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13/06/23(2)溝の口某焼肉店:つい愚痴っちゃって……ごめんなさいです~

 とりあえず乾杯。

 まずは帰宅してカレーを食べたところまで経緯を話す。


「それだけの大喧嘩してもすぐ仲直りできるって羨ましいです~。小町さんと観音さんって、本当にいい関係だと思います~」


「そう? 最初から喧嘩しないのが、一番いい関係って思うけど」


 旭さんが首を振る。 


「私、喧嘩しないのって、一方が何か我慢してるか深入りしようとしないこととイコールじゃないかって思うんです~」


「どういうこと?」


「人間みんな考えも好みも違うんですから、衝突するのがむしろ当たり前なんじゃないかなあ、って~。だから大事なのは『喧嘩しない』ことではなく、喧嘩しても『仲直りできるか』だと思います~」


 言い終えた旭さんはグラスを手にする。


「そういう見方もあるか」


「その点、観音さんはやっぱり上手いなあって思いました~」


「というと?」


「美味しいカレーを作ろうと思ったら手間暇かかるじゃないですか~。長く煮込まないといけませんし~。アクをとったりかきまぜたりで、ずっとお鍋に張りついてないといけませんし~」


「うんうん」


「きっと観音さんは、カレーを煮込む作業に没頭することで負の感情を消化しちゃったんだろうなって~。多分最後は小町さんに早くカレーを食べさせてあげたいとしか思ってなかったんじゃないかと思います~──」


 そんなこと言われても返事のしようがないじゃないか。

 と思ったら、旭さんがぺろっと舌を出した。


「でも年の功とか言ったら、私また正座させられちゃうんでしょうね~」


「まったくだ」


 どちらからともなく、笑い合ってしまう。


「旭さんの方はどうだったの? 姉貴から本当に何もされなかった?」


「大丈夫です~。話の内容も今回の件のお説教というよりは、いずれは知っておかなければいけない事を諭されたって感じでした~」


「というと?」


「公安庁職員としての心構えから役人としての心構えまで~。必ずしもそれが正しい事とは私も思いませんが生きていくためには必要だと思いました~」


 何とも微妙な言い回しだ。


「理想と現実は違うって事かなあ」


「私もまだまだ子供ですから~。大人になるために勉強することがいっぱいです~」


 確かになあ。

 旭さんは同じ年齢で既に大人への道を歩み始めてるわけで。

 それに比べると、俺がいかに甘えた事を言ってたかよくわかる。


 ──コース料理が届き始めた。


 雑談を交えながら食べていく。

 サラダにナムルにキムチ。


「こうしたいかにもな前菜つまむと、『これから肉を食べるんだ!』って気合いが入ります~」


「わかるわかる。旭さんも焼肉は割に食べる方?」


「一緒に行ってくれる人がいれば喜んで食べに行きますけど~。一人じゃやっぱり食べに行きづらいです~」


「うんうん」


「職場でも焼肉行くことなんてないですし~。今日は焼肉にしてもらえてよかったです~。『臭い気にしないといけないから男性と行くのはイヤ!』って人もいますけど、私は全く気にしない派です~」


 助かった、と胸をなで下ろす。


「でも姉貴の職場なら行きそうなイメージあるけど」


 実際、焼肉店には詳しいらしいし。


「観音さんの班はそうですね~。先日も観音さんと弥生さんの二人が仕事で焼肉行ったんですけど、シノさんが『どう考えてもデートじゃないの。A新聞に国民の税金で遊びに行ったって密告(チク)ってやる』って激怒してましたから~」


 そんなことがあったのか。


 なるほど、六条御息所だ。

 身内の足を引っ張ろうとしているのはシノさん、あなたじゃないか。

 でも……


「それって本当に仕事なんだよね?」


 自分で振って何だけど、焼肉屋に行くのが仕事と言われてもピンとこない。

 イメージとしては同僚同士で仕事帰りって感じだから。


「間違いなく仕事です~。観音さんのやる事はどんなにふざけて見えても、絶対に無駄がないから~。他の班どころか隣の人の仕事すら知らないのがうちの原則なので、詳しいことは知りませんけど~」


「ふむふむ」


「でも知らないはずなのに何故かみんな知ってるのも公安庁なんですけどね~」


 ちょっ!


「それってだめじゃん」


「そうですね~。観音さんからも『うちの仕事で一番信用できないのは同僚だから自分の身は自分で守る事を常に意識しろ』と言われました~。『実際に潰される立場になってみないと実感できないだろうけどな』とも言われましたが~」


 どうやら美鈴の言う通り、活躍してるのは間違いないらしい。

 以前に姉貴がへろへろで帰ってきた時、みつきさんも姉貴を信頼しきってたし。

 シノさんも以前に「仕事だけは」って強調してたしな。

 でも言い換えれば、潰される立場にいるのも確かなのか。


「やっぱり、そういう職場なのは本当なんだ」


「観音さんからすら『私も信用するな』って真顔で言われたくらいです~。いつもなら『するな』は『してくれ』が観音さんなのに、あの時はかなり怖かったです~」


 うえっ!

