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13/07/13(2)自宅:旭さんは俺の嫁

 冷蔵庫にある物で適当につまみを作る。

 こんな時間に食べるのは良くないんだけどと思いつつ、片っ端から焼いたり炒めたり。

 できあがったつまみを並べ、話を再開する。


「美鈴からシノさんの話を聞いたけど姉貴の職場ってそこまで酷いの?」


「どんな事話してた?」


 美鈴からの話をそのまま話す。


「事実だよ。ただ派手には聞こえるけど、縄張り争い自体はどこでもある話だからな。ネトゲ思い出せばわかるだろ?」


 役所とネトゲを同次元に語るのはどうかと思うけど、言いたいことはわかる。


「じゃあ何が問題なのさ」


「そのまま話してもわからないだろうから例え話にしよう」


「例え話?」


「お前はヒラの陸上部員。陸上部部長がみつきさんとする」


「うん」


「みつきさんは自分が腹筋トレを一〇回しかしない癖に、お前には『一〇〇〇回やれ』と命令する。そして逆らったら、手に持ってるハリセンでぶん殴ると。お前はそんなみつきさんを敬うか?」


 どんな例えだ。


「部長だから表向きは敬うだろうけど、裏では軽蔑する」


「多分、他のみんなも一緒になって裏で笑うよな。で、お前なら腹筋一〇〇〇回やるか?」


「やんない。ハリセンで殴られても痛くないもの」


「だよな? それが公安庁のキャリアとノンキャリアの関係なんだ。まずこれを頭に入れてくれ。口だけな上に怒らせても怖くないって事だな」


「うん」


 そう言えば以前に電話で「キャリアは口だけ番長」とか言ってたな。


「じゃあ次にさ、旭が陸上部のマネージャーとしよう。旭がミニスカなチャイナ服でバランスボールに跨って乗馬運動してるとする」


「なぜ旭さん!」


 姉貴はニヤニヤ。

 何か嫌な目線だ。


「小さい旭がバランスボールにちょこんと乗っかってる姿は可愛いと思わないか?」


「そりゃあ……まあ……」


「学校の制服でもスク水でもブルマでもいいから好きなコスを想像してくれ。ついでにあの形のいい胸がバランスボールの揺れに合わせてぽよんぽよん揺れてるところもな」


 ったく、姉貴もあの動画を見たのか。

 某ゲームの女性キャラクターがバランスボールに乗って、ぽよんぽよん弾む動画。

 着衣にもかかわらず一八禁というとんでもない代物。

 全く変態に技術を与えるとろくな事にならない。

 もちろんいい意味でだが。


「姉貴サイアク。職場の後輩をよくそんな例えに挙げられるよな」


 と言いつつも、既に脳内にはチアガール姿の旭さんが浮かんでいた。

 「小町、ちゃちゃ、頑張れ、ちゃちゃ」みたいな感じで旭さんに応援されればきっと練習にも熱が入るだろう。

 ああ、「新こまっち日記」の妄想ネタがまた一つ……。


「小町、何をニヤけてる」


 おっといけない。


「俺も男の子ってことだよ」


「じゃあもっと妄想ネタを提供してやろう。もし腹筋一〇〇〇回やり遂げたら旭はお前の物になる。しかも何でも好きなプレイをしていい。それだったらやるか?」


「やるに決まってるだろおおおおおおおおおおおおおおお んがむぐ」


 俺の口は、またもや姉貴の手の平で塞がれていた。


「だから夜中だと言うに。しかし、他の部員……美鈴にでもしておくか。美鈴が九〇〇回まで進めているとする。お前はまだ一回もやってない。さてお前ならどうする?」


「美鈴を蹴り倒して縛って体育倉庫に放り込んで鍵かける」


「どうしてだ?」


「追いつくのも抜くのも無理じゃん。だったらどんな手を使ってでも絶対に一〇〇〇回やらせない。旭さんは俺の嫁」


 「旭さんは俺の嫁」のところは全力で叫びたいがそうもいかない。

 さっきから手で口を塞がれぱなしだし、意識してトーンを落とす。


「だよな? それがスパイの奪い合いという職員同士の縄張り争い。敵にチクるのも体育倉庫に拉致するのも全く変わらん」


「そう言われると急に自分が恥ずかしくなった……」


 美鈴ごめん。


