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13/06/20 新横浜:僕に右折を頼むとはいい度胸ですね

「美鈴! バックミラーをちゃんと見ろ!」


「車間詰めすぎ!」


「ウィンカー遅いよ。何やってんの!」


 ハンドルを握る美鈴は、俺の言葉にひたすら「はい」と答えるだけ。


 現在は美鈴の運転でドライブ中。

 美鈴が免許を取ったので練習に付き合っているのだ。


 いかな天才美鈴とて、練習もなしにできるようになるわけではない。

 マニュアルを読んだだけで車を運転できるなら、それはもはや天才ではない。

 ニュータイプと呼ぶ方が相応しいだろう。

 ガ○ダムでいうならカ○ーユではなくヤ○ン。

 あくまで美鈴はオールドタイプだ。


 というわけで、今だけは俺も珍しく、上から目線で好き放題にしごいてる。

 その方が結果的には本人のためになるし。

 俺も免許取った時は姉貴にかなりしごかれた。

 マニュアル車だけにもっと辛かった。


 俺達の行き先は、新横浜にあるラーメン博物館。

 距離的にもコーチ料としても手頃だし。

 ミニラーメンがあるから美鈴でも食べられるし。


 しかし、少し前から小雨が降り出してきてる。

 帰りは大丈夫かな?


 ──あれ? ここ右折だろ?


 それなのに美鈴は左折のウィンカーを出した。


「お前何をやってる」


「怖くて右折できないんです……」


 どうやら左折を繰り返して、目的の方向に進もうとしているらしい。

 初心者が良く言う台詞。

 だけど普段が自信満々な美鈴の口から出ると微笑ましい。

 むしろ笑える。


 いや笑え「た」、ここまでは……。


「ナビは左折なのに、どうして真っ直ぐ進む!」


「減速し損ねました……」


「そこ真っ直ぐなのに、どうして右折する!」


「右折できる内に右折した方がいいかと思って……」


「何で高架をくぐる! 逆方向じゃねえか!」


「そこに高架があるからです!」


 怖い。

 マジ怖い。

 誰だ、こいつに免許渡したのは!


 ハンドル握ったら人格変わるって人はよくいる。

 しかし美鈴の場合は逆方向に変わるらしい。

 答が全然答になってない。

 ここまで気づかなかったのは、ほとんど真っ直ぐ進むだけの大通りだったからか。


 気づいたら横浜線沿いのラブホ街。

 こいつ、器用にラーメン博物館をすっ飛ばしやがった。

 一体どうやったらそうなる。


 ま、その内辿り着くだろう。

 ここは気長に構えよう。

 そうは思っても……溜息つきつつ外に目を見やる。


 ──あれ?


 どこかで見覚えのある女性が立っている。


「美鈴。次、右折して」


「僕に右折を頼むとはいい度胸ですね」


「開き直るな! ちゃっちゃっと曲がれ!」


「もう……」


「ここで左に寄せて停めて」


「後ろから追突されたらどうするんですか」


「されないから! 他の車も停めてるだろうが!」


 車が停まる。

 美鈴の張り詰めていた顔が一気に緩んだ。


「どうしたんですか?」


「旭さんに似た人がいた」


「ふーん」


 お前のその悟り顔、今すぐぶん殴っていいか?

 いつもの倍はむかつくぞ?


「『ふーん』じゃないだろ」


「どうせ本人でしょ?」


「なぜそう言い切れる!」


「小町さんは自分の好きな女性を見間違えるんですか?」


 嫌な言い方しやがる。

 淡々とした口調だけに尚更むかつく。


「じゃあ、どうして旭さんがラブホ街にいるんだよ」


「仕事でしょ」


「なぜそう言い切れる?」


「勤務時間中ですから。大体ラブホ街にいるからってラブホに用事があるとも限らないし」


 その淡々とした口調はいい加減にやめろ。

 こちとらキレそうになってるんだが。


「それでも気になるのが人ってものだろ」


「僕は全然?──うわ、小町さん、痛い、お願いだから頭ぐりぐりしないで」


「俺じゃなかったら、とっくにお前を見捨ててるぞ?」


「はいはい。わかりました。僕が行って確認してくればいいいんでしょ。大丈夫な状況なら、目の前を通り過ぎれば旭さんから声掛けてくるでしょ」


 美鈴は投げ槍気味に吐き捨てると、逃げ出す様に車を降りた。

 他の車も路駐してるし、しばらくは停めてても大丈夫だろ。

 俺も少し気分を落ち着けるか。


 ──美鈴が小走りで戻ってきた。


 あれ、旭さんも一緒?


「こんにちは~」


「こんにちは。話してて大丈夫なの?」


「大丈夫です~。悪いんですけど、少し車の中にいさせて下さい~」


「どうしたの?」


「仕事で張り込んでたんですけど、雨降ってきたから傘さして立ったままというのもどうかなあと悩んでたんです~」


「ここで大丈夫なの?」


「大丈夫です~。さっきの場所もここも想定ルート上なのは変わらないですから~」


「よくわからないけど美鈴さえ良ければ」


 美鈴が、途中で買ってきたらしい缶コーヒーを渡してきた。


「僕は別に構いませんよ。ちょうど休みたかったところですし」


 そりゃなあ。

 あれだけ道に迷えばなあ。


 旭さんの電話が鳴る。


「はい……はい……了解です~」


 電話を切る。


「ターゲットが来るかもしれません~。私は集中します~」


 雨脚は強くなってきてるが、外は何とか視認できる程度。

 旭さんは目を細めながら、じっと外を見ている。

 無言のまま、時間が過ぎていく。

 俺と美鈴は話してもいいのだろうけど、何となく黙ったまま。

 ……ぼーっとしてきた。


 ──バタンと、後部からドアを閉める音が聞こえる。


 あれ? 旭さんがいない?


「美鈴、旭さん何処行ったんだろ?」


 問いかけるも返事がない。

 美鈴は既に熟睡してしまっていた。


 眠気覚ましに残った缶コーヒーを飲み干す。

 そのまま外を眺めてると旭さんが小走りで戻ってきた。

 傘もささずに行ったらしい。

 ドアを開け、再び乗り込んでくる。


「すいません~、濡れたまま入ります~」


「いいですよ……」


 美鈴が気怠そうに答えた。

 ドアを閉めた衝撃か音かで目を覚ましたのだろう。


 旭さんが電話を掛ける。


「観音さんですか~……」


 姉貴の名前。

 報告か。

 こういうシチュエーションで姉貴の名前を聞くのも、どこか居心地悪い妙な気分だ。


「前回の場所に入ったのを現認しました~……ええ、小町さんと美鈴君と偶然出会いまして~……美鈴君の車の中で待たせてもらったおかげで雨は避けられて~……はい、あがります~。失礼します~」


 旭さんが電話を切る。


「仕事終わりました~」


「お疲れ様」


「お疲れ様です。それじゃラーメン博物館へ行きましょう。旭さんもいかがですか?」


「私もいいんですか~? 邪魔じゃないですか~?」


 美鈴が旭さんに微笑む。


「『友達になりましょう』と言ってくれたのは旭さんでしょう? 是非ご一緒に」


「じゃあ行きます、行きます~。美味しい物は大好きです~」


 美鈴が、今度は俺に微笑みかけてくる。


「では小町さん、運転お願いします」


「お前、自分の車だろうが」


 ついでに、その妙に天使のような笑顔はなんだ。


「この雨の中を僕に運転させたら、旭さんがどうなるかわかってます?」


「あーもう! さっさとどけ!」


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