 突っ込んで誤魔化すことすらできないじゃないか。 


「……旭さんは姉貴を信用してないの?」


 そんなわけないだろうと思いつつも恐る恐る聞く。

 しかし旭さんは、すぐさまにこりと笑った。


「私には旭チェックがありますから~」


 どんな答えだ。


「そ、そうだね」


 俺の取り繕った返答に、旭さんがくすりと笑う。 


「それに……足の引っ張り合いは学校だろうと職場だろうと、どこにだってあります~。そんなの気にするより、まずは引っ張られる側になれるだけ頑張りたいって思ってます~」


「引っ張られる側に? わざわざ?」


「だって足を引っ張られないってことは、私ってそれだけ使えない子みたいじゃないですか~」


 ああ、確かに。


「それだけ頑張れば、人の足も引っ張らず済むだろうしね」


「そういうことです~。幸いうちの部屋の若手はみんな同じ事を言ってます~。今年は部屋の雰囲気もいいですし最高の職場です~」


 そう聞くと安心できるな。

 ただ「今年は」と聞くと、あえて聞きたくなる。


「去年まではそうじゃなかったの?」


「去年は首席が悪かったですね~」


「首席?」


「あ、ごめんなさい~。世に言う課長の事です~。うちの部屋をシメてる人です~」


「そんなヤンキーみたいな説明までは要らないから。首席がどうしたって?」


 旭さんが溜息を漏らす。

 それとともに、顔がどんより暗くなった。


「小心者で何かにつけては小言ばかりの人で、部屋の中がずっとぴりぴりしてました~。上にへつらい下に威張る典型でしたし~。みんな何か理由をつけては外回りして部屋にいない様にしてたくらいです~。ですけど新人の私は外回りできませんから、首席と二人泣く泣く顔を突き合わせながら事務仕事してました~」


「むごすぎる」


「しかも、さらにひどいのがですね~」


「ん?」


「当時、弥生さんって庁舎から外出する事を禁止されてたんです~。正確には首席が全く仕事を与えず飼い殺しにしてたんですけど~」


 知ってる。

 けど、ここは知らない振り。


「それはひどい」


「私もかわいそうとは思ってたんですけど~。弥生さんの側も開き直って喫煙室に閉じこもってずっと漫画を読むか昼寝するかの生活してまして~。部屋に首席と二人で残される私の身にもなってくれって内心ずっと思ってました~」


 えーと。

 みつきさんの左遷が、思わぬ形で旭さんに余波が及んだということなのかな?

 でも左遷がなくても、旭さんの状況はどのみち変わらないよな?

 なまじ中途半端に知ってるだけに答えようもない。


「大変だったね」


 くらいのものだろう。

 すると旭さんが頭を下げた。


「つい愚痴っちゃって……ごめんなさいです~」


 ああ、愚痴のつもりだったんだ。


「ううん? それで気が楽になったのなら」


「ありがとうございます~。そう言ってもらえると嬉しいです~。もう終わった事じゃあるんですけど~」


 俺も嬉しい。

 愚痴でも何でも話してもらえれば、その分旭さんを知る事ができるし。

 それで旭さんの気が楽になるってのなら言うことない。


「俺で良ければいつでも話して」


 旭さんがにやりとする。


「それじゃ何かあったら甘えますからね~。後で『なかったことに』は無しですよ~」


「うんうん」


 聞きますとも。

 いくらでも聞きますとも。


 ──テーブルに肉が届いた。


 旭さんがトングを手にし、七輪の網に肉を並べていく。

 ジュッと音が立ち、香ばしい匂いが鼻をつく。


「焼肉のいい点は、肩肘張らず気楽に会話楽しみながら食べられるところですね~」


 確かに。

 これがフレンチやイタリアンだと、そんなとこ行ったことない俺としては、マナーに追われて会話を楽しむどころじゃなさそう。

 いずれは覚えないといけないのだろうけど。


「旭さんって何か苦手な店ってある?」


 今後失敗しない様に予め確認しておこう。


「好き嫌いという意味でしたら何でも平気です~。誰かと一緒にって意味でしたら、カニ料理はだめです~」


「なんで?」


「カニをほじるのに集中して会話ができなくなりますから~。私の場合、誰かと食事に行くというのはその人との会話を楽しみに行くのと同じ、なので本末転倒です~」


 旭さんの性格がわかるなあ。


「そういう意味ではカニは向かないかも」


 逆に、嫌でも顔を合わさないといけない場合には有効って事でもなる。

 今度姉貴と喧嘩することになったらカニでも茹でるか。


「でも、気の合う人となら、カニでもいいんですけど~。無言もまた会話ですから~」


「どっちやねん」


 旭さんが肉を引っ繰り返し始めた。


「店より相手ってことです~。嫌な人からの誘いなら、どんなに美味しくて高くて有名な店でもお断りです~」


「そういうものなの?」


 雑誌とかだと、高い店に誘われればとりあえず行くって女性多いみたいだけど。


「だって例え料理が奢りでも、私は時間というお金に変えられないお代を払わないといけません~。決してただじゃないんです~。それくらいなら自腹で一人で行きます~」


 そう言えば最初にお茶した時『私が小町さんの前に座ってる意味』って言われたか。

 あれはこういうことだったのか。


「そういう言葉を聞くと、俺も少しは自信持てるかも」


「自信持っちゃって下さい~。私も自信持って楽しませていただいてますから~」


 そう言った旭さんの笑顔にどきっとする。

 そうか逆も言えるんだ。

 旭さんが自信を持ってもらうに値するだけの男になりたい。

 そう思ってしまう。


「肉焼けたみたいだよ、つまんじゃおう」


「はい~」


 旭さんが肉をタレに漬け、口に運ぶ。

 なんて美味しそうな満面の笑顔。

 その表情を見るだけで、俺までなんか嬉しくなった。


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