13/06/09 アンジュ(2):お兄ちゃん許して、てへ♪
既に夕方。
結局、美鈴の制服は俺と同じ執事服に決まった。
その理由は「普通の制服を着せたら小町君と交換するだろうから」。
ひどすぎる。
もしそうなれば、もちろん交換するけどさ。
例え美鈴がイヤと言ってもムリヤリ脱がす。
マスターは鏡丘さんに「女にしか見えないんだから、もうウェイトレスのままでいいじゃないか」と進言した。
しかし鏡丘さんは「曲がってないからだめ」と、これを却下した。
その曲がってる曲がってないの基準は一体どこにあるんだ。
執事服を買いに行った美鈴が戻ってきた。
一旦リカーに寄ったのだろう、美鈴は既に着替えていた。
髪は三つ編みで後ろに一つにまとめ、まるで都さん。
メイクも落としている。
さすがに眉は描いてるが、それだけ。
しかしメイクしてなくとも、やっぱりこいつの顔は派手。
美鈴見て思うのも何だが、美人ってメイクいらない気がする。
鏡丘さんが美鈴に目を遣る。
「まあいいでしょう。接客に戻るのを許してあげる……ぷぷ」
手に口を当て、いかにもこみあげる笑いを堪えるといった様。
自分でやらせておいてひどすぎる。
さすがに執事には絶対見えない。
だけど格好自体はそれなりに似合っている。
入学式の時だって普通の男性用スーツだったし、考えてみれば当たり前だ。
ただウェイトレスの方が、遙かに明らかに似合うってだけで。
「畜生、今に見てろ……」
美鈴が拳を握りしめて悔しがる。
でも本来は悔しがる所じゃないはずなんだが。
こいつとしては念願の男扱いをされているのだから。
さて、いつまでも油打ってるわけにはいかない。
仕事しよう。
──フロアに体を向けかけると、美鈴がちょいちょい腕をつついてきた。
「買物の道中にスマホいじってたら、こんなの見つけました」
美鈴がスマホを差し出す。
「ヒゲダルマのマスター日記」じゃないか。
「小町君の部屋」が更新されてる……って、おい!
「鏡丘さん! この写真をどっから手に入れた!」
「何のこと?」
鏡丘さんがきょとんとする。
だけど俺は騙されないぞ。
眼前にスマホを突きつける。
「『この俺のメイド写真をアップしたのは鏡丘さんだろ』って言ってるんですよ!」
そこにあったのは、先週メイドカフェでやらされたメイド姿の画像だった。
「知らないよ? マスターじゃない?」
「嘘つけ!──」
一応、マスターに視線を投げる。
ふるふると首を振ってきた。
だよな。マスターじゃないよな。
鏡丘さんに再び視線を戻して睨み付ける。
「──美鈴が体の中心で真っ二つじゃないですか。こんな不自然な位置でカットする意地悪な人は鏡丘さんしかいない!」
マスターなら美鈴も一緒に載せて宣伝に使うだろうからな!
「ちっ」
「舌打ちで逃げられると思わないで下さい。美鈴に散々『客に媚びを売るな』って言ったのはどこの誰のどの口でしたっけね。この俺の写真はアンジュの客達に思い切り媚びを売ってるのと違いますか?」
美鈴、お前が散々いじられたカタキは今取ってやるぞ。
鏡丘さんがぴとっと寄り添ってきた。
人差し指で俺の肩から腕をつつっとなぞってくる。
袖口まで指先がくるとシャツをつまみ、首を傾げて上目遣いで見つめてきた。
「お兄ちゃん許して、てへ♪」
背筋がぞぞっとする。
「妹属性なめんな、ど畜生おおおおお! それが似合うかどうか、これまでの自分の行いを振り返ってみろ!」
「巨乳な妹が好きな癖に」
「だから、あんたのどこがどの様に妹なんだよ!」
「ふーん。じゃあ、小町君の言う妹ってこんな人?」
鏡丘さんが指を差すので振り返る。
「そう。こんな人。鏡丘さんも見な──」
──らえって、え?
「頑張ってる様ですね~」
旭さん!?
このパターン三回目にしてようやくまともな人が来た!
「どうしたの? 仕事は?」
「予定よりかなり早く終わったので、お詫びがてら参りました~。決して『先日のメイド姿をネットで見たからバイト先に行ってみよう』と思いついたわけではありません~」
ということはメイド姿の写真を見たからアンジュに来てくれたのか。
鏡丘さんに感謝だな。
……って、んなわけない!
旭さんは姉貴や美鈴と違う。
言葉その通りの意味だ。
まあ、写真は……見たんだろうけどさ……。
「席にあんな──」
──いするって言う前に、旭さんはウェイトレス達へ抱きついていた。
「このベストで無理矢理抑え付けられた胸がたまりません~。まるでラテックス枕の高反発がごとくです~」
それってどんなんだ。
「そのひっつめた髪のおでこに照明が当たって光るのを眺めるだけで、ケーキがいくらでも食べられそうです~」
もっと訳わからん。
マスターが俺の所にやってくる。
「小町君、君は友達にどういう教育をしてるんだね」
苦々しげな様な、呆気にとられたような。
はい、そうですね。
営業妨害以外の何物でもありませんよね。
旭さんを止めないと。
──いや、待て。
旭さんが鏡丘さんの前で立ち止まり、静止した。
固まったというべきか。
「旭さん、どうした?」
そう言えば「旭チェック」って、旭さんに敵意を持つ人を見抜くんだったっけか?
「目の前の人外から敵意を感じる?」
旭さんが目を伏せ、首を振る。
「失礼ね。全身で愛情を表現してるじゃない」
確かにそうだ。
鏡丘さんは旭さんを受け止めようと、両手を広げて待ち構えている。
それも涎を垂らしながら。
「その方の言う通りです~。確かに愛情のオーラが溢れています~」
「そうでしょう、そうでしょう。私もあなたが大好きよ」
「でも、この人に抱きついたら、私の大切な何かが奪われそうな気がします~。『旭チェック』が『この人には抱きついてはダメ』と特別警戒警報をガンガン鳴らしてます~」
旭さん。きっとその警報は間違ってないよ。
「ちっ、あと少しだったのに」
あんたはいったい何を奪うつもりだったんだ。
「旭さん、お久しぶりです。席に案内します」
美鈴が案内を申し出る。
しかし旭さんはきょとんどする。
いったいどうした?
旭さんがポンと手を叩く。
「あー、誰かと思ったら美鈴君だったんですね~。今更男の振りしたって全然似合わないですからやめた方がいいですよ~」
旭さんから見たらそこまで違うのか。
そういえば抱きついてないし。
哀れ美鈴。
旭さんから天然にとどめを刺されてしまった。
「小町さん……急に御手洗い行きたくなりました……旭さんを僕の代わりに案内してあげて下さい……」
美鈴は辿々しげに言い終わると、肩をすくめながら店外にとぼとぼ歩き出した。
「旭さん、こちらに」
案内してオーダーを受けながら思う。
美鈴ってウェイトレスの格好してた時、男子トイレ使ってたんかな?
トイレは客と共用だから、出くわした客はびっくりすると思うんだが。
……まあ、今の格好でも顔は女だから同じ事か。
確かに本日の秋葉原の予定は潰れてしまった。
だけど旭さんは、約束でもないのにわざわざアンジュに来てくれた。
予定通りいくよりもこちらの遙かに嬉しかったかも。
うん、今晩はいい夢が見られそうだ。