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13/07/15 自宅:やっぱり美鈴をデブにするしかないな

 土曜日、起きたら旭さんからメールが入っていた。

 姉貴のワシントン行きを報されたという内容。

 しかし旭さんといえども何も話せない。

 断腸の思いでスルー。

 おかげさまで胃の痛い週末だった。


 そして週が明けた運命の本日。

 姉貴は休暇をとって本庁に向かった。

 大使館人事を覆すために。

 結果がどうであろうと、昼には帰ってくると言っていた。


 一方の俺はというと、同じく学校を休み、パーティーの準備をしている。


 座卓の中央には野菜サラダをぶっ込んだボウル。

 サンドイッチにチヂミにおむすび。

 サーモンのマリネ、グリルチキン、ミートボール、ソーセージ、ローストビーフにエトセトラ。

 座卓だけじゃなく補助テーブルまで出している。

 冷蔵庫にはサントリーのオール○リー。

 いわゆるノンアルコールビールが大量に冷やされている。

 「昼間から酒を飲む気にはなれないけど、気分だけでも」という事だ。


 食材の多くは夕べのスーパー半額タイムセール。

 姉貴はシールを見るや、片っ端から買物カゴにぶちこんでいった。

 そんなに買ってどうするんだ。

 とてもそんな本音は口に出せなかった。

 気を紛らせたい姉貴の気持ちがわかるから。


 そのどれもこれもが今日明日中の賞味期限。

 大半が生ゴミになりかねない戦利品の使い途は、姉貴の側から提案された──


「明日の昼はパーティーにするぞ。横浜残留祝賀パーティーになるか公安庁退職祝賀パーティーになるかはわからないけどな」


「辞める事になっても祝賀なのかよ」


「もう嫌な仕事しなくてすむもん。広島に帰ってマッシュ三昧できるもん。三年後には小町に寄生できるもん」


「三十女が語るニートへの夢なぞ、全然可愛くないからやめろ!」


 ──もちろん俺が腹に一発入れられたのは言うまでもない。


 大体、寄生される立場になれるならまだいい。

 文学部って時点で俺の就職もやばいのに。

 姉貴が美鈴の文学部行きに反対したのも今ならわかる。

 大人気のマスコミは宝くじを引く様なもの。

 大手企業は流通とメーカー以外に行き場ないのが実情だ。


 俺も公務員目指すかなあ。

 試験に受かりさえすれば、学部はあんまり関係ないらしいし。


 しかし姉貴はどうなる事やら。

 正しい意味での祝賀会になります様に。


 色々している内にもう一四時近く。

 遅いなあ。

 考え事している間に、半額品どころか冷蔵庫を空にしてしまっていた。

 ああ、俺も姉貴の事は言えない……。


 ──あっ、ドアのノブがカチャッと鳴った。


「ただいま」


「おかえり」


 姉貴はいつも通りすたすたと自室へ入っていった。

 さらにこれまたいつも通りTシャツとジャージで戻ってきた。

 いや、ちょっとだけ違う。

 ジャージが薄手のハーフパンツタイプになってる。

 衣替えのつもりらしい。

 手には団扇、いよいよ夏本番って感じだ。


「だからせめてスパッツにしろと」


「くっついて暑いだろうが。ジャージだとこんな事もできるんだぞ」


 姉貴はジャージのゴムを伸ばし、団扇でぱたぱた中を扇いだ。


「やめろ! お前は女として恥ずかしいと思わないのか!」


「ジャージの方が風通しいいってのを証明してるだけだろうが。旭だって役所でやってるぞ?」


「嘘つけ! そもそも役所にジャージで出勤する奴なんかいるか!」


「春先の話だけど、みつきさんはジャージ姿で出勤して来たことあるぞ。寝過ごして着替える時間なかったとか言って」


 信じられない。


「そんなの許されるのかよ」


「本庁はともかく、現場は本当に許されてるよ」


「はあ……」


 ここまで散々常識外れの話を聞かされてはきた。

