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13/07/13(3)自宅:生憎、今は茶番に付き合ってやる状況じゃない

 トイレから姉貴が戻ってきたので話の続き。


「最大の問題は小町の学費と生活費なんだよな。私だけならしばらく口に糊する程度の蓄えはあるけど、お前の面倒まで見るのはさすがにきつい」


「それなら……」


「ん?」


「実は母さんから学費分のお金を預かってる。姉貴に何かあったら使えって」


「何!?」


 姉貴が口を半開きにする。

 怒ったような、呆然としたような。


 姉貴は我に返ったか、慌てたように問い質してきた。


「それってマジかよ」


「あ、ああ……」


「あの女、よくも私を道化師扱いしやがったな。小町の面倒見てた気になってたのがバカみたいじゃないか」


 姉貴の顔がひきつり、真っ赤になっていく。


「ま、まあ姉貴。怒るのはわかるけど、ここは素直に母さんに感謝しようよ」


「できるか!」


 仕方ないなあ……。

 さぞ切なそうに俯きながら、上目で姉貴を見る。


「俺だって姉貴には心から感謝してるから。だってほら……姉貴いなかったら、学費以前に上京認めてもらえなかったんだしさ」


「それもそうだな。もらえるものはもらっておこう」


 ころっと態度を変えやがった。

 この辺の割り切りの良さは潔い。


「後は奨学金とバイトで何とかするよ。今ざっと計算した感じだと、バイトは増やして節約すれば無理せずともやっていけると思う」


「そうか。でもさ……私が役所やめると旭とも会えなくなる可能性あるぞ?」


「へ?」


 この女、いったい何を言い出す?

 しかし姉貴は畳みかける様にきっぱりと言いはなった。


「生憎、今は茶番に付き合ってやる状況じゃない」


 ……だめだ、これは完全に確信している。


 ならばムダなあがきはすまい。

 諦めよう。


「いつから気づいてた?」


 姉貴が呆れたように溜息をつく。


「はあ……最初からバレバレだよ」


「まさか、また漁ったとかじゃないだろうな?」


 もしそうなら、今度こそ本気で家出してやるからな!


「その必要もあるか。私がノーマルのグリーンティを旭にくれてやったことも、どうせ聞いてるんだろ? その理由を考えてみろ」


 グリーンティ?


 あっ、そういえば!

 旭さんが普段使ってるのは限定品の「グリーンティ・ロータス」と言ってたっけ。


「まさか……」


「そう、残り香。グリーンティを使ってるのは男女問わずいくらでもいるけどさ。ロータスはそこまでありふれた代物じゃない」


「なんでそんな香水の匂いまで知ってる!」


「みつきさんの使ってる香水をつきとめるために片っ端から調べたって言ったろ? その時覚えた」


 覚えたじゃないだろ……。


「この化け物!」


「光栄だな」


「ドヤ顔するな! だいたい超ヘビースモーカーのクセして、何でそんなに鼻がいいんだよ! 残り香なんてほとんどしなかっただろうが!」


「これも美貌とともに生まれ持った才能。だからこそ私の料理は美味いんじゃないか」


 説得力ありそうで全くない理由をしれっと語りやがって。

 我が姉までも人外だったか。


「でもだからって、どうして旭さんと結びつくんだよ」


 姉貴が頭を抱えた。


「小町……姉として言う」


「かしこまってなんだよ」


「大学卒業するまでに、もう少しポーカーフェイスというものを学んでくれ。浮かれて帰ってきた日、旭の名前が出ただけで表情が変わったぞ?」


「へ?」


「それだけじゃない。あの日の自分の発言振り返ってみろ。どうして会ったこともない小町が旭の香水を知ってるんだ?」


「そこまで話した覚えないんだけど」


「飲み物のグリーンティから香水のグリーンティに脈絡なく話が飛んだことだよ。あれは旭がグリーンティを使ってるのを知ってる証拠そのもの。ついでに言うと、旭が好きって言ってたのは文字通り飲み物のグリーンティだぞ?」


