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13/06/01(9) 秋葉原某コスプレ居酒屋:闇丼一丁!

 ──再びコスプレ居酒屋。

 

 姉貴達は店員と話していた。


「……この店って系列の雀荘と掛け持ちで働いてる子もいるの」


「ふんふん」


 店にまつわる話題で話しているらしい。

 姉貴は興味深そうに話を聞いている。


 それはいいのだが。


「あのコスプレは何のアニメのコスプレですか?」


 シノさんがどう見ても本当は興味がないであろう話題を店員に振る。

 「私を置いていかないで」と、すがりつくがごとくの眼差しを向けながら。

 俺達が出て行く時のやりとりから考えると、もし二人だけにされたらネチネチしたイジメが待ってるはわかりきってるからな。


「おかえり。旭、お疲れ」


 姉貴が俺達に気づいた。

 同時にシノさんが安堵の表情を浮かべる。

 ようやくストッパーが帰ってきたとでも思ったのだろう。

 その気持ちはわかる。

 だけどそこまで怯えるのなら、最初から姉貴を煽るのやめろよ。


 俺達は元の席に座る。


「こんばんわです~」


 旭さんは挨拶しながらシノさんの隣に。

 離れちゃったなあ。


「生一つ追加。お前ら、適当に好きな食べ物頼め」


 姉貴の言葉を受け、適当に注文。

 旭さんの生が届き、改めて乾杯。


「さてと、全員揃ったところで注文しようじゃないか。なあシノ?」


 姉貴が顎をしゃくり、シノさんに挑発めいた視線を向ける。


「そうですね。挑戦しようじゃありませんか」


 シノさんはやや顎を斜に引いて姉貴を睨み返す。

 一体何なんだ?


 二人はうなずきあうと、揃って店員に視線を向けた。


「闇丼一丁!」


 なんだそりゃ?

