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13/06/27 自宅:本当にそれでいいの?

「明日からしばらくは帰り早いから、家で食べる」


 姉貴が鉄の爪を解いてくれた後に言った台詞。

 その言葉通り、今週はずっと姉貴と一緒の夕食。

 やっぱり一人より二人で食べる方が美味しい。

 単純に俺より姉貴の料理の腕前が上というのもあるのだが。


 ただ、今日の姉貴は昨日までとどこか違う。

 妙にそわそわしていて、落ち着かない。

 そのくせ姉貴の視線はずっと座卓の上のスマホに固定されている。。


 今晩の献立はピラフ。

 食べるには普通にすくって普通に口に入れればいいだけ。

 それなのにぽろぽろとこぼしまくっている。


「姉貴、大丈夫?」


「何がだ?」


 ダメだ、こりゃ。


 ちょいちょいと下を指さす。

 座卓の上にはこぼれたピラフが山盛り。


「うわあああああああ お百姓さんごめんなさいいいいいいいいいい」


「まったくもう」


 こぼれたピラフは仕方ないから捨てる。

 姉貴の皿を取り上げて流しへ。

 鍋に残るピラフと足し合わせ、おにぎりにしてから海苔で巻く。

 これならこぼさずにすむだろう。


「ほら」


 姉貴にピラフむすびを差し出す。


「すまん……」


 ここまでしてやることはないと自分でも思う。

 だけど今日の姉貴は明らかに変。

 きっとみつきさん絡み。

 そして何も言わないってことは仕事絡みでもあるのだろう。


 ちょうどテレビでは、公安庁が監視してるオウムの話題。

 今も勢力を拡大してるとかなんとか。

 全然興味ないけど聞いてみるか。

 俺に説明でもしてれば、少しは気も紛れるだろう。


「オウムって、まだあったんだね」


「もぐもぐ。そうだな」


 姉貴がおにきりにぱくつく。


「新しい人がどんどん入ってるんだって言ってるね」


「もぐもぐ。そうだな」


 ひたすらにぱくつき続ける。

 今度は食べる方にしか頭が回ってないのか?


「『そうだな』って、それしか返事はないのかよ。姉貴の役所の仕事なんじゃないの?」


「ああ、説明して欲しかったのか。すまんが私には全然わからん」


「は?」


「驚かれても困るんだが、その辺の素人以下の知識しか持ち合わせてないぞ」


 別に知りたいわけでもないから、知らない自体はどうでもいいんだが。


「それってまずくね?」


「役所ってそんなものだよ。『局あって省なし、課あって局なし』って昔から言うくらいでさ。本来は全体の利益を顧みない縦割りの弊害を示す言葉なんだが組織の在り方自体についてもそれは当てはまる」


 なんか説明が始まった。

 オウムだろうと役所だろうと、姉貴の気分さえ晴れればいいわけで。

 相槌打ちながら、このまま話させることにしよう。


「うんうん」


「部屋の雰囲気から仕事の中身に進め方至るまで全然違うし、資料は回ってくるけど自分の仕事で手一杯だから読んでる暇もないし。オウム施設への立入調査のニュースが流れても『大変だなあ』とか『今日そうだったんた』くらいに他人事だよ」


「ふむふむ」


「知らない以上は何も話しようがないだろ? その手のネタが好きな人は担当外の事でも趣味で資料読んでるけど、私は仕事だからやってるだけだし興味もないし」


「ほむほむ」


「もちろん個人としての立場なら『オウムなぞ監視もいらん、今すぐ潰せ』とか『新しく入信する人はオウムが過去に何をやったのかしらんのか』くらいには思うけどさ」


「本当に一般人と変わらないな」


「そういうこと。こうやってテレビ見てても『そうだったんだ』とか『へえ』って思う事ばかりだもの──」


 姉貴が立ち上がる。


「──風呂入ってくる、後片付け頼む」


「うん」


「おにぎりありがとな」


 ほどほどに気も紛れたかな? 

 さあ、後片付けしよう。


                  ※※※


 姉貴が風呂からあがらない。 

 既に一時間三〇分が経過……長くないか?


 普段の姉貴の入浴時間は四〇~五〇分程度。

 半身浴に三〇分。

 後は髪や体を洗う時間プラスアルファといったところ。


 ──もしや倒れてる?


 見に行った方がいいな。

 姉貴の入浴シーンなぞ見たくもないが……場合が場合だ、仕方あるまい。

 ったく、大丈夫かよ


 ──脱衣所に入ると、浴室内から声が聞こえてきた。


「……ふん。どうせ成功したんだろ? それだけ余裕かましてればわかるよ」


 倒れてはいないらしい。

 相手は誰だろう?

 って考えるまでもない、みつきさんだ。

 「成功」と言ってるってことは、仕事の報告を電話で受けてるところか。

 さっきはこれをずっと待ってたわけか。

 これは確かに姉貴も気が気じゃない。

 もっとも今の話しぶりには先程までの様子が微塵も窺えないけど。


 ま、倒れてないならいいや。

 盗み聞きする趣味もないし、気まずいし。

 早く立ち去ろう。


 聞き耳を立てるのも気まずいし倒れてるわけでもなさそうだから去ろう。


「……私は来年からワシントン行きが決まっている」


 えっ!


「……私が君の面倒を見てあげられるのは今度こそ本当にここまで。よく頑張ったな」


 ええっ!

 何、何!!

 このいかにも「さようなら」って言わんばかりの台詞は!?


 まるで予期してなかった状況。

 浴室を背にしたまま、体が固まってしまった。


 ──その瞬間、背後で扉が開く音が聞こえた。


「小町!」


 声にならない叫びを上げる。

 何と姉貴が背中から抱きついてきた。

 ちょっと待てええええええええええええええええええええええええええ。

 平たい胸の僅かな感触が背中にあたる。

 マジやめてくれ。

 洒落にならん。

 引きはがそう、そう思ったところで姉貴が呟き始めた。


「間に合った……クリアした……これでみつきさんを本庁に帰せる……」


 泣いてる。

 わんわん泣きじゃくってる。

 こんな姉貴初めて見た。


 でもそうだよな。

 それだけのためにわざわざ横浜まで行ってみつきさんの上司になったんだもんな。


「姉貴、お疲れ。そしておめでと」


「うん……うん……」


 仕方ない。

 しばらく背中を貸すか。

 俺まで水浸しになってるんだが、今回だけは良しとしてやる。


 でも、最後の一言は気になる。

 アメリカに行くのは決定済み。

 みつきさんと離れ離れになるのは確定しているわけなんだが……。


 でも、姉貴。

 本当にそれでいいの?


本話は「キノコ煮込みに秘密のスパイスを 13/06/27(2) 料亭:まずは僕の話を聞いていただきたい」と対応してます

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