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13/06/22(2)自由が丘:これ、何が入ってるの?

 美鈴の家を出て自由が丘へ。

 夜までの時間潰しとして漫画喫茶に入る。

 定期あるから交通費かからないし。

 真っ直ぐ帰っても気まずいし。

 帰るのはせめて暗くなってからにしたい。

 それに夜は美鈴が来る。

 客を挟めば多少は空気も和むだろう。


 新刊の棚から適当にとって、ブースに。

 長椅子にもたれ漫画を読みはじめたところで、メールの受信音。

 送信者は旭さんだった。


【From:江田島旭 To:天満川小町

 Sub:ごめんなさい


 昨日、観音さんに怒られませんでしたか~?

 観音さんに一昨日の件でお説教されたので報せようか迷ったのですが、下手に知らない方がいいと思ってメールしませんでした~。

 黙っててごめんなさい~。

 聞くのが怖くて電話を掛ける事もできないヘタレな私を許して下さい~】


 ささっと「大丈夫」とだけ書き返信。


 いつもなら嬉しい旭さんのメールなんだけどな。

 さすがに今日ばかりは喜ぶ気持ちになれない。

 心配してもらってることだし、俺から電話を入れればいいんだろうけど……。

 それこそヘタレな俺を許して欲しい。


 漫画に戻る。

 だけど字も絵も頭を素通りしていく。

 ああ、気が重い……。


 ──二〇時三〇分。


 そろそろ帰っても大丈夫だろう。

 一時間もすれば美鈴も来るしな。


                 ※※※


 我がアパート宮島荘到着。

 部屋の灯りは点いている。

 そりゃあいるよなあ。

 土曜日だもんなあ。

 ぼっちだもんなあ。


 でも……謝るって決めたじゃないか。

 帰るぞ、小町!


 意を決してドアの前へ。

 ノブを掴む。

 捻る。

 そ~っと引っ張る。


「ただいま……」


 ──あれ? この匂いは?


「おかえり」


 姉貴はキッチンに立ってカレーを作っていた。

 いつも通りの挨拶にホッとしつつ座卓に座る。


「カレーができてるけど食べるか?」


「うん」


 姉貴がカレーをついで持ってくる。

 姉貴も食べるらしい。

 自分の分もついできた。


「いただきます」


 何、このカレー!?

 ルーがどろどろっとしてる。

 すごい濃密そう。

 匂いはとても香ばしく、食欲をそそってくる。

 地雷ということはなさそうだけど。


 とにかく食べてみよう。

 一口すくって口に入れる──ん?


 辛ああああああああああああああああああああい。

 しかもたった一口で胃への衝撃がすごい。

 ずん、と来る。


 でも不思議だ。

 すごく後を引く。


 単純に美味いとかそういう形容ができない。

 とてつもなく辛いのに何故かまろやか。

 これはきっと美味しいのだろう。

 だけど判断つかない。

 ただ次から次へ口に運びたくなる。


 スプーンが止まらない。

 口に入れてはスプーンを皿へ戻してカレーをすくう。

 ひたすら往復。

 気づいたら一皿全て食べ終わっていた。


「おかわりするか?」


「うん」


 姉貴がおかわりをついで差し出す。

 再度食べ始めたところで、姉貴が頭を下げた。


「夕べはごめん。やりすぎた」


 えっ!?

 ちょっと待て!


「どうして姉貴が謝る!」


「反省したから」


 先に謝るなよ。

 俺こそ謝ろうと思ってたのに。


「ごめんなさい。俺こそ悪かったです。甘えてました。言い過ぎました」


「本当だよ。本気で堪えたわ──」


 ぐっ。

 姉貴が続ける。


「──でも、私もやりすぎたから。いくらなんでもグーで顔面に三発はない」


「本当だな」


「だから悪かったって言ってるだろ。それでずっと、反省しながらカレーを煮込んでた」


 どういう発想なんだ。


 そういえばこのカレー。

 具が全く無いんだが。

 ひょっとして全部溶けた?


