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13/06/08 アンジュ:言えなければ採用しないからね。

 いつものアンジュ。


「小町君、これ先週の分ね」


 マスターがラッピングされた小箱や小袋を渡してくる。

 今回の中身は香水のミニボトルや試供品。

 あまりに変な物ばかり贈られるので「小町君の部屋」なるたわけたコーナーに次の一文を載せてもらったのだ。


【ただいまボクに似合う香水を探してます。

 あなたのオススメ香水を教えてもらえたら嬉しいな♪

 もし実物を贈っていただけるなら……

 お持ちになってる品を小分けにして下さるか、試供品でお願いします♪】


 「♪」とか気持ち悪い。

 「くれ」と言わんばかりの文章で、浅ましく見えて自分でも不快。

 だけど、このまま高価な女性向けのプレゼントを渡され続けるよりはマシ。

 例え使わない物であっても精神的に負担だ。


 案の定、中身は女性物ばかり。

 だけどユニセックス物が多いのがまだ救われる。

 多少なりとも男性とは見てもらえてる様で。


 一番多いのはライトブルー。

 無難なのもあるだろうけど、やはりイメージなのかなあ。

 姉貴と一緒じゃなければライトブルーでもいいんだけど。

 青リンゴの匂いは俺も好きだし。


 でも何て言うのかなあ──なぜ、この香りが自分の香りか。

 せっかく香水つけるなら、そう説明できる何かが欲しい。


 例えば美鈴のフラジャイル。

 意味は「不安定」。

 美鈴曰く「いかにも僕らしい」。

 確かに美鈴を一言で表現している。

 香り自体もかなりクセがあって人を選ぶところが余計に気に入ってるらしい。


 姉貴の場合はD&G好きもあるけど純粋に匂い。

 涼しげな自分に合ってるということで気に入ったとか。

 冷酷ってのも言い方を変えると綺麗に聞こえるものだ。

 売れてるおかげで目立たずにすむというのも理由らしい。

 スパイに個性は不要というのが姉貴の弁。

 ごもっともだ。


 何だかんだ言って、姉貴は例えみつきさんとつきあえても、フェミニンには絶対に変えないだろう。

 もし変えたとすれば、一方のみつきさんの側がきっと姉貴に幻滅する。

 マッシュでのねぎがみつきさんの理想だとするなら、みつきさんが求めてるのは自分を持って対等に張り合える存在。

 その辺りは何となくわかるから。


 開店してしばらくすると美鈴がやってきた。

 用件はバイトの面接。

 俺が休みを取りやすくなる様、美鈴にバイトに入ってくれる様に頼み込んだのだ。

 マスターには、明日休みをとることと合わせて伝えてある。


 マスターは俺が休みを取りたいと言えば約束通り取らせてくれる。

 だけどアンジュは常に人手不足なのが実情。

 言質を盾に取って好き放題振る舞うわけにもいかない。

 人手が増えればその分休みやすくもなるし。


 美鈴は「なんで僕があの人外と一緒に働かなければいけないんですか」とかぶつぶつ言ってたが、結局は「仕方ないですねえ」と引き受けてくれた。

 この辺りはいかにも美鈴らしい。


 マスターを連れてくる。

 美鈴が挨拶の会釈をした後にマスターに申し出る。


「以前は失礼しました。アンジュで働かせていただきたいのですが」


 申出の後、頭を深く下げる。


「マスター、ウェイトレスの制服でいいなら雇ってくれるって言ってましたよね?」


「う……ん。僕はいいんだけどさ。鏡丘君の了解を取ってもらえないかな?」


 マスターが少し気まずそう。


「はい? なぜ鏡丘さん?」


「女性同士集まるといざこざも起こりやすいじゃない? だから鏡丘君をアルバイト代表ということで採用を任せてるの」


 納得はするけど代表の人選を誤ってないか? 

