13/06/07(3) 自宅:ライトだったら採用しなかったかもしれない
付箋を剥がす。
ぺりっと剥がす。
俺も姉貴も無言。
ただひたすらに付箋を剥がし続ける。
姉貴をちらっと見る。
いつも通りの無表情だが、どことなくしょぼくれている様子。
きっとネタバレしてしまったことを反省しているのだろう。
ネタバレは犯罪であり重罪。
姉貴もそれはわかっているはず。
でも、ついイラっとしたのを思い出してやってしまったというところかな。
あの一二巻は元々用意していた代物。
その上であんな会話の流れなんて読めるはずがないのだから。
恐らくは頃合いを見て俺に渡して読ませて、それからグチり合う目算だったのだ。
そんな不快なエンドなら、別にネタバレされてもどうということはないのだが。
ったく、こういうつまらないところだけは反省しやがる。
外からしとしと雨の降る音が聞こえだした。
……はあ、仕方ないな。話題を振ってやるか。
「姉貴」
「ん?」
「公安庁がミリオタを嫌うのはわかった。じゃあどんな人なら採用されるの?」
「野球部のキャッチャー」
はあ?
姉貴は無表情のまま。
茶化している様子には見えない。
「どういう意味?」
「公安庁の野球部でキャッチャーやってた人が退職したんだ。そこに『野球やってます』って学生来たから、ポジション聞いたらちょうどキャッチャー。それで内定出た」
あの……。
「そんな理由があるか!」
「恋愛はタイミングって言うだろう。恋愛に例えられる就活も同じだよ」
もっともらしく聞こえるけど、恋愛音痴の姉貴が言っても説得力ない。
「そんなの助っ人呼べばいいだろうが!」
「キャッチャーなんて簡単に見つかるかよ。『巨○の星』でキャッチャー見つけるのにどれだけ苦労したと思ってる」
そんな昔のマンガどこで読んだ。
俺は持ってないぞ?
出元が俺の部屋じゃないと、それはそれで怖くなる。
もういいや。
姉貴のこうした物言いはいつものことだし、キリがない。
「じゃあ他にはどんな人が採用されるの?」
「ギャルゲー好き」
はあ?
姉貴は無表情のまま。
茶化している様子には見えない。
「どういう意味?」
まったくさっきと同じことを思って、同じことを口にしている気がする。
そして姉貴も同じく無表情のまま。
「小町は『EVE burst error』というギャルゲーを知ってるか?」
「ううん?」
首を横に振る。
「『にわか』が」
「なぜ姉貴にそんなこと言われなければならない!」
しかもやっと表情変わったと思ったら!
その見下した目はなんだ!
「オタなら誰でも知っている二〇年前の名作だからだよ。私でも知ってるのに」
「俺が生まれた頃のゲームタイトル持ち出されても知るか!」
「『To Heart』と三年しか変わらないんだけどな。しかも『魔人探偵脳噛ネ○ロ』のヒロイン桂木弥子の名前はEVEからだぞ」
そう言われると急に恥ずかしくなった。
その台詞を吐いたのが実の姉だと思うと更に恥ずかしくなった。
「しかもEVEを作った人は『神のみぞ○るセカイ』の作者から『この人の作ったゲームがなかったら本作は生まれなかった』とまで言わしめて──」
「もういいから! それで?」
「リクルーターがある学生──今は職員に『公安庁をどこで知りましたか』と聞いた時の話だ。学生は『EVEというゲームで知りました』と答えてさ」
「EVEって公安庁が舞台のゲームなわけ?」
姉貴が首を振る。
「いや、探偵と内閣情報調査室職員のツイン主人公物。ただ、この二人が公安庁のデータベースにハッキングするんだよ。ここはEVE屈指の名シーンと言われている。あと公安庁職員と思しきヒロインもでてくる」
「じゃあギャルゲーを面接の場で持ち出すというのは?」
「普通はやめた方がいいな、社会常識を疑われる」
だよな。
ついでだし、これも聞いておこう。
「『ブラッディ・○ンデイ』みたいな公安庁が主役のマンガもそうなの?」
「むしろ、いじめた。『あれのドラマは公安庁から警察に変更されてましたよね。それなのにどうして公安庁なんですか』って」
いじめた……って、本人談かよ!