 ただ一つだけ言える。

 きっとカレーの缶詰並にろくな代物じゃないことは、名前が全て物語っている。


「お姉さん達、ホントにこれ頼むの?」


 店員がツンデレっぽく乱暴に話す。


「おう」


「私達に二言はない」


「これねえ、注文してはみんな残すんだよね。私達も作った物残されるの嫌だから念を押すよ。本当に全部食べてくれる?」


「食べてやろうじゃないか」


「食べます」


「聞いたからねっ! 約束だからねっ! 絶対だからねっ!」


 注文を受けた店員が厨房に戻っていった。


「闇丼って何ですか~?」


 旭さんがきょとんとしながら、姉貴達に質問する。


「私達もわからん。この店のお薦めだそうだ」


「わざわざ注文の念押しをする様なお薦めなんかあるわけないだろ」


「一日に一〇食も出ないくらい貴重なんですって」


「それは一日に一〇食も出ないくらいに地雷って事でしょう」


 もう完全にカレーの缶詰ルートに入ってしまってるじゃないか。


「小町よ、そこに地雷があれば踏みに行くのが天満川家の家訓だろう」


「そんな家訓はうちにはないから」


 全否定できないのが弱いけど。


「美鈴君、笑いが取れそうなネタが転がっていれば拾いに行くのが調査官の矜恃なの」


「元長官が敵に協力する様な情報機関に矜恃もないでしょう」


 美鈴が辛辣にツッコんだ。

 さすがにこの事件は俺でも知ってる。

 公安庁元長官が敵組織に味方して犯罪に手を染め逮捕されてしまったという、ジャ○プ友情漫画がごとくのトンデモ話。


「元広島高検検事長様です~。検事長様をうちの元長官扱いするなぞ失礼です~」


「元広島高検検事長様のおかげで私達職員は仕事のモチベ上がりましたからねえ」


「元広島高検検事長様の事件の真相は『さすが世間をよく知る人』の一言だったよ」


 三人が色々と腹に据えかねるものがあることだけはよくわかった。


 まあ、知らない振りをしておこう。

 ちょうど店員が怪しげな食材持って戻ってきたし。


 店員が「お品書き」を差し出してくる。


「ルールを説明するねっ。私とじゃんけんして勝った方が『お品書き』から丼に入れる物を決めるんだからねっ。勝負は三回だからねっ」


 店員が「お品書き」を俺達に差し出す。内容を見てみる。


【a刺身、bチョリソ、cケチャップ、dポン酢、e悪魔汁】


「この『悪魔汁』というのは何だ?」


「とんでもなく甘い何かと思ってねっ。もし私が勝ったら真っ先に入れるんだからねっ」


 「ねっ」じゃねーよ。

 照れた振りしながら、姉貴ばりの嗜虐的な笑みを浮かべるんじゃねえよ。

 御飯に「甘い何か」。

 この時点で、もうBADENDの予感しかしない。


「よし、小町、美鈴、旭。三人が一回ずつ勝負しろ。あと、小町は負けたら許さん」


「じゃあ私は美鈴君が負けたら許さない」


 二人して意地悪げな笑い。

 美鈴と顔を見合わせる……マジかよ。


 姉貴達こそ自分達が食べる物くらい自分で勝負しろ。

 俺達を巻き込むんじゃないよ。

 どうして変なところだけ意気投合するんだ。


「私は負けてもいいんですか~?」


「旭が負けたら、いつも私達が旭からされている事をやり返すだけだ」


「私が右で観音さんが左。楽しみにしてるといいよ?」


「……負けてもいいかもです~」


 全然お仕置きになってないじゃないか!

 でも旭さんを仕置かれても困るしな。

 ちょっぴり見てみたい気もするし。


 さて一回戦は俺からだ。

 絶対勝たないと。

 姉貴達がどうなろうと知った事ではないが、仕置きはゴメンだ。


「じゃんけん」「ぽい」


 俺はグー。店員はパー。


 ……つまり、俺の負け。


「そんなに力んじゃうとグー出すって丸わかりなんだからねっ。それじゃ悪魔汁を指名するんだからねっ」


 これで闇丼は確実に甘い食べ物──の様な何かになってしまった。


 次は美鈴。


「僕は小町さんの二の鉄は踏みません」


 美鈴がゆらっと力を抜いたかの様に立ち上がった。


 二人が構える。


「じゃんけん」「ぽい」


 美鈴はパー。店員はチョキ。


 ……またもや、負け。


「力抜いてみせてパーを出すブラフをかましながら読み合いに持ち込もうとしたんだろうけど、その手には引っかからないんだからねっ。ポン酢を指名するんだからねっ」


 お前はジャンケンマスターか!


 これで闇丼は確実に甘酸っぱい食べ物──の様なものになってしまった。

 闇丼の様な恋物語って素敵なのかな?


「次は私ですね~」


「じゃんけん」「ぽい」


 旭さんはパー。店員はグー。


 ……おお、ジャンケンマスターに勝利した!


「私が負けた……何故?」


 店員は信じられないといった感じで、自らの握りしめた拳を見つめる。


「読み合いじゃ絶対勝てないので、何も考えませんでした~。お仕置きしてもらえなくて少し残念ですけど~。一番まともなチョリソでお願いします~」


 さっきも駅前で聞いた台詞のような。

 とにかく丼の具は決まった。


 店員がいかにも気の毒そうな表情をしつつ、姉貴とシノさんに問う。


「今なら、まだキャンセルOKなんだからねっ?」


 真面目に言ってくれてる様に見えるがそんなわけはない。


「そ、そんな事言われて、い、今更引けると思ってるの?」


 シノさんが虚勢を張る。

 でも歯をガチガチ鳴らすくらいなら退けよ。


「ええい、早く持ってこんかい!」


 姉貴が開き直る。

 言葉とは裏腹に泣きそうな顔になってる。


「もう知らないんだからねっ。私も容赦しないから覚悟しなさいよねっ」


 きっと店員にとって二人の台詞は予定調和だろう。

 ツン台詞を残してからテーブルを去った。


 ──闇丼到着。


 シノさんが青ざめながら問う。


「この赤色の液体はなんですか?」


「悪魔汁、つまりイチゴシロップ。お姉さん達初めて注文するっていうから本当はメロンシロップなんだけど手加減してあげたんだからねっ」


 姉貴が手で口と鼻を覆う。


「甘くて酸っぱい匂い。嗅いでるだけで吐きそうになる」


 ポン酢とイチゴシロップが一緒にぶっかかってるからなあ。

 凄まじい不協和音を奏でてる。


「混ぜ混ぜするんだからねっ」


 店員が心底楽しそうに丼を混ぜる。

 浮かべた笑みは、まさに悪魔のそれ。


「できたんだからねっ。とっとと食べなさいよねっ」


 店員が闇丼を小皿に取り分け、姉貴とシノさんに差し出した。


「シノ行くぞ……」


「観音さん行きましょうか……」


 二人がスプーンを手に取る。

 小皿を取る。

 闇丼をすくう。

 手を震わせながら口に入れる。

 目を瞑ってごくりと飲み込む。


 ──スプーンがチャリーンと落ちる音が聞こえた。


「「うっぷ」」


 二人が口を抑えて立ち上がり、トイレの方角へダッシュした。


 旭さんがつぶやく。


「観音さんとシノさんって仲良しこよしです~」


 俺と美鈴も頷いた。


このメニューは実在します。

本当に食べました。

死にました。

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