べましたねΣ(・∀・;)〉


〈みなみ:だから、あの人バカだから。うちが男に化けてギルドに入り直してさ。んで、えんびさんに取り入ったらコロっと吐いた。もちろんさっきの絶対遵守な人達から聞き出したのは、さらに別垢〉


〈こまっち:そんなことしたのかよ!〉


〈みなみ:うち、サブ垢使ってギルド忍び込んで内情探るの大好きだもん〉


〈こまっち:なぜ!〉


〈みなみ:面白いからw〉


〈りんりん♪:あなた最悪です〉


〈みなみ:顔文字くらいつけてよ。まあ全然キャラと似合ってないから止めた方がいいって思ってたけどさw〉


〈りんりん♪:大きなお世話です!〉


〈みなみ:あーあ、りんちゃん顔文字やめちゃった。つまんないの〉


〈こまっち:二人ともやめろ。そろそろ米のつけ置き終わるから、早く続きを聞きたい〉


〈りんりん♪:わかりましたよ。でもえんびさんって本物のバカじゃないですか〉


〈みなみ:本人としては愚痴のつもりだったんだろうけどね。それにえんびさんの趣味って男漁りだし〉


〈こまっち:確か掲示板にはねぎのこと『直結厨』とか書いてたよな?〉


〈みなみ:うん、だから真相探り当てた時はリアルで吹き出しちゃったw あの人こそ直結厨なのに〉


〈こまっち:はあああああああああ?〉


〈みなみ:だから絶対遵守なんだってばw ギルメンの何人かとは、実際に会ってやることやっちゃってるから〉


〈りんりん♪:で、その絶対遵守な方々は、自分達が兄弟ってそれ知ってるんですか?〉


〈みなみ:ううん? みんな世間知らずのオタクさん達だし。だからこうしたオタっぽい空間だと、誰もがお姫さまになれちゃうんじゃん〉


〈りんりん:オタクさん達は誰も疑わない、というか疑いたくないからですね〉


〈こまっち:姫が実はビッチって衝撃的だからな……とにかくさ〉


〈みなみ:ん?〉


〈こまっち:そのえんびさんとやらは、ねぎを女だと思ってたわけ?〉


〈みなみ:女はそういうの鋭いよ。ましてやえんびさんは肉食獣だしw〉


〈こまっち:MMOだとよくある話だけど、あんまそういう生々しい話は聞きたくないな……〉


〈りんりん♪:でもみなみさん、まさかこれで終わりじゃないですよね?〉


〈みなみ:その質問、さっきも聞いた気がするけどなあw〉


〈りんりん♪:それだけ知った上で、あなたが何もしないはずないですから〉


〈みなみ:りんちゃん、うちに喧嘩売ってる?w〉


〈りんりん♪:ブーメラン投げ返しただけですよ〉


〈みなみ:まあ、準備はしてるんだけどね〉


〈こまっち:おい!〉


〈りんりん♪:聞かせてもらいましょうか?〉


〈みなみ:実はあのマツコン攻略ツール作ったチーターさんとは、うち元々友達なんだ〉


〈こまっち:はあ?〉


〈みなみ:うち、あちこちのギルドにスネークしてるからさ。別垢で情報屋やってるわけ。結構色々と需要あるんだよ〉


〈りんりん♪:それで?〉


〈みなみ:まずえんびさんたらしこんでさ、チートツール使う様に仕向けたんだ。そのチーターさんの〉


〈りんりん♪:ふむふむ〉


〈みなみ:で、えんびさんはそのチートツール使ったわけ。それを確認してから『小説書いてるから読んで』って、ネット小説サイトにアクセスさせた〉


〈りんりん♪:ほんほん〉


〈みなみ:でツールのダウンロード先のIPと小説サイトに仕込んでおいたアクセス解析のIP照合して見事に一致したからさ。あとはえんびさんのチャットログと合わせてバラまくだけ〉


