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13/06/07(2) 自宅:落とすに決まってる

「小町、ちょっとスキャナ借りるぞ」


「いいよ~」


 本の自炊(電子化)か。

 姉貴は襖を開け放しのまま姿を消し、雑誌を大量に抱えて戻ってきた。


 雑誌が床にどさりと置かれる。

 雑誌というより、正確にはパンフレット。

 タイトルにはハングル文字、その横には「イオ」と書かれている。


「これは?」


「私の担当してる組織が出してる雑誌。役所で処分するのをもらってきた」


 また随分と珍しい。

 姉貴が俺の前でこんなもの広げるなんて。

 これは間違いなく仕事絡み。

 あちこちに付箋も貼ってあるし。


「いいの?」


「これ自体は普通の雑誌、別に機密でもなんでもない。中身読んでみな」


「うん」


 冒頭はいかにもその手の人が訴えたいであろう政治的トピック。

 でもそれ以外は確かに普通の雑誌。

 著名人へのインタビューだったり、美味しい店の紹介だったり、料理のレシピだったり。

 紙も上質紙でカラフルで軽めの文体で読みやすい。


 俺は思想だの政治だの全然興味ないし、むしろメンドクサイと思う側。

 それでも、さほど抵抗なく読める。


「案外押しつけがましくなくて読みやすいだろ?」


「うん、これくらいなら」


「要は広報誌だからさ。このくらいに軽くしないと受け付けない人が増えてるんだよ」


「へえ」


「お前が『ウヨもサヨもうざい』と思うのと同じだ。『若い』人はこっちもあっちも事情は一緒。私だって仕事じゃなければどうでもいいよ」


 さり気なく、自分も若いと言いたいらしい。

 マジメなお題なのに「構って」なオチをつけるところが、やっぱり姉貴だ。

 

