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12/10/01(2)&10/06 自宅:これやる

  

 タタタタタタタタタタタタタタタタ


 そこにはすさまじい速度でキーを叩く姉貴の姿があった。 

 恐らくリズムには合ってるのだろうが、あまりに早すぎてわかりやしない。


 つまり、姉貴のやっているのは──俗に言う「音ゲー」だ。 


 ──曲が終わったのを見計らってコーヒーカップを傍らに置く。


「小町、ありがと」


「姉貴、調子はどう?」


「うーん、このかた引退してたしなあ。まだ昔の勘が戻らない」


 いかにも疲れたとばかりに左手をぶらぶらさせながら、右手でカップをとる。 


 姉貴はネトゲ自体は初めてではなかった。

 本人曰く「自称音ゲーの女王」。

 自称とついてはいるが、本当に女王なのは見てわかる。

 一ゲームあたりの時間が短いから、息抜きに丁度良かったのだとか。

 それにしてもここまでやりこむなんて。

 やっぱりこの女はバカ極まりない。


 その姉貴がどうして復帰したかというと……。


「姉貴、本気で『マツコン』で優勝する気?」


 「マツコン」とは「マツタケ狩りコンテスト」の略。

 マッシュの中で行われるイベント。

 マツタケ狩りと呼んではいるが、リズムに合わせて次々に出現するマツタケをクリックしていくだけ。

 つまりただの音ゲーだ。


「だって優勝すれば一週間ずっと町中に私の銅像が建てられるし。目立つぞ~」


 この女は一体何をにまにましているのか。


「本気でそう思うなら、飾られても恥ずかしくないキャラに作り替えろ。いつまで無愛想でかわいくないデフォルトキャラのままなんだよ」


「だって目立ちたくないもの」


 どっちなんだよ。


「つーかさ、いい加減バカな努力やめない?」


「バカとはなんだ。私の音ゲーの腕は小町だって認めるだろ?」


 そりゃ認める。

 本来なら姉貴は絶対に優勝できると思う。

 だけどこの台詞を言わざるをえない。


「あんなの人間業じゃムリだから」


「だからこそじゃないか。不正ツール使って優勝を繰り返すチーター《不正者》達は踏みつぶされるべき。これはネトゲの鉄則だろう?」


 そう、本当に人間業じゃムリなのだ。

 マツコンには不正ツールが出回っている。

 わざわざ開発者は動画サイトにデモンストレーションをアップした。

 それは人間の限界能力を超えた代物。

 つまり生身の人間がチートツールに勝つのはムリなのが証明されてしまっている。

 なのでマツコンは開発者とその取り巻きがずっと優勝を独占している。


「そりゃそうだけど……」


「小町はチーターに優勝され続けて悔しくないのか?」

 

「そりゃ悔しいけど……」


「しかも優勝者への褒賞レアアイテムは、小町の好きそうなフリフリでミニミニなゴシックワンピース。あいつらが優勝独占してると一般プレイヤーには未来永劫流通しないぞ?」


「それも悔しいけど……」


「しかも開発者本人ならまだしも、それに寄生するミジンコ達まで優勝するなんてイライラしないか?」


「ゴメン、そこはわかんない」


 俺からすればどっちもチーターには変わらない。

 姉貴にすれば、開発者は自分で開発したツールで優勝してるからいいけど、自ら努力せず他人からもらった力で優勝するヤツラは絶対認められないのだとか。


「しかも人間の手では不可能と言われるツールを打ち負かして優勝する。それでこそ真の『私様Tueee』であり『ざまぁ』ができるというものだろう」


「余計わかるか! そんな発想するのは姉貴だけだ!」


「まあ見ておけ、ようやく手応えを掴んできた。今週末のマツコンは絶対優勝してやる」


「勝手にしろ」


 姉貴に背を向けると同時に音楽が流れてきた。

 練習を再開したのだろう。

 こうやって姉貴の完璧ぶりは作られてきたのかと思うと、つくづく納得する。

 今回ばかりは絶対にエネルギーの使い所を間違ってると思うけど。


 でも姉貴の言ってること自体はその通りなんだよな。

 チーター達がいると、バカを見るのは俺達一般プレイヤー。

 俺Tueeeでやってる側は楽しいだろうけど、見ている側はつまんない。

 その強さがツールさえあれば誰でも発揮できるものとくれば尚更だ。

 だって俺だってツールあればできることになるんだもの。

 ツールありなしだけの話なのに、それだけ自慢して恥ずかしくないのかと思う。


 あーあ、姉貴優勝してくれないかなあ。


 ムリなものはムリ。

 だけどそれでも祈らずにはいられない。


                 ※※※


12/10/06


 バイトを終え、我が家宮島荘に到着。


 ──あれ? 姉貴の部屋の電気が消えてる。


 いないのかな?

 いや、そんなわけはない。

 だって今日はマツコン。

 家庭教師中だったから見てはいないけど、姉貴は参加したはず。

 そして終わってからまだ時間はそんな経っていない。


 ただいまを言わず玄関のドアを開ける。

 玄関灯を点ける、姉貴愛用のツッカケはある。

 ということは外出していない。


 リビングも真っ暗、つまり家中真っ暗。

 灯りを点けてと。

 姉貴の部屋の襖をそーっと、ちょっとだけ開けて覗き込む。


 いた。

 布団にくるまって寝てる。


 ……ふて寝?


 やっぱり優勝ムリだったんだろう。

 それでいじけて寝たってところか。

 無造作に広がってしまっている長い髪が無念を訴えているかに映る。


 襖をそっと閉め直してから、忍び足で自室へ。


 さて俺もマッシュやるかな。

 パソコンの電源オン、OS起動、クライアント起動、ログイン。




 ──えっ!




 ログインした先、マッシュの中心街ガンバードン。

 その広場中央にはデフォルトキャラの銅像が建っていた。

 チーター連中はちゃんとアバター作ってるはずだし。

 これってまさか……銅像下のネームプレートを見る。


【マツタケ狩りコンテスト優勝者 ねぎまぐろ】


 ええええええええええええええええええええええええええええ!


 あ・あ・姉貴!

 本当にやりやがった!

 信じられない。

 だけどこうして銅像が建っている以上、信じるしかない。


 あれ? メッセージが届いてる。

 差出人は【ねぎまぐろ】。

 つまり姉貴だ。

 中を開く。


【疲れたから寝る。これやる】


 同封されていたアイテム。

 それはマツコン優勝者に贈られる褒賞。

 フリフリミニミニなゴシックワンピースだった。


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