〈こまっち:人でなし!〉


〈りんりん♪:まだやってないのは?〉


〈みなみ:まずはこのギルド名見てもらって心理的にダメージ与えないと。せっかくなんだから、ねっちりじわじわスルメを噛みしめる様にいたぶらないと〉


〈りんりん♪:僕はところてんを啜るがごとくの一気ハメの方が好きですけど〉


〈こまっち:2人ともやめろ! というか、本当に最悪じゃないか! まさか美鈴を超えるねじ曲がったヤツがいるとは思わなかったよ!〉


〈りんりん♪:……名前(´・ω・`)〉


〈こまっち:すまん〉


〈みなみ:うちだって普段はこんなことしないよ。あくまで知るだけ。そして必要のある人には、見定めた上で教えるだけ〉


〈こまっち:じゃあどうして今回はやったんだ?〉


〈みなみ:あの一件のせいで、うちは兄ぃをねぎさんに奪われたから〉


〈こまっち:はあ?〉


〈みなみ:そのきっかけを作ってくれたえんびさんが許せなかった。兄ぃが悔しそうにねぎさんのことを語るのを見て、うちがどんな気持ちだったかわかる?〉


〈りんりん♪:わかりませんから。あなたキモイですから〉


〈みなみ:お褒めの言葉ありがとうw〉


〈こまっち:二人のことはくっついてほしいと思ってるんじゃなかったのかよ〉


〈みなみ:それはリアルの事情も知っちゃったから仕方ないと思ってるだけで。だからって、その大元作ってくれた元凶を許せるかは別の話。何より、あの腹黒魔乳とくっつくよりははるかにいいもの〉


〈りんりん♪:リアルの他人様のことを悪し様に言うのはやめませんか? しかもあんな優しい人を捕まえて、腹黒だなんて失礼な〉 


〈みなみ:ははーん?w〉


〈りんりん♪:なんですか?〉


〈みなみ:いやいやw 全力で応援するよw うちとしてはあの女がどっかに片付いてくれるのを心から望んでるしwww〉


〈りんりん♪:やめてもらえません? 絶対ろくなことにならさそうですので〉


〈みなみ:つまんないの〉


〈こまっち:こんなのが俺の義妹になるかもだなんて……〉


〈みなみ:義妹になるかもしれないこそじゃん〉


〈こまっち:どういうこと?〉


〈みなみ:うちはねぎさんの中の人、好きだよ。会って本当に好きになった〉


〈こまっち:はあ……〉


〈みなみ:だって、あそこまで兄ぃのためを思って、兄ぃの身を案じて、兄ぃを好きになってくれる人なんているものじゃないし〉


〈こまっち:本当に全部『兄ぃ』だな……〉


〈みなみ:ねぎさんの中の人は兄ぃの範にならねばならない人。たかがネトゲの、それも矮小な人間のために心患わせて欲しくない。だからと言って義姉になるかもしれない人を傷つけてくれたのは許せないし、見過ごす気もない〉


〈みなみ:だからうちはやる。止めないでよね?〉


〈りんりん♪:他人を傷つける者は、自らが傷つけられることも知るべきでしょう。かつての僕がイジメてくれた人達に報復した様に〉


〈こまっち:俺も止めない。むしろ『もっとやれ』ってのが本音だ〉


〈みなみ:んじゃ、後日を楽しみにしててねw〉


〈りんりん♪:そう言えば大文字のVは何か意味あるんですか?〉


〈みなみ:何か勝ち誇ってる様に見えるからさ。ねぎさんって目立ちたくないけど目立ちたいし、だけど目立つわけにいかないしってややこしい人じゃん。だから気に入ってもらえるかなあって〉


〈こまっち:その通りだけどさ……〉


                    ※※※


 そして皆実は言葉通り、計画を実行に移した。

 本人曰く「enVy」の評判がマッシュ内で盛り上がって、思惑通りえんびさんがショックを受けてイラだちMAXになったタイミングで。

 これだけ攻撃の材料があって晒しスレが炎上しないわけがない。

 お祭りになったところで、えんびはアカウントを削除した。


 ざまぁ。

 他人の不幸を喜ぶのは流儀じゃないが、その俺ですら思う。

 いやむしろ……今回ばかりは俺自身が手を下すべく動いただろう。

 仮に皆実がやらなくとも。

 さすがに家族を傷つけられて黙っているつもりはない。


 だけどそれ以上にしみじみ思う。


 みなみ、お前って何て恐ろしい子……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