姉貴みたいな面接官に当たった学生には同情を禁じ得ない。
「じゃあ、その人はどうして採用されたわけ?」
「まず公安庁に限れば、その手の話題に鷹揚な人が多いから。特にEVEはギャルゲーながら本格サスペンスとしての評価が高いし、その昔は庁内報で紹介されたくらい。だから知っている職員も割といる」
「へえ……」
「そのリクルーターもEVEをプレイしていたそうなんだが、あえて知らぬ振りして『どんなゲームなんですか?』と問うた」
「ふむ」
「すると学生は、実に面白おかしくEVEの魅力を語ってみせた。そして架空から現実の公安庁や内調の話題に移し、具体的な志望動機をつなげたわけだ。リクルーターは、つい面白おかしく聞いてしまっていた自分に気づき、最高点を与えたという」
「なんだかなあ……」
一見もっともらしく聞こえるが、実に嘘くさい。
都合のいい話というか。
姉貴が嘘を吐く時は嘘っぽい嘘を吐くから、きっと本当なんだろうけど。
姉貴が見透かした様にくすっと笑う。
「これは本当の話だよ。このリクルーターだけでなく、人事課の評価も満点だった。『あいつ面白い』って」
「そりゃ面白いかもしれないけど」
「面白いことが大事なんだよ。スパイは人に会う商売なんだから」
「はあ」
俺の生返事を他所に、姉貴が続ける。
「さっき『ミリオタは嫌われる』と言ったけど、実は必ずしもそうではない。ギャルゲー以上にハードルは高いけど、もし私達に対してミリタリ知識を興味深く楽しく聞かせることができる学生がいたなら、そいつはきっと採用されると思うよ」
なるほど、姉貴の言いたいことがわかってきた。
「要するに、必要なのはコミュ力?」
姉貴が頷く。
「さすがにさっきの学生は極端だが……都やシノや旭を考えてみろ。話しやすいだろ。公安庁が好むのはああいうタイプだよ。容姿も踏まえた上でな」
旭さんやシノさんは別格としても、都さんだって一般的には美人の部類だ。
単に地味にしているから目立たないだけで。
「つまりリア充が好まれるってこと?」
「それとはちょっと違う。リア充とコミュ力は必ずしも一致しない」
「そうか?」
美人でコミュ力あるなら普通はリア充だと思うんだが。
しかし姉貴は信じられない言葉を吐いた。
「都を見てみろ。彼女も私と同じく年齢イコール彼氏がいない。それでリア充と言えるか?」
「それが唯一の友達に吐く言葉か!」
この女ひどすぎる!
俺は今、都さんに心から同情した。
「だから『私でよければいつでも恋人になる』と言ってるのに、振られ続けてる」
「姉貴にはみつきさんがいるだろうが!」
「だから彼氏にみつきさん、彼女に都。これで三人うぃんうぃんげーむ」
姉貴も鏡丘さんに毒されてきてないか?
「こないだも思ったけど、どうして『うぃんうぃんげーむ』だけ発音がおかしいんだ?」
「雰囲気でそれっぽい事言ってるだけだから。可愛くないか?」
「似合ってないから今すぐやめろ。可愛いどころか不気味だ」
「ぶーぶー」
「吐き気がするからそれもやめろ」
こいつが唇を尖らせても全然可愛くない。
それどころかその唇をつまんで捻りあげたくなる。
「小町が冷たいし、ここらでお茶でも入れて一息つこうか」
どこがどうなってここらなんだよ。
全然脈絡ないじゃないか。
ああ、そうだ。
「姉貴」
「ん?」
襖に手をかけた姉貴の、背中越しに問う。
「キャッチャーの話の方もホント?」
「少なくとも採用の決め手になったという意味では本当。『ライトだったら採用しなかったかもしれない』って人事が言ってた」
公安庁、わけわからん……。