13/6/13(2) 自宅:背中流して欲しいなあ♪
三限の授業が終わるや、ダッシュで帰宅。
そして只今到着した。
結局、姉貴からは授業終わりと同時の一四時三〇分にメールが入った。
【From:天満川観音 To:天満川小町
Sub:いま役所を出た
風呂に湯を張って布団を敷いておいてくれ。
スポーツドリンクも2Lペットボトルを買って置いてくれ。
しじみの味噌汁もあると嬉しいな♪】
……二日酔いですか。
まだ勤務時間中だと思うのだが。
帰れるの?
旭さんには姉貴からメールが入った時点で連絡。
すぐに返事が来た。
【From:江田島旭 To:天満川小町
Sub:うちじゃよくあることです~
私はもう外に出ちゃってるので詳しいことわかんないんですけど~。
徹夜のまま役所へ直行したんじゃないかと~。
一旦帰宅して仮眠とる事すらできなかった位にハードだったんでしょう~。
そういう場合は早あがりも許してもらえます~。
事実上のフレックスタイムです~。
優しくいたわってねぎらってあげてください~】
なるほど。
当たり前じゃない仕事だしな。
「優しくいたわってねぎらって」か。
「残業したら負け」が口癖の姉貴がここまでしてる時点で、絶対に必要な仕事であろう事は察しがつく。
今日は特別、帰ってきたら癒してやることにしよう。
まずしじみの味噌汁。
砂出しして作ってる時間はない。
仕方ないからインスタントを買ってくる。
買ってきたスポーツドリンクはあえて常温で座卓に置いておく。
風呂の湯も張った。布団も敷いた。
準備完了。
そうだ、あれもあった。
部屋に戻る。
急いでぐぐる。
よし、これなら持ってる。
押入からアロマポットを取り出す。
麻雀に集中するために買ってみたはいいけど結局使わなくなった代物。
再びこんな形で役に立とうとは。
テーブルにアロマポットをセット。
ラベンダーの精油をたらしアロマを焚く。
ラベンダーの香りは二日酔いに効くらしいから。
そろそろかな?
いつ帰ってきてもいい様に、玄関傍でスマホをいじりながら待機。
──玄関のドアから何か大きな物がぶち当たった鈍い音が響いた。
帰ってきたか。
カチャリとドアノブが回る。
「ただ……いま」
ドアが開くとともに姉貴が倒れ込んできた。
「おい、大丈夫か!?」
倒れる前に駆け寄り、支える。
うっ、重い。
体から力が抜けてしまってるからか。
めちゃめちゃ酒臭い。
しかも酸っぱい匂い、これは……吐いたな。
「眠い……気持ち悪い……死ぬ……」
姉貴をDKの座卓まで引き摺り、そっと寝かせる。
靴と上着を脱がせる。
なんてヤニ臭い。
顔には伊達眼鏡。
姉貴にしては珍しい。
眉以外のメイクを落としてる。
これを誤魔化すのにかけてるんだな。
いつも、スーツを着てる限りはピシっと決めてるのに。
こんなによれよれになった姉貴は珍しい。
一体何があったんだ?
