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13/06/21 自宅:文句あるなら出て行け!

「痛い痛い痛い!」


 何が起こった!?

 寝ていたところに突然の打撃連打。


 部屋の明かりが灯る。

 布団を剥がされる。

 そこにいたのは、スーツを着たままの姉貴だった。


 えーと?

 寝ぼけて頭が働かないのだが……つまり?

 帰ってきたばかりの姉貴に蹴りを乱打されて叩き起こされたということ?


 枕元の時計を見る。

 二三時三〇分。

 今日は随分帰りが遅いな。


「起きたか」


 いつもより低い声

 何だか血相も変えている。

 一体なんだってんだよ。


「起きたかじゃない。常識外れにも限度があるだろうが」


 姉貴がかがみ込む、そして首根っこを掴んできた。


「それはこっちの台詞だ」


「はあ?」


「あれだけ私の仕事に関わるなと言ったよなあ? こっちは洒落や冗談で言ってるんじゃないんだぞ?」


 そりゃ言ってたけどさ。

 まったく意味がわからない。


「何の事さ」


「昨日の事だ。仕事中の旭を美鈴の車に乗せたそうじゃないか?」


 ああ……。


「あれなら本当に偶然だってば」


「ほぉ……お前と美鈴は偶然で新横浜ラブホ街を車でうろつく様な関係だったのか」


「ほ,本当に偶ぜ──」


「この薔薇百合バカップル。本気で毘沙門家に嫁に出すぞ」


「だからせめて婿で──うげっ!」


 く、首がっ!

 襟元締めるのやめてっ!


「軽口叩き返すとは大した余裕じゃないか」


「車に乗せただけじゃないか。しかも雨まで降って来ちゃったし。それでほっとくのは人でなしだろうが」


「仕事中の私達は人じゃないからいいんだよ」


 何を無茶苦茶な。 


「じゃあどうして昨夜ゆうべ言わなかったのさ」


「旭から事情を聞いて判断しようと思っただけだ。声を掛けたのは旭からだそうだな。あいつはあいつでバカヤロ様だ」


「旭さんにも何かしたの?」


「正座させて小一時間説教した」


「ひどすぎる」


「ソファーの上だからひどくない。お前達なら剣山の上に正座させるがな」


 お前こそ軽口叩いてるじゃないか。


「じゃあ聞く。剣山に載せられないといけないほど、仕事に支障あったのかよ」


「幸いなかった」


「仕事に影響なかったのなら別にいいだろうが──うげっ!」


 姉貴の左手が更に持ち上がった。


「『幸い』と言ったのが聞こえなかったか? 今回のは仕事そのものより、もっと重要な話なんだよ」


「どういうことだよ」


「例を言ってやろう。相手の車が雨でスリップして、旭の乗ったお前らの車に追突したとする。この場合、私達はどうすればいいと思う?」


「警察届ける。その後保険会社」


「それで通れば苦労しないんだよ!」


「はあ?」


「いいか? 私達公安調査官は民間人に車でひかれても、それが勤務中なら『先方に土下座して、袖の下渡してでも口止めしろ』と指導されてる立場なんだ」


「なんだよ、それ!」


 しかし姉貴は構わず続けた。


「ましてや『敵』だぞ? そして美鈴は職員でも関係者でもない。これがどういう事態を招くかわかるか?」


 返答代わりに、首を横に振る。


「当然、美鈴の父君は警察に届ける。美鈴は完全に被害者なんだから。そして美鈴の父君は会計検査院のキャリア。それで揉み消そうとすれば大問題に発展しかねないから、公安庁は黙り込むしかない。役所の面子を潰されたって事で、翌日にでも私は辞表を書かされるよ。断れば適当な理由をでっちあげられて懲戒免職コース。よくて『牢獄』と呼ばれる部屋に定年まで閉じ込められる」


「……そんなのが通用するのかよ」


「この国では通用するんだよ」


「裁判起こせばいいだろうが」


「お前は訟務局抱えた法務省を相手どって、行政訴訟で勝てると思うのか?」


 そんな台詞、漫画の中以外で聞きたくなかった。


「旭さんは?」


「即座に依願退職に決まってるだろ。言い分すら聞いてもらえないよ」


 救われなさすぎる。


「そんな万に一つの様な事を言われても……」


「その万に一つまで考えて石橋を叩くのが役人ってものだ。特にうちの事なかれ体質は半端無い。全てを職員になすりつけて一切責任とらないのが公安庁なんだよ」


 そんな台詞、弟としても国民としても聞きたくなかった。


「そんな腐った役所やめちまえ!」


「私だって辞められるものなら辞めたいわい!」


「じゃあ今すぐやめろ!」


「おい──」


 姉貴の目がさらに険しくなった。


「──お前は誰の金で大学に行けてると思ってる。私が稼いでるからアニメに漫画にフィギュアにネトゲ三昧の大学生活を送れてるんだろうが!」


「恩に着せるな! そんな汚い職場で稼いだ金で大学なんざ行きたくねーよ。そこまで言うなら大学なんぞ今すぐ辞めてやる!」


 姉貴の声が一段低くなる。


「もう一度、言ってみろ。その私と同じ顔を三倍に膨らませてやるから」


「はん。いつも口だけじゃないか。顔面殴る勇気もない癖に──ぐっ」


 痛えぇ。

 本気で……顔面殴りやがった。


「まさか『親父にすら』って、ふざけた事は言わないよな?」


「母さんにだって──うぐっ」


 この女……口の中に鉄の味がし始める。


「なめた口叩いてるんじゃないよ。その分、私が何発でも殴ってやる」


「洒落になってないだろ!」


「洒落じゃないからな。気楽に遊べるのも一所懸命勉強できるのも学生の内だけなんだよ。自分がどれだけ贅沢な立場にいるか少しは自覚しろや」


「そんなん知るか!──うっ」


「腐った役所だろうが汚い職場だろうが人間稼がないと生活できないんだ。下げたくもない頭を下げて、嘘吐きまくって、騙して、罠にはめて……お前に私の気持ちがわかるか! 文句あるなら出て行け!」


「おう、出て行ってやる。今すぐ出て行ってやる! 姉貴なんて死ねばいい!」


 財布とスマホと当座の着替えをリュックに詰める。

 姉貴のバカ!

 言われなくてもこんな家いたくねーよ!!


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