 それでも一応は役所だろうに。


「男性職員の大半は、いざというときのスーツをロッカーに置いてるしさ。普段着で仕事する機会が多いし、むしろニートに見られてなんぼだ」


 ああ、納得。


「公務員って見られたらアウトだもんな」


「そういうこと。大体その日の明け方までマッシュに付き合わせてたのは、この私。怒れるわけがないだろう」


「社会人失格なのは姉貴の方じゃないか!」


 しかも上司としても失格じゃねえか。

 公私混同にも程がある。


「まあいい。用意はできてるな。飲むぞ。食うぞ。乾杯するぞ」


 姉貴はそう言って冷蔵庫からビールもどきを二つ取り出し、一を俺に手渡してきた。

 そのままプルタブを引き抜いて乾杯。

 でも、これって結局、何に乾杯してるんだ?


「結果はどうなったのさ」


 話し出すまで待ってようと思ったが待ちきれなくなった。

 しょうもない話ばっかしやがって。


「これまでの私の態度を見てわからんか?」


「キャリア官僚から晴れやかなるニートへの転職記念日か?」


「何でそうなる」


「だって格好からも会話からも俺にはひきこもりニートゲーマーしか連想できないんだが」


「確かに現在ではニートも一つの職業と言っていい。表現自体は決して間違いじゃない」


「職業なのかよ。働かないのがニートだろうが」


「甘いな。例えばだな、スマホ転がしというのがある」


「何それ?」


「ド○モの携帯を持ってるとする。あれって『2in1』契約できるだろ?」


「うん」


 2in1は、一つの契約で二つの電話番号を使える契約。


「あれの美男を取ってa○にMNPする。すると本体代は無料の上に数万円のキャッシュバックがもらえる」


「美男って?」


「ああ、すまん。Bナンバーの事だ」


 既に専門用語まで使いこなしてやがる。


「続けるぞ。それを限度の五台分やればあっという間に数十万入る。お前や母さんの名義を使えば一五台までいける。本体をネットオークションでさばけばさらにお金が入る。a○は九〇日経てばブラックリスト対象から除外されるから、回線を全部解約して同じ事を繰り返せばいい。少し前ならソフトバンクのプリペイド携帯使ってもっと手軽にできたんだけど対策されてしまってな」


「そこまでしたくないわ!」


「他にも機種変更無料でスマホを売ってる店があれば、毎日機種変更して本体を中古買取ショップに持ち込む事でコツコツ稼ぐ方法もある。そんな条件のいい店は滅多にないからみんな極秘にするし縄張り争いもすごいけどな」


「なんでそんな事まで知っている」


「昨日一昨日とニートになった時に備えて生計の立て方を研究した。契約すればする程お金になるし、税金もかからない。まさしく錬金術だよ」


「その負担はまともなユーザーに跳ね返ってくるわけね」


「そういう事だ。ニートは仕事せずに済む逃げ道を探すためならどんな努力も惜しまん。政治家も『ニートはダメだ』というなら具体的な政策を言ってみろっていうんだ。ニートを本気で知ろうとしないエリートなんかに私達ニートの気持ちがわかるか!」


 叫びの方向が間違ってきている。

 お前はいつからニートになった。


 でも……心の中では既にニートになることを覚悟してたのかもしれない。

 五分五分とは言ってたけど、実際はそれ以下の目算だったのだろう。


「でも、よかったじゃないか。アメリカ行き覆って。おめでとう」


「わかってるんなら最初からそう言えよ」


「たまには俺だってやり返したいわ」


「それでこそ私の弟だ」


「嬉しくないから! で、具体的にはどうだったわけ?」


「辞表出す前に『アメリカ行き辞めたい』の一言で話ついたよ」


「案外あっさりだな」


「横浜残るってのが左遷人事と変わらないからさ。逆に『何回もそれでいいか』とは確認されたけど……それくらい。みつきさんの件だけじゃなく、私自身も仕事作ってたのが幸いしたってとこかな」