「待ってろ。今味噌汁作る」
と言っても、湯を注ぐだけだが。
味噌汁を座卓に用意し、姉貴の脇を抱えて起こす。
姉貴はおもむろにお椀を掴むと、そのまま煽って流し込んだ。
「生き返る……ぷはあ」
インスタントでも効くものだな。
プラシーボってやつかもだけど。
「離しても大丈夫か?」
「ああ。だいぶ生き返った。おかわり頼む。」
途切れ途切れだった話し方がまともになった。
続けてスポーツドリンクのペットボトルを掴み、ラッパ飲み。
味噌汁のおかわりを差し出す。
今度はちびちび啜ってから椀を置いた。
姉貴が煙草に火を点ける。
俺はその間に姉貴の上着をハンガーに掛ける。
どうせクリーニング行き確定なんだけどな。
「ちゃんと風呂も沸かしてあるし、布団も敷いてるぞ」
「ありがと。とりあえず風呂入る。着替え出しといて♪」
甘えた口調。
いつもなら蹴り飛ばすところだが今日は仕方ない。
ここで脱いで浴室に向かったらどうしようかと思ったが、さすがにそれくらいの気力はあったらしい。
そのまま浴室に這いずっていった。
耳をこらす……よし、入浴したな。
着替えを持ってきて置いておく。
一方で投げてあるシャツと下着とパンストを洗濯機にぶち込み、パンツをハンガーに。
「スポーツドリンク持ってきて欲しいなあ♪」
はいはい、持っていきますとも。
浴室のドアを僅かに開けてペットボトルを差し入れる。
「背中流して欲しいなあ♪」
「誰が流すか!」
「ちぇっ」
からかってるのはわかるが「流す」って言ったらどうするつもりだったんだよ。
ま、冗談を言えるくらいには回復したってことか。
姉貴が風呂から出てきた。
Tシャツにジャージないつもの格好で座卓に戻ってくる。
扇風機の前に大股を広げ、後ろ手をついて座った。
「あー幸せ♪ ラベンダーの香りがこれまた癒される♪」
いつもよりかなり早い時間というだけで極々ありふれた日常の風景。
それで幸せと思えるくらいに大変な仕事だったのだろう。
「何があった?」ってホントは聞きたいところだけど、仕事絡みだしなあ。
そう思ったら、姉貴から口を開いた。
「信じられないかも知れないが本当に仕事だったんだよ!」
ツッコまれると思ったのか。
そんなつもりは毛頭ないのだが。
いつもと違って微妙に読み誤ってる辺りに疲労を感じさせる。
「いや、信じてるってば。お疲れ様」
「何だよ、気味悪い。小遣いならやらんぞ?」
「誰がくれって言った! 俺が今まで一度でも、姉貴に小遣いせびった事あるか?」
「だからたまにはせびって欲しいなあと」
「どっちだよ」
「ま、信じてくれるならありがたい。仕事で夕べから今日の昼までずっと酒に付き合わされてたんだ」
「えらく長い時間飲んでたんだな。しかしタフな姉貴がそれだけでそんなにボロボロになるとは思えないんだが」
そう姉貴はタフ。
基本的に一日三時間寝れば平気な人。
そうでなければ社会人やりつつ、マッシュで社会不適合者さながらには振る舞えない。
しかも酒だって強い。
特段好きというわけではないから家では滅多に飲まないだけで。
「酒が問題。大○郎だ」
「大○郎!?」
「しかもストロング。あれを延々とストレートで飲まされた」
うげえ……。
「それってどこの大学生だよ! 殆どいじめじゃないか!」
大○郎は焼酎。
アルコール度数三五。
大学で先輩が後輩を酔い潰すのによく使われる。
脱脂綿に含ませて腕を擦ると、ヒヤリとした感触がする。
「お前に愚痴りたいところだけど、愚痴れないのが辛いよな」
姉貴が苦笑い。
これ以上は話すつもりないということか。
「そだな」
何気なく答えたら、姉貴が思い出した様につけ加えてきた。
「言っておくけど一緒にいたのは女性だからな。私は処女のままだからな!」
何やら慌てた口調。
そんなの聞かなくたってわかるんだが。
いくら仕事でも姉が一晩中男性と過ごした上にこんな状況となれば、それを目にした弟は嫌な気分にもなるとでも考えたか。
「最後の一言は要らないから」
そう言いつつも胸を撫で下ろす。
そこまで頭が回ってたわけじゃないけど、いずれ気づいた時が問題。
その時は姉貴というより、そんなことさせる職場に不愉快な感情を抱きそうだ。
「んじゃ寝る」
姉貴が気怠そうに体を起こして、部屋へ向かう。
「おやすみ」
「もう少しだ」
姉貴が小さくぼそっと呟く。
それは俺に向けてじゃない。
きっと独り言だろう。
そう言えば七月までってリミットがあったんだっけか。
姉貴のここまで話しぶりからするとどうにかなりそうなんかな?
姉貴、お疲れ様。