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13/06/23(1)自宅:今日は私が小町さんのお姉さんです~

 〔ちゃ ちゃちゃ ちゃちゃーちゃーちゃ〕

 聞き覚えのある曲が聞こえる。

 ああ……電話だ……せっかく寝てたのに……。


「ふぁい、もひもひ……」


「ごめんなさい~、寝てました~?」


 スピーカーからの声で飛び起きた。

 コネクトって旭さん専用着うたじゃないか。


「い、いや大丈夫。どうしたの? というか今何時?」


「一二時四〇分です~。いつもこれくらいの時間に食事休憩と聞いてたから大丈夫かなあと~。まさか寝てるとは思いませんでした~」


「ああ、今日バイト休んだから」


「具合でも悪いんですか~?」


「いや、まあ……ちょっと。それより何かあった?」


「いえ、心配だっただけです~。小町さんが大丈夫なわけがないですから~」


 すごい決めつけだと思う。

 だけど当たってるだけに何とも言えない。


「本当に大丈夫だって。心配しないで。確かに喧嘩にはなったけど仲直りしたよ」


「そうですか~。それなら安心しました。それでですね~」


「うん」


「先日の秋葉原がダメになったのと今回のお詫びを兼ねて、夕飯一緒にいかがですか~。小町さんの食べたいもの何でも奢っちゃいますよ~」


 おお!


 ……でもな。

 今回ばかりは素直に喜べない。


「いいよ、そんな気を使わなくて」


「お金なら大丈夫ですよ~。あと二週間もすればボーナス出ますから~」


 そういう意味じゃないんだけど。

 そんな理由で奢ってもらうのは複雑な気分だし。

 でも、せっかくのお誘い。

 飛びつきたいのが正直なところなんだよなあ。


 んー……でも変にカッコつける場面じゃないか。

 本音ベースと約束したからには、今回の一件だってありのまま話す必要があるだろうし。

 俺が話さなくとも、姉貴が話すのだってありうるし。


「じゃあ、その言葉に甘えるよ」


「甘えてください~。じゃあ、何が食べたいですか~?」


 こうなったら答えは一つだ。


「焼肉!」


                  ※※※


 夕刻。現在は待ち合わせの溝の口駅前。


 旭さんは焼肉を了承してくれた。

 「私の知ってるお店でいいですか~? コスパ抜群のお勧め店がありますんで~」と言われたので、店は任せる事に。


 俺としては友達と好きな物を食べに行けるとしたら焼肉しかありえない。

 俺ってクラスで嫌われてるとは決して思わないのに、どうして焼肉には誘ってもらえないのだろうか。

 結局、姉貴と都さんに連れて行ってもらって以来、やっぱり誘われない。

 その一方で、俺以外とはつるんで行ってる話が耳に入るんだけどな……。

 実はみんな、俺のノート目当てに表向き仲良くしてるんじゃなかろうか。

 そんな疑心暗鬼に囚われなくもない。


 女性を焼肉に誘うというのは恋愛マニュアル的にどうなのか。

 正直言ってわからない。

 だけど「何でも好きな物」と言われたからには、好きな所に行ってみたい。

 好きな人と好きな物が食べられれば最高なんじゃないかって思うから。


 ──旭さんが来た。


「こんばんは~、って!──」


 旭さんが目を見開く。


「──その顔はどうしたんですか~!?」


 俺の左頬は腫れ上がっている。

 なんせ三発連続同じ場所を殴られたからな。


「姉貴に殴られた」


 旭さんが米つきバッタのごとく、頭を下げてくる。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい~。全部私のせいです~」


「そんなことないって。もう仲直りもしたしさ」


「でも~……」


 旭さんの顔はすっかり曇ってしまっている。

 まずいなあ。

 空気を軽くするには……よし。

 慣れないけど、ここはいかにもK大なチャラ男君風味で。


「代わりに焼肉奢ってくれるんでしょ? あの暴力姉貴の代わりに、今日は全力で甘えさせてほしいなあ」


 少しの間の後、旭さんが下げていた頭を上げる。

 その表情はいつもの旭さんに戻っていた。


「わかりました~。今日は私が小町さんのお姉さんです~。好きなだけ甘えちゃってください~」


 ふう、よかった。

 普段ならこんな台詞吐くヤツには蹴り入れて呪いをかけるとこだけど。

 周囲リア充ばかりというのは、こういう時ありがたいものだ。


 旭さんが足を踏み出す。


「では、お姉さんの後ろについてきてください~」


 そんな旭さんの格好はTシャツにカーゴパンツ。

 透けて見えるブラの線。

 ああ、夏が近いなぁ……違う、違う。

 自己嫌悪を振り払うべく、旭さんに問いかける。


「今日は随分ラフな格好だね」


「焼肉ですから~。匂いついちゃいますし~。がんがん食べるにはこうでないと~」


 つい、くすっと笑ってしまった。


「私、なんか変なこと言いましたか~」


「ううん、姉貴も焼肉食べたとき同じこと言ってたなって」


 今度は旭さんがくすっと笑う。


「今日は私が小町さんのお姉さんですから~」


 ──旭さんが立ち止まる。


「ここです~。先に予算を言っちゃうと飲み放題つけて四〇〇〇円前後です~。つけなければもっと安いです~」


 それってそこらの食べ放題並じゃん。

 味は食べてみないと何ともだけど、確かにコスパよさそう。


 店内に入ると、案外と言ってはなんだが小綺麗で落ち着きのある構え。

 ビールケースが椅子ってところに妙な親しみを感じる。


 着席し、メニューを見る。


「小町さん、ドリンクは飲み放題じゃなくて単品でもよろしいですか~?」


「いいけど、どうして?」


「飲み放題コースにない『ブルーベリー黒酢サワー』飲みたいんです~」


「黒酢?」


「なんとなく健康に良さそうな気がしませんか~?」


 「ヘルシー」と「ダイエット」は商売における魔法のお題目ってどこかで聞いた気がするけど、あながち嘘じゃないなあと思ってしまう。

 ただ、それは別として、程よい酸味は食欲を増進しそう。

 昨日のカレーのおかげで胃が重いし。


「じゃあ俺も同じのお願い」


「了解です~。お肉は奮発して、四五〇〇円の一番高いコースいっちゃいます~。小町さんは気前のいいお姉さんに感謝するのです~」


「ありがたく」


 緩みそうになる顔を必死に抑え、そう返事した。


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