13/6/14(1) 自宅:だあああああああああああ
「ただいま~」
姉貴が帰宅。
手には何か重そうな買物袋をぶらさげている。
見た目いかにもぐったり気味。
声にも元気がない。
「おかえり~、昨日のダメージがまだ抜けない?」
「そんなのとっくに抜けてるけど、どうして?」
「なんか疲れてるっぽいから」
「いや大丈夫だ。それより、もう夕飯は済ませたか?」
「ううん、まだ」
「それじゃ素麺でも一緒に啜ろう。作れ」
「私が作ろう」じゃないのか。
でも仕方あるまい。
作ってやるか。
具材を切って茹でるだけだしな。
冷蔵庫にあるキュウリと油揚げを千切りに。
錦糸卵は面倒くさいので炒り卵で代用。
ささっと素麺を茹でる。
本当は姉貴に作ってもらいたいんだけどな。
姉貴の素麺は俺と段違いだから。
温かいつけ汁を作ってつけ麺っぽく。
それが妙に後を引いて止まらない味。
あれって大好きなんだよなあ……。
よし、今日の仕返しに機会を見て「作れ」と命令してやろう。
素麺ができあがったので食卓に並べる。
姉貴は気怠そうに素麺を盛った皿へ箸をのばした。
「梅雨はジメジメしてキレそうになってくる。こんな日は素麺に限る」
外は大雨……なるほど。
姉貴がバテてるのは梅雨だからか。
広島は天気や湿度が安定した瀬戸内海気候。
そのせいで広島人は概して湿気に弱いのだ。
俺も昨年は辛かった。
でも今年は案外平気。
それはもしかたしたら痩せたせいなのかもしれない。
無言で二人ともずるずると素麺を啜る。
しとしとしとしと……
聞こえてくるのは外からの雨の音だけ。
「だあああああああああああ うぜええええええええええええええええ」
姉貴がブチ切れながら髪を振り乱し始めた。
この女の辞書に「情緒」とか「風情」とかいった文字はない気がする。
「落ち着いて食え。キレたところで雨が止むわけじゃないんだから」
「私は猫っ毛だから雨が降るとベタ髪になるんだよ! ああ余計に苛つく!」
「じゃあ、そんなに伸ばしてないで切れよ」
「猫っ毛だからロングにしてるんだろうが。ショートだと、もっと地獄見るわ」
「ごもっともですね」
弟の俺も同じく猫っ毛。
姉貴の苦労は言われなくても想像がつく。
だから俺もデブ時代は伸ばしっぱなしだったわけで。
どうしてこんなつまらないところばかり似るんだよ。
──食後。
後片付けは姉貴がやった。
イライラが高じて、何かしてないと落ち着かなくなったらしい。
後片付けを終えた姉貴がこちらに向き直る。
「さて、小町。これからちょっと手伝って欲しい」
「何だよ。また変な事じゃないだろうな?」
これまでこのパターンでどれだけ酷い目を見てきたか。
「大した事じゃないよ。座卓を片付けてくれ」
姉貴はそう言うと部屋に戻り、先程の買物袋を持ってきた。
中身を取り出し、パタパタ広げていく。
「竹シーツ?」
「うむ。昨日疲れて帰ってきた時に布団に寝転がって思ったんだ。これで布団がひんやりしていたら最高だろうになあと。それで買ってきた」
「すごい思いつきだな」
「仕事で丁度ホームセンターの近くまで行ったものでな。二〇〇〇円で極楽が味わえるなら捨てたものじゃないだろう。試してみてよかったら小町にも買ってやる」
「それはありがたい」
流行ってるだけに前から興味はあったんだ。
寝ござだと段々ささくれてくるし。
「悪くてもお前に押しつけるけどな」
「どっちにしても俺は竹シーツ使う事になるのかよ!」
「きっと大丈夫じゃないかなあ。シノが使ってるってことで感想聞いてみたんだけど、『最初は痛いんですけど、慣れると段々気持ちよくなってくるんです』って言ってた」
「そのいかにも何かを狙った台詞は何だよ」
「『その様に小町君に伝えれば、彼は今晩悶々として眠れなくなります』とも言ってたな」
「嘘つけ! 姉貴じゃあるまいし、シノさんがそんなこと言うか!」
「要するにイタキモってやつらしいぞ。本当にひんやりするらしいし。ついでに旭も同じ物を買ったぞ。昼間一緒に仕事回ってたからさ」
旭さんも同じシーツの上に寝るのか。
そう思うと悶々してくるな。
「で、何を手伝えばいいわけ?」
姉貴が伸びたTシャツをポイッと投げてきた。
「最初にささくれを取り除くために乾拭きをしなければならない。私が半分やるから、お前はもう半分を頼む」
ふむふむ。
竹チップを一つ一つ丁寧に乾拭きしていく。
……結構面倒くさい。
「これって匂いきつくないか? 酸っぱいぞ?」
「慌てるな。この後にまだ作業があるから」
乾拭きが終わる。
次は除菌用アルコールを持ってきた。
「次はこれを振りかけてさっと拭く」
言われた通りに拭き終わると、今度はドライヤーを持ってきた。
「温風を当てて乾かす」
姉貴が竹シーツにドライヤーをあてる。
温風が当たるにつれ、段々と匂いが軽くなってきた。
「こんなもんかな。後は晴れた日に天日干しをすればいい。今日はこれで使ってみるから、感想を楽しみにしてろ」
まだ試してもないのに姉貴はほくほく顔。
多分早く布団に入りたい気持で一杯なのだろう。
イライラも収まったっぽい。
それだけで二〇〇〇円の価値はあったか。
「布団敷いてこいよ。持って行ってやるから」
「うむ」
姉貴が口を緩めながら部屋に向かう。
──と、そのとき、自宅の電話が鳴った。