「これさ、一体何時間煮込んだの?」


「一二時間。最初に下ごしらえして無水鍋でベースのスープを作って、あく取りしながらひたすら煮混み続けてた。我ながら上手くできたな」


 よく見ると姉貴の目は赤く腫れている。

 俺が出て行った後は泣いてたんだろうか。


 多分俺の事をずっと考えながら作ってくれたカレー。

 不味いわけがない。


「これだけのカレーが食えるなら、たまには喧嘩するのも悪くないな」


「私は二度と作らんぞ。今度は私が家出するからお前が作れ」


「おい!」


 でも一応、レシピは聞いておくか。


「これ、何が入ってるの?」


「一般的なカレーの材料のはずだが……味は二度と再現できんな。隠し味に色々入れてるけど、その比率が全くわからん。普段使わない物も入れてるし何を入れたかすら覚えてない。あれこれと思いつくままに手をかけていったらこうなってた」


 姉貴のカレーは普通に作った物でも十分美味い。

 しかし、このカレーはいつもの姉貴の作った物とは完全に別物だ。

 きっと今日しか食べられない。

 差し詰め魔法のカレーってところか。

 スプーンの止まらない辺りがまさに魔法だ。


「おかわり」


「いい加減にしないと太るぞ?」


 そう言いながらも、姉貴は笑いながら皿を受け取ってくれた。


「こんなカレー作る方が悪い」


 ──ピンポーンと呼び鈴がなる。


 美鈴か。

 玄関口へ。

 ドアを開けて出迎える。


「こんばんは」


「あがれよ」


 美鈴はリビングに入ると、すぐさま姉貴に駆け寄った。


「観音さん、こんばんは」


「さてと私もカレーをおかわりするか。せっかく作った事だしな」


 ん?

 姉貴は美鈴をガン無視。

 一瞥もくれない。

 何の反応もない。


 美鈴が姉貴の横で正座して頭を下げる。


「一昨日はごめんなさい」


「小町、このカレー美味いな。我ながらほれぼれするではないか」


 ひどすぎる。

 完全に聞こえない振りしてる。


「観音さん……」


「しかし、これはすごく胃に来るな。我ながら何かやばい物を作った気もする」


 やばい物って一体何を入れたんだ。

 尋常じゃない量の生唐辛子が入ってる事だけはわかるのだが。

 普通こんなに入れたら単なる激辛カレーにしかならないんだけどなあ。


「小町さん……」


 美鈴がすがる様に俺を見つめてきた。

 しかし、姉貴がちらりと目線を投げてくる。

 「美鈴に口を利くな」と。

 謝ってるのにどうして?


 ああ、何となく……姉貴の考えがわかった。


「ルーが濃いし、玉子入れると美味しそうだ」


 冷蔵庫へ行くのにかこつけ、美鈴の視線を外す。


「観音さん、お怒りなのはごもっともだと思いますが何か言って下さい!」


 あーあ、美鈴泣いちゃった。

 ここでようやく姉貴が口を開く。


「美鈴は私が何か言わないとわからない程バカだったのか?」


 美鈴が黙り込む。


 そう、美鈴には何を言ったところで頭では理解してる。

 なんせ俺に諭すくらいなのだから。


 説教の効果をあげるには、相手に応じた適切な方法を採る必要がある。

 美鈴なら無視されるのが一番堪えると考えたのだろう。

 そこで逆ギレする程、美鈴は愚かじゃないし。


 姉貴がゆっくり言い聞かせる様に続ける。


「もういいから二度と繰り返すな。小町だけの問題なら、最悪でも私が退職すればそれで済む。だけど美鈴がトラブルに巻き込まれたら、私は父上に合わせる顔がないからさ」


「はい……」


 美鈴の返事を受けて姉貴が微笑む。


「わかったら美鈴もカレーを食え。小町ついでやれ」


 結局、美鈴もスプーンが止まらなくなった。


「おかわり下さい」


 美鈴が恥ずかしそうに皿を差し出す。

 普段はおかわりなんてしないんだけどな。


 しかし炊飯ジャーの中にはもはや御飯がなかった。

 なので珍しく御飯を追加して炊く事に。

 今日はカレーという事で五.五合炊いていたらしいのだが。

 姉貴は小食だし、俺だって姉貴の目があるからおかわりにも限度がある。

 普段なら余って、残りは冷凍する。

 ここに姉貴並の小食の美鈴を加えたところで、五合あればまず無くなる事はないはずなんだけどなあ。


「一体このカレーは何でできてるんですか?」


「さあ?」


 何だろうね?


 答えは何となくわかってる。

 だけど口に出すのは野暮な気がした。


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