 姉貴が隅っこに置いてある裁断機を抱える。

 一二キロあるのに、いかにも軽々と。

 やっぱり姉貴って、さり気に怪力だよなあ。


 姉貴は部屋の真ん中に裁断機を置くと、イオを一冊手渡してきた。


「貼ってある付箋、全部剥がしてくれ」


 そうしないとページスキャナを通せないからな。

 付箋がついている箇所を見ると、どれもこれも神奈川県内の記事。

 内容は地域の催物とか色んなお店。

 明らかに姉貴の興味なさそうなテーマも多い。

 なんとなく姉貴の仕事の一端が窺われる。


「なあ、姉貴」


「ん?」


 姉貴が付箋を外す手を休めず返事する。


「やっぱり姉貴の職場ってミリオタ……ミリタリーオタクが多いの?」


 一応丁寧に言い直す。


 さっきの姉貴の「どうでもいい」、これは間違いなく本音。

 姉貴は政治だの軍事だのには一切興味ない。

 一緒に住んでいれば、そこはわかる。

 シノさんも旭さんも姉貴と同じに見える。


 でもこういう仕事に就きたがる人って、俺からすればミリオタなイメージなんだよな。


「ミリオタでわかるよ。うちの場合は治安や諜報ヲタも全部ひっくるめた総称でミリオタって呼んでるけど」


「ふむふむ。それで?」


「いるけど、あまり多くはないな。少なくとも採用時点でミリオタはほとんどいない」


「そうなの?」


 かなり意外な答えが返ってきた。


「特にキャリアに限れば、人事はミリオタを嫌う。これは公安庁に限らず警察庁も防衛省も基本的なスタンスは一緒、いかにもミリオタが好みそうな官庁な」


 かなり意外な答えが返ってきた。


「どうして?」


「軍も警察も権力の象徴だろ。権力を振るいたがる『危ない人』に映るんだよ」


 確かにそんな人が国を動かすとなったら、国民としても怖い。


「役所の人事もその辺の人と同じ感覚ってことか」


「そういうこと。別に戦艦を擬人化した美少女達を愛でるくらいなら構わないけどさ」


 興味ない人は構うと思うけど、どうでもいいな。

 二次オタは迫害されてなんぼだが、それを姉貴に言っても始まらない。


「軍事知識とか役に立つんじゃないの?」


「立たないよ。専門的な知識が必要だったら防衛研究所に回すし、ハンパな知識は先入観につながるからむしろ使えない」


「ハンパって?」


「小町は、政府が国民に真実を伝えてると思うのか?」


「イヤな台詞だな!」


「私でも知ってるほどの大嘘っぱちが世間の常識としてまかり通ってるくらいなのに……ああ、それもまた嫌われる理由だな」


「というと?」


「ミリオタに限らずオタク全般に言える話なんだけどさ。オタって自分の得意分野の話になると、相手の都合も構わず語り出す人多いだろう」


「多いな」


 オタクあるあるな光景だ。

 話が通じると思うや、一方的に自分の趣味をおしつけてくるやつ。


「もし小町が採用の面接官だとしよう」


「うん」


「妹属性のお前に、学生は熱く妹属性の魅力を語ってくる」


「喜んで聞いてやるぞ」


 姉貴は俺の返事をスルーするかごとく、素知らぬ顔で続ける。


「しかしその学生の願望は『実妹から告白されたい、キスしたい』」


「はあ?」


「聞くまでもなく、お前は近親愛否定の立場だよな」


「当然だろうが」


 俺が姉属性全般受け付けないのは実姉がいるから。

 これが妹になったところで近親の生々しさが消えるわけじゃない。

 義妹ならまだしも実妹なんて考えられるわけがない。


「それが『私達にとっての常識』としよう。しかし学生は、地味子に『気持ち悪い』とまで言われても兄をゲットし、ちゅっちゅしながら疑似結婚式まで挙げた妹ヒロインへの憧れを蕩々と──」


「何の話だ!」


 姉貴がしれっと答えた。


「今日完結したラノベのエンド。一二巻だったかなあ……」


 はあ?

 それってまさか……。


「『俺妹』かよ!」


「略称は知らないけど、なんかそれっぽいタイトルだったかなあ……」


「『かなあ……』じゃないだろ、楽しみにしてたのにネタバレしてるんじゃねえよ!」


「それはすまなかったなあ……お前の部屋で一一巻までは見かけた気がするけど……」 


 なんてわざとらしい棒読み口調。


「漁るなよ! しかもわざとかよ!」


「じゃあお前は、そんな不謹慎エンド読みたかったか?」


 むしろ一一巻までを、今すぐブック○フへ持っていきたくなった。

 掲示板や尼レビューは今ごろ炎上してるんじゃないのか?


「なら、そこはいい。どうして姉貴が今日発売のラノベのエンドを知っている?」


「みつきさんが職場で『裏切られた!』って叫んでたんだよ。『ほのぼの兄妹コメディのつもりで読んでたのに、まさか真の実妹エンドだなんて』って」


 ……心底同情する。


 みつきさんには確かにダメージ大きいだろう。

 現実にブラコンの実妹がいるのだから。

 最初は妹のため力一杯頑張る兄の微笑ましい話だったのに。

 どこで間違えてこうなった。



「で、話を戻そう。そんな話を学生は一時間以上続けた。お前ならその学生どうする?」


「落とすに決まってる」


 同じ妹属性ながら、まったく相容れない。

 一時間もそんな話を続けられたら、鏡丘さん以上にSAN値を減らされそうだ。


「そういうこと。場も弁えず自分の興味だけ話し続ける学生なんて要らない」


「納得はしたけど、随分と長ったらしくて凝った例えだったな」


 姉貴がイオの束の合間から、何か引っ張り出す。

 出てきたのは平たい紙袋。

 それを手渡してきた。


「やる」


 中を見ると「俺妹」の一二巻。


「やるって……」


「みつきさんがあれだけキレるなんて、どんな話かなあと買ってみた」


「買ってみたって……」


 どうせ姉貴のことだから、俺の部屋で一一巻までは読んでるんだろうけど。

 みつきさんの反応を見て、俺が最終巻を買うまで待ちきれなかったってことか。


「正直言って、私も不快だった。本当は先に読んでもらってグチろうと思ったんだけど、我慢できなくてな……」


 なんてありがたくない贈り物なんだ。

 そんな不快なエンドが載った最終巻を渡すのってどうなんだよ。


 と言っても、ここまで集めた以上は読まないわけにもいかないし。

 どうせ買ってはいただろうし。

 六八〇円浮いたのは間違いない。

 姉貴の浮かぬ顔を見れば、本当に不快だったのもわかるし。

 

「ありがと」


「今晩中に読んでおけ。明日私が責任もって、ブッ○オフに全巻セット運ぶから」


 そして、この発想。

 やっぱり俺達は姉弟だ。


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