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13/6/13(1) K大三田キャンパス:もう男の娘しか見えない

 昨夜、姉貴からメールがあった。


【From:天満川観音 To:天満川小町

 Sub:今日は帰れない

 け、決してみつきさんと朝帰りじゃないんだからな。し、仕事なんだからな。

 先に寝ててくれ。明日も帰りは何時になるかわからない】


 そしてメール通り、姉貴は帰ってこなかった。


 本当にみつきさんと朝帰りなら「おめでとう」の一言くらいは言ってやるんだが。

 恋愛に関してはとことんヘタレな姉貴がそんな状況になれば、メールを打つ余裕なんてあるわけがない。

 そもそも俺には話さないだろう。

 いや、あの姉貴ならわからないか……。


 どうにせよ、昨日の翌日、つまり今日は仕事のある平日。

 それなのに時間が不明な朝帰りはないだろうから本当に仕事なのだ。

 てなわけで俺も朝から学校に出かけた。


 現在は二限の授業が終わった昼休み。

 友人達と生協食堂でゆっくりお昼を取るところ。

 だけど今日はそういう気分になれなかった。

 「悪い、今日はパス」と謝り、現在は中庭でカロリー○イトを独りで食べている。


 というのも……夕べのメール以降、姉貴からは音沙汰無し。

 さすがに昼までには一通くらい報せがあってもよさそうなものなんだけど。

 たわけたメールを打ってくるくらいには心の余裕があるということ。

 つまり危険な仕事ではないだろう。

 それでも少し心配になってくる。

 一緒に住み始めてこんな事はなかったし。


 旭さんにメールを打つ。


 勤務時間中の旭さんにメールを打つ事は正直抵抗がある。

 実際に旭さんからは「火曜と木曜の一七時以降は、観音さんが帰宅するまで絶対にメールも電話もしないで下さい~」と念を押されている。

 恐らく姉貴の言ってたみつきさんの仕事絡みだろう。


 その時間帯でなくても職場での旭さんの状況がわからないから連絡しづらい。

 何かの仕事中だったら迷惑だろうし。

 元々姉貴にすら、勤務時間中にメールをするのは避けてるくらいだ。


 それでも今日は仕方ない。

 逆に言えばしないでくれって言われた時間は大丈夫だろうと自分に都合良く考える。

 仕事じゃなければ昼休みの時間帯だし。


【From:天満川小町 To:江田島旭

 Sub:もし仕事中なら、返事は後で

 姉貴って今日会社に来てる? 夕べ一回連絡あったきり連絡ないから少し心配】


 さて、どうだろ?

 返事が来ればいいのだが。


 カロリーメイトを食べ終わる。

 空箱をゴミ箱に捨てた所で、いつものツインテールな着うたが鳴った。


「こんにちは、旭です~」


「電話掛けてくれたんだ」


「用件が用件ですから、電話掛けた方が早いと思いまして~」


 旭さんの気遣いに感謝。

 確かに直接話せるならそれに越した事はない。


「今は時間は大丈夫?」


「はい~。時間も場所も大丈夫です~。丁度お昼を済ませたところで、誰にも聞かれない所ですよ~」


 さすがは旭さん。

 その辺は気が回る。

 こちらも遠慮無く話せる。


「それで姉貴は?」


「今朝から来てないですね~。仕事というのは聞いてるんですけど、具体的な事は聞いてません~。シノさんも教えてもらってないみたいですね~」


「そうなんだ」


 みつきさんの名前が出ないということは、みつきさんは知ってるということなのだろう。

 まさか、みつきさんも姉貴と一緒で本当に一夜を明かして現在は職場にいない?

