12/10/08 自宅:生まれて初めて、恋というものをしてしまったかもしれない
「姉貴おかえり」
「ただいま……」
姉貴の顔は役所に向かう時と同じく青ざめたまま。
「休め」と言ったのだが「ネトゲのことで休めるか」と一喝された。
そこだけはいつもの姉貴だったのだが……生真面目にも程がある。
姉貴がよろよろと座る。
いつもなら帰ったらまず着替えるのに。
何かとっかかりは掴めないものか。
昨日は結局天の岩戸されて全然話せなかったし。
あっ、そういえば。
「みつきさんとは、あれから話したの?」
「優勝報告してから話してない……」
「どうして?」
「合わせる顔がない……」
「仲いいんだろ?」
「みつきさんだって、きっと私がチートしたと思ってるんだ……」
「そんなのわかるかよ!」
「話しかけようとは思った……だけどあの後インしたら、あちこちからメッセが届いてた……あのスレと同じ様な……フレにもかなり切られてた……私はクライアント落として固まるしかなかった……」
ひでえ……そこまでやるか……。
でもここで同調してはいけない。
「みつきさんまでそうとは限らないだろうが!」
「わかるもんか! つい一昨日まで、みんな愛想良く接してくれてたのに! 私だってチャット慣れしてるわけじゃないけど、最低限の礼儀は守ってたつもりなのに!」
もう支離滅裂だ。
でもとっかかりは掴めた。
姉貴の腕を掴む。
「何をする!」
「いいから来いよ」
ひきずる様にして姉貴を部屋に。
PC前に座らせて、マッシュのクライアントを立ち上げる。
「姉貴、みつきさんにチャットで呼びかけろ」
「できるか!」
「やれよ。やんないなら俺が打つ」
キーボードに手を伸ばす。
「わかった! やめろ! 私が打つから!」
姉貴が俺の手を払い、キーボードを叩き始めた。
よし、これでいい。
俺がいたら邪魔だろうし部屋から出よう。
ここはバクチ。
だけどこれまで姉貴から聞いている限り、みつきさんとは本当に仲がよさそう。
似た者同士っぽいし、きっと姉貴を信じてくれてると思うんだ。
俺の勘に過ぎないが……。
もしダメだったら、その時は仕方ない。
そんな夢のない世界に姉貴をこれ以上いさせる必要はない。
俺も何だか嫌気がさしてきたし。
姉弟揃ってマッシュを引退しよう。
──姉貴が出てきた。
恐る恐る顔を見る。
泣いている。
姉貴の泣いているところなんて初めて見た。
「小町」
「ん?」
でも安心して返事できる。
だって姉貴は笑っているから。
いわゆる泣き笑い。
さっきまでの張り詰めた感じはすっかり消えてしまっている。
「みつきさんさ……」
「うん」
あとは何が飛び出すのかだ。
「ギルドやめたって」
「へ?」
「『お前のいないギルドなんかいる意味ないじゃん』って」
「うん」
「『相方信じるのに理由がいるのかよ』って」
「うん」
「『俺はお前とお前を見てきた自分の目を信じるよ』って」
「うん」
「『ずっと待ってる』って」
「そっか」
よかった、みつきさんがそういう人で。
「じゃ、姉貴座ってろよ。祝いがてらにメシ作ってやるから」
「私が作るよ。一段落ついた以上は普段通りの生活にしないとな」
先に着替えてくる、と姉貴が背を向ける。
それと同時に声が聞こえてきた。
「小町、私……」
「ん?」
「生まれて初めて、恋というものをしてしまったかもしれない」