13/06/09 アンジュ(1):じゃあ天然で媚びてるんじゃん
場所は秋葉原。
天気は快晴。
隣には旭さん。
ああ、これも美鈴のおかげ……のはずだった。
美鈴が鏡丘さんにやられて泣いた直後のこと。
旭さんから「ごめんなさい。仕事が入りました~。この埋め合わせは必ず~」との電話があった。
泣きたかったけど仕事なものは仕方がない。
「気にしないで」とだけ告げて電話を切った。
美鈴は更に泣きじゃくってしまったが。
と言うわけで、本日は休みを取りやめてアンジュにいる。
俺が家を出る前、姉貴は朝っぱらからマッシュに励んでいた。
「お前が旭さんの代わりに仕事に行け!」、そう叫びたくなったが我慢した。
そしてアンジュ。
俺の眼前では頭の痛くなる光景が繰り広げられている。
美鈴と鏡丘さんが激しく言い争っている。
鏡丘さんが美鈴に「あなたは厨房ね」と命令をしたのが、そのきっかけだ。
それまではフロアでウェイトレスをしていたのだが。
「なんで僕が厨房なんですか。ウェイトレスで入ったはずでしょう!」
ウェイトレスで入ったわけじゃなくて接客で入ったんだろ。
お前はあくまで男だ。
「女装した変態男に、これ以上接客なんてさせられると思ってるの?」
あんた、俺に思い切り女装させようとしてたよな。
「こういうときだけまともな事を言わないで下さい!」
「私のどこがまともじゃないと?」
「その腐りきった頭、人外じみた各種能力、青と金のオッドアイまで全てです!」
「頭と人外は認めてもいいけど、親からもらった顔を侮辱するのはやめてくれない?」
鏡丘さんが顔をしかめて怒りを露わにする。
頭と人外を認めたことはおいといて。
「ごめんなさい。僕が言い過ぎました」
これは鏡丘さんの方が正論。
さしもの美鈴も頭を下げる。
いいようにやられてるよなあ。
そう思ったところで美鈴は頭を上げ、すぐさま言い返す。
「でも僕の接客が完璧なのは鏡丘さんだって見てたでしょうが。トレイ扱いだって小町さんよりよっぽどうまいし」
大きなお世話だ。
「そうねえ。きっと昨日は徹夜で特訓してきたんだろうねえ。目が赤いし」
「これは元からです!」
「特訓は本当でしょう。それだけ他人に弱みを見せるのがイヤなんだろうけど。だからって先輩たる小町君に、侮辱ともとれる言葉吐くのが許されると思ってるのかな?」
トレイ扱いの特訓って……美鈴の負けず嫌いも相当だ。
「くっ…………」
鏡丘さんの更なる正論。
美鈴が黙り込んでしまった。
その正論として持ち出された俺の側も微妙な気持ちなのだが。
「わかんないかなあ。美鈴君の『僕は可愛い』って態度が鼻持ちならない女性客だっているの。一方で男性客には流し目線や上目遣いで媚び売るわ。ここはキャバクラやガールズバーじゃないんだから少しは考えてよ。店としては大迷惑なの」
「媚びなぞ売った覚えはありません」
美鈴がぷいっと横を向く。
「じゃあ天然で媚びてるんじゃん。最悪すぎる」
「うるさい! 大きなお世話です! それに小町さんには執事させてるじゃないですか。あれのどこが客に媚びてないんですか!」
美鈴が俺を指さしながら怒鳴る。
いいぞ、美鈴。
もっと言ってやれ!
「あれは嫌がるのを無理矢理やらせてるからいいのよ。自分から女装して美人自慢するのが変態以外の何だと言うの?」
全然よくねーよ。
「変態言うな!」
「そのゆるふわロングに全身剃ってつんつる状態。メイクにマニキュア。胸に入れたパッドに至るまでどこが変態じゃないというのか、御自慢の頭で論理的に私を説得してごらん?」
「ぐっ……」
またも美鈴が言い返せなくなる。
悪いがここは鏡丘さんに同意せざるをえない。
「仕方ないわね。今から美鈴君の男性用制服を買いに行ってあげる。この中からどれか好きなのを選びなさい」
鏡丘さんから美鈴に三枚の写真が渡された。
美鈴は手に取った写真に目をやる──や、鏡丘さんの顔面に叩きつけた。
「選べますか!」
写真が宙を舞いながら床に落ちる。
一体何が写ってたんだ?
拾って見てみる。
うわ懐かしい!。
ハードゲイだ。
所謂ボンテージ。
次いで西川○教。
それもかなり昔の曲「Wh○teBre○th」のPV画像。
上半身裸の上にスーツにマフラー。
ごく一部では強風が吹くと、画像みたいに陶酔しきってマフラーを振り回すTMRごっこが流行ってるとか。
最後は某ゴルフオンラインゲームに出てくる男性キャラ。
周囲は雪が降り積もっているのに黒パンツの上半身裸。
上着すら着ていない。
寒くないのか。
美形ながら「変態」と呼ばれるだけはある。
こんなので接客させたら、ウェイトレス制服より遙かに店の品性を疑われるだろ。
「女性のパンツを顔面に被って、さらに股に食い込ませたパンツを肩に掛けたコスを用意しなかっただけマシだと思いなさい!」
「あなたは一体いくつだ! 僕の産まれる前の漫画の話をされても知るか!」
年代まで知ってるじゃないか。
「生憎と産湯に浸かった時からジャ○プを読んでるものでね」
いや、それもおかしい。
「鏡丘君、そろそろ勘弁してあげなよ」
マスターが見るに見かねてかやってきて間に入った。
鏡丘さんが無言で一睨みする。
マスターは体の向きをくるりと変え、すぐさまUターンした。
……あなた、鏡丘さんを使いこなしてたんじゃなかったのか。
しかし、鏡丘さんって実はすごいのかも。
人外なのはおいて、その他の部分で。
あの美鈴をここまでいいようにあしらうなんて。
しかも俺が美鈴をかばえない様に話を展開させてるし。
フロアに目をやる。
二人が言い合ってるせいで、人手が足りず仕事が回ってない。
仕方ない、俺が行こう。
美鈴頑張れ。
心の中でだけ応援してやる。
悪いが俺もマスターと同じ。
あの人外に面と切って逆らう度胸はない。