 そんなわけはないか。


「心配なら弥生さんにさりげなく聞いてみましょうか~?」


 やっぱ、みつきさんは役所にいるのね。


「そうしてもらえると助かるけど。危険な仕事じゃないんだよね?」


「それは大丈夫です~。明らかに危険な場合は防衛のために他の職員を尾行や監視につけますけど、そんな危険な仕事は滅多にありません~。作業が一段落つくまでは成功でも失敗でも連絡がないのが普通ですから~」


「ふむふむ」


「もっとも危険な仕事でも、上が面倒臭がって防衛をつけてくれないことがしばしばです~。それで後から事件に発展するのも公安庁です~」


「それって駄目だろ」


「そうなんですけどね~。でも観音さんならその辺の判断は的確ですから大丈夫です~」


 姉貴って職場ではえらく信頼されてるのね。


「それじゃ悪いけど頼める?」


「はい~。それじゃ少々お待ちを~」


 旭さんが電話を切った。

 「少々」ってことはみつきさんがすぐ近くにいるってことかな?

 一〇分くらい経って再び着うたが鳴る。


「旭です~……」


 声の調子だけでどんよりしてるのがわかる。


「何かあったの?」


「いや、観音さんの方は大丈夫っぽいです~。『観音さんだもん。任せておけば大丈夫だから』って平然としてましたから~」


「そう。ありがとう」


 姉貴についてはこれで一応安心かな?

 みつきさんも「観音さんだもん」か。

 姉貴が聞いたら泣いて飛び上がって踊りまくるぞ?

 本当に信頼されてるんだなあ。弟としても少し誇らしい。


「『寝てるんじゃない?』とは言ってましたけど、弥生さんやその上司の緊迫感の無さから、危ない仕事ということもなさそうです~」


 じゃあ俺が学校行ったのと入れ違いに帰ってきたとかかな?

 それでメール打つ間もなく落ちてしまったか。


「なら安心してよさそうだね」


「そっちは……ですね~」


「そっちは?」


 他に何がある?


 すぅ、っと旭さんの息を吸う音が聞こえた。


「小町さんも美鈴君も、うちの建物近くには絶対に近づかないで下さい~」


「はい?」


 なんだそりゃ?


「弥生さん達、漫画読んでまして~」


「うん」


「生返事ばかりするからむかついて取り上げたら、それが『男の娘』物でして~」


「はいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい?」


「四回ぶん殴ってから問い質したら『こんな男なら男でもいいかもな』とかとんでもない事を言い出し始めまして~。もう気持ち悪すぎです~。やめてほしいです~。死んで欲しいです~」


「何でまた……」


 いや原因は見当がつく。

 きっと俺のせいだ。

 みつきさんはねぎを「男の娘」だと妄想し始めてるのだろう。

 「男でもいい」ってのが洒落じゃすまなくなってきたか。


「先日わかったと思いますけど、シノさんって弥生さんの事が好きなんです~。シノさんがこんな事実知ったら発狂しかねないのでこのまま隠蔽します~」


 俺の家族にも発狂しそうなのが一人いるよ。

 喜びと悲しみの両方で。


「隠蔽ってどうやって?」


「私の家に持ち帰って処分します~」


「はあ」


「今日これから外回りなのに~。鞄の中に男の娘漫画とか入れるだけでも耐えられないです~。何かの弾みで漫画が飛び出たら、私恥ずかしくて生きていけないです~」


 萌えイラストに慣れようと頑張っていたところに、これまたヘビーな課題がきたものだ。


「聞きたくないけど、どんな本?」


「雑誌ですね~。見出しには『もう男の娘しか見えない』とか『出てくるのは全員男の娘』とかって書いてます~、表紙はスク水の……男の娘なんでしょうね、これもやっぱりきっと~」


 そんなの出してるのはどこの会社だ。


 スク水とかホイッスルな美鈴でも無理じゃないか?

 もちろん俺だと正視できない姿になった。

 過去形なのが泣ける。

 みんなの幻想をぶち壊してやろうと家で試してみたまではよかった。

 しかし肝心の自分が耐えられなかった。


「そろそろ準備しないとなので失礼します~」


「うん、お仕事頑張って」


「頑張ります~」


 さて、俺も急いで授業に行かないと。


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