 いや、むしろ適切な人選というべきか。

 不気味な程に。


「僕の時はそんなのありませんでしたよね?」


「小町君はあくまで男性バイトだし、元々みんなも小町君の事は知ってたから。それに了解取るまでもなく鏡丘君から『マスターが小町君を奪え』って指令を出されてたし」


 おい。指令云々は見逃してやるから「リカーから」とかつけてくれ。

 それと美鈴は一応男性なんだが。


「でも先日の様子からすると、鏡丘さんが素直に『うん』と言いますかね?」


「僕も雇うと言った以上は口添えするから」


 マスターが頭をかきつつ苦笑いを浮かべる。

 バイトより弱いマスターってどんなんじゃ。


 鏡丘さんを呼んでくる。


「ふーん、美鈴君がうちでバイトねえ」


「はい。是非とも働かせていただければと」


 台詞の後に美鈴がほんの少しだけ頭を下げる。

 マスターへの態度と違いすぎるだけに「この僕様が人外のお前如きに頭を下げてやってるんだぞ」とでも言いたげな本音が伝わってくる。


「まあいいか。今から私の言う事を復唱できたら採用してあげてもいいよ」


「はい。ではお願いします」


 鏡丘さんが腕を組んでふんぞり返り、

 いかにも偉そうな姿勢で構える。


「僕は淫乱ビッチで汚らしい雄豚です」


 一応「雄」なんだな。

 って、ちょい待てや!


「ふ──」


 美鈴が怒鳴る前に、マスターが鏡丘さんの後頭部をトレイの裏側で力一杯引っぱたいた。


「マスター痛いよ」


 鏡丘さんは後頭部をさすりながらマスターを涙目で見上げる。


「『痛いよ』じゃないよ。一体この変態は店内で何を言ってるんだろうね!」


「ちっ。次行くよ」


 行くんかい。

 鏡丘さんが再びふんぞり返る。


「僕は小町さんをおかずにして毎晩いやらしい事をしています」


 その台詞が耳に届いた瞬間、俺はマスターに手を伸ばしていた。

 トレイを受取り、側面で鏡丘さんの脳天を突き刺す。


「小町君痛いよ」


 鏡丘さんが脳天を押さえながら涙目で見つめてくる。

 オッドアイが無駄に綺麗。


「『痛いよ』じゃありませんよ。一体このど腐れ人外は店内で何を言ってるんでしょうね!」


「ふん。次行くよ」


 また姿勢を戻しやがった。

 もうやめろよ。


 予め美鈴にトレイを渡そうとしたら「美鈴君が私をひっぱたいたら、その時点でアンジュから即座に放り出す」と制止された。


「我が店と我が店員の偉大なる領導者鏡丘同志に忠誠を誓う事を宣言します」


「あなたは何処の独裁者のつもりだ!」


 美鈴が叫ぶ。


「別にいいんだよ? 言えなければ採用しないからね。私の眼を見て視線をそらさずに言うんだよ?」


 もう見てられん。


「い──!」


 「いい加減にしろ!」。

 そう叫ぼうとしたらマスターがゴツい手で口を塞いできた。

 続いて耳打ちしてくる。


「鏡丘君は美鈴君を試してるんだよ。客商売である以上、多少の理不尽には耐えられないとだめだから。美鈴君ってプライド高くて他人に頭下げられない人でしょ?」


 確かに……。

 これくらいは普通の人なら冗談で片付けられる範囲だしな。

 美鈴の性格からすると冗談じゃすまないのだが。


 美鈴は鏡丘さんを睨み続ける。


 しばしの空白が空く。


 美鈴が下唇を噛む。

 そして小さな声を漏らし始めた。


「わ、我が店と我が店員の……い、いだ、偉大なる領導者鏡丘同志にち、ち、ち、ちゅう……忠誠をちか……誓う事を宣言します」


 美鈴の顔は屈辱に塗れている。

 体はわなわな震えている。

 僕が何でこんな奴にと思っているのが言葉に出さずとも伝わる。

 しかし視線をそらさず、最後まで言い切った。


「まあ、いいでしょう」


 鏡丘さんが身を翻す。

 更衣室に向かったのだろう。


 戻ってきた鏡丘さんが、持ってきたウェイトレスの制服を美鈴に渡す。


「男性用はマスターに用意させるから、しばらくは本当にこれで働いて。着替え場所はリカーの事務室を使ってもらうから、小町君に案内してもらって」


 美鈴をリカーに連れて行く。

 階段の踊り場まで来たところで、美鈴が抱きついてきて大声で泣き出した。


「小町さああああああああああああああああああん」


 美鈴の頭を撫でる。

 フラジャイルって「壊れやすい」って意味もあったっけ。

 ごめん、美鈴。

 今晩は何でも好きな物奢ってやるからな。


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