「逆に美鈴はそうならない様に回数を隠すわけだ。お前が回数を聞きだそうとしても美鈴はお前を全く信用しないし話さない。それがうちの現場の状況って話」


「表現変えても殺伐としてるなあ」


 和気藹々なら、それはそれでもっとまずいと思うけど。


「じゃあさ、みつきさんが自ら一〇〇〇回やって旭を奪ったらどうする?」


「殺す」


 俺が殺す前に、姉貴が殺すかみつきさん連れて無理心中しそうだが。


「殺されたら話が続かなくなるのでむかつくくらいにしておいてくれ。そのみつきさんが今度はゴルディ○ンハンマー片手に『俺もやったんだからお前らも一〇〇〇回やれ』って言ったら?」


「何故ゴ○ディオンハンマー!?」


「声優が広島人でカープファンだから応援してる。ま、殴られたら死ぬくらいのイメージが湧く物ならなんでもいい。ハンマーとかハンマーとかハンマーとか」


 俺としては「癒着!」とか叫ばれた方がイメージ湧くのだが。

 一度休むと一年は連載を再開しない漫画家の描いた、三白眼で無口な邪眼キャラとか。


「じゃあハンマーで。殴られたら死ぬんだからやるしかない」


「ここで少し時間を遡るとしよう。みつきさんが一〇〇〇回達成しようとしている情報を突き止めたとする。どうする?」


「美鈴とか他の部員と結託して何が何でも潰す、むしろ殺す。今度こそみつきさんを殺してもいいんだよな?」


「当然。それが現在みつきさんが向かおうとしている状況であり、キャリア対ノンキャリアの縄張り争いの構図だ」


「……みつきさん絶対潰されるじゃん」


 思わず言葉に詰まる。

 それって四面楚歌以外の何物でもないじゃないか。


「だけど話はまだ続く。ここで先生が三人いるとしよう。顧問、生活指導、担任あたりにするか。三人仲間になった場合にのみ他の部員を完全に黙らせる事ができるとする」


「ふむ」


「みつきさんは担任から可愛がられているが、顧問は顔見知り程度でみんなに公平、生活指導からは逆に睨まれてるとする」


「それって先生達いても状況変わらないじゃん」


「でも、ここで三人全員を味方につける方法を知っている全知全能で眉目秀麗なチートヒロインの私が出現してみつきさんの味方になったら?」


「陰湿陰険で狭量貧乳な残念系ヒロインの間違いだろ?」


「そこにツッコまれても困るんだがみつきさんは助かるよな? それが結論」


 よくわからん。


 ただ、なんとなく思う。

 恐らく姉貴は、みつきさんと同じ立場に置かれてクリアしたことがあるんだ。


 例え話にしたのはきっと……大人の生臭い話だから聞かせたくないのが本音だろう。

 ならば俺もこれ以上深くは聞くまい。


 それより肝心の問題はだ。


「肝心のアメリカ大使館行きは覆せるの?」


「やってみないとわからないけど勝算がないわけじゃない。五分五分ってところかな」


 この数字は大きいのか、少ないのか。

 賭ける価値はありそうだけど。


「姉貴は残り五分の方……役所を辞める事になっても構わないの?」


「構わない。それどころか本音では役所を辞めたがってる自分がいる。小町が言った通りうちは汚い職場だし」


 うっ……。


「だからそれは謝るから」


「こないだの喧嘩とは関係ないよ。職場環境以上にやってる仕事が辛い。公務とは言え汚い仕事以外の何物でもない。一方でそれを楽しんでる自分もいる。だから余計に怖い……実を言えばアメリカから帰国したら退職する事も考えていた」


「うん……」


 こうやって本音を聞かされると、こないだは本当に悪い事言ったものだとつくづく思い知らされる。

 知らなかったし知りようもなかった。

 だけど、それでも……姉貴,ごめん。


 ──頭をこづかれた。


「そんな辛気くさい顔するな。ただ、退職した時の事は前もって考えておかないといけないからさ」


「わかった」


「それを話す前にだ」


「うん」


「御手洗い行ってくる」


「黙って行け!」


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