 後半よくわからない。


「仕事って後任に引き継げばすむんじゃないの?」


「公安庁って人間相手の仕事だから、引継ぎで仕事が壊れる事はざらなんだよ。例え話をしてやろう」


「またかよ」


「ちょっと待ってろ」


 姉貴が自分の部屋から持ってきた物を座卓の上に置いた。


「姉貴、それは何?」


「見ての通りのフィギュアに決まってるだろ」


「だからその、目の玉まん丸なデブ男のフィギュアはなんだと言っている」


 俺が半年前の姿なら絶対見たくないアニメの主人公じゃないか。

 デブはデブを見ると近親憎悪するから。


「作ってみた」


「作ってみたじゃねーだろ! 誰得だ!」


「みつきさん得。机の上に置いてやろうと思ってさ。こんな姿に戻りたくなければ自己管理に励めと」


 確かに得なんだろうけど、得じゃない。


「嫌すぎる上司だなあ」


「話を続けよう。お前がスパイだとする。そしてこのデブが担当者。『日本の平和を守るために姉の全裸写真を撮ってこい』と言われたらどうする?」


「撮ってくるけど?──って!」


 言った瞬間に左頬を思い切りビンタされた。痛い。


「死ねよ! 私の全裸写真で守られる日本の平和なんかあるわけないだろうが!」


「そんな例えを出す姉貴が悪い! どう考えても日本の平和の方が重いじゃないか!」


「アニオタたるもの、日本の平和よりアニメが大事であるべきだろう。その昔テレビ局がこぞって湾岸放送の報道特番を流したとき、テ○ビ東京だけはムー○ンを放送した。その視聴率は一八パーセント越えたくらいだぞ」


 ム○ミンでアニオタを語られても。

 しかもその伝説は微妙に意味が違うと思う。


「まあ、姉貴の全裸写真よりはアニメの放送が大事だけどな──っぶ!」


 言った瞬間に右頬も思い切りビンタされた。さっきより痛い。


「お姉ちゃん泣くぞ! 泣くんだからね! 力一杯泣いたって知らないからね!」


「似合わないからやめろ。とっとと話続けろ」


 ついでに、そのしょぼくれた顔も止めろ。

 これ以上ビンタされたくないから、口には出さないけど。


「例えを変えよう。『一万円やるから美鈴の全裸写真を撮ってこい』って言われたら?」


「それも誰得だけど、一万円でツレは売れないだろ」


「だよな。そんなわけでデブは使えないからどこかに飛ばされてしまった。そこで新しくやってきた担当が旭だ」


「うん」


 わざわざ旭さんを引き合いに出してくるって、この女は何を言うつもりだ?


「旭が『私が義妹になるから美鈴君のホイッスルを吹き鳴らしてきて♪』って言ったら?」


 うっ!


「……ちょっと待て。悩む」


「悩むなよ。むしろ『旭さんがそんな人外みたいな腐った事言うわけないだろ!』とツッコミ入れるところだと思うが」


「だって旭ENDが可能なんだろ? そのためには前提として美鈴ENDを迎えることがフラグになるわけだろ? そのためなら美鈴と一回くらい野犬に襲われたと思えば……」


 姉貴が眉をひそめた。


「お前……そのギャルゲ脳はどうにかならんか?」


「姉貴の例えが悪いんだろうが!」


「まあいいや。要は担当者次第でそれだけ変わるということが言いたいだけだから。普段なら絶対考えもしない美鈴との一発まで葛藤してしまったろ?」


「一発言うな! 露骨すぎるわ!」


「んじゃ、もっこり」


「変わらんわ!」


「まあ、とにかくそういうこと。とにかくみんなにとってうぃんうぃんげーむだったのが幸いだった。あとは後任が決まるまでは内緒にしておく様に言われてるから、旭にも内緒にしておいてくれ」


「わかった。とにかく当面の問題は片付いたって事だな」


「ああ」


 理由が何であろうと俺には関係ない。

 結果さえよかったのならそれでいい。


「それでこの大量の半額品パーティーメニューはどうするんだ?」


「勿論食べるに決まってるだろう。お百姓さんにも牧夫にも悪いじゃないか」


「やっぱり美鈴をデブにするしかないな」


「うむ、これから電話で呼び出そう。今度は邪魔するなよ?」


「もちろんだともさ」


作中のMNP錬金術は、2015年時点で様々な対策がなされたため、無理だと思って下さい

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