 もう、こんな姉貴イヤだ……。


「気づいてたならどうして黙ってたんだよ!」


 姉貴が例のごとくのイヤらしい笑みを浮かべる。


「だって黙ってた方が面白いじゃないか。旭も旭で丸わかりだからいじり甲斐あったし」


「丸わかり?」


「意識って?」


「小町の名前が出るとピクって反応するから。こないだの説教の時も『小町ぶっ殺す』とか『小町叩き出す』とか『小町ぶん殴る』って言う度に、旭がおろおろしてなあ。美鈴の名前では何の反応もないのに」


 旭さん……いや、喜んでる場合じゃない。


「まさか、それって……」


「もちろんわざと連呼したに決まってるだろう。もう、たまらなく愉快だった」


「最悪だな!」


「もちろんさっきの話もわざとだ。笑いを噛み殺すの大変だったぞ?」


「死ねよ!」


「まあまあ。お前ら二人、似た者同士でお似合いだよ」


「うるさい!」


 ……でも、嬉しいのは嬉しいかも。


「ニヤけるのは後にしてくれ。ここは真面目に言っておかないといけないところだ──」


 姉貴は神妙な顔つき。

 同じく俺も真面目に聞かねばなるまい。


「──二人がどんな関係かまでは知らないけどさ。私の身内だから気を許してるのは少なからずあると思うぞ」


「うん、実際にそう言ってた」


「不祥事起こして辞めるわけじゃない以上、役所は私やお前との付き合いは止めないだろうけどさ。それでも心理的に足が遠ざかる可能性は大だぞ?」


 姉貴の心配はもっともだ。

 だけど……


「多分、大丈夫だと思う」


「なぜ?」


「旭さんだから──いてええええええええええ!」


 眼前には立ち上がった姉貴。

 そして真っ直ぐ腹に突き刺さる姉貴の足。


「何するんだよ!」


「何が『旭さんだから』だ! お前は何様のつもりだ!」


 まさに上から見下ろして言いやがる。


「俺様だよ! ついでに旭さんは俺の女神様だ!」


「爆ぜろ! 例え弟だろうと、リア充は死ねばいい!」


「姉貴こそ、うまくいったんじゃないのかよ!」


「仮にそうだとしても私とみつきさん以外のリア充は、全員この世から消え散ってしまえばいい!」


「滅茶苦茶じゃねーか!」


 姉貴が腰をおろした。


「前にも言ったろ? 世界で幸せになるのは私とみつきさんだけでいいと。私達以外の他人に幸せになる権利はない」


「どんだけ器小さいんだよ」


 それこそ今更だけど。


「何より公安庁職員の六法全書に憲法一三条は存在しない。私達の前には幸福追求権はおろか基本的人権そのものが存在しない」


「そんな職場やめちまえ!」


「だから今やめようとしてるんじゃないか」


「あっ……」


 そうだった……そしてまたもや失言を……。


 しかし姉貴は頭を撫でてきた。


「ま、それだけ言えるなら大丈夫だな──」


 やめろ、そう言いたくても声にならない。

 肝心な時にはちゃんと姉貴ぶりやがって。


「──それじゃ私は遠慮無く辞表を書かせてもらうぞ」


 だったら俺も弟として、心をこめて言わせてもらおう。 


「好きにすればいいんじゃね?」


 最初とまったく同じ言葉。

 だけど今度はハッキリと俺の意思を込めて。


「そうか」


 姉貴がにっこりと笑う。


 仮に辞める羽目になったとしてもその時はその時。

 賢い選択とは到底思わないけど。

 それでも何もしないで後悔する事だけはしてほしくない。

 そんなのは俺の姉貴じゃないから。


「じゃあ部屋に戻るわ。おやすみ」


「ああ。おやすみ」


 姉貴は眠そうに伸びをしながら自室へ入っていった。

 俺は後片付けしないとな。


 洗い物をしながら思う。

 随分と深刻な話をしたはずなのに全然そんな気がしないのは何故だろう?

 まあ、いいや。

 きっと姉貴の思いやり、そういうことにしておこう。


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