13/06/01(7) 秋葉原駅前:きっと『他人』じゃなくなればいいんですよね~
──秋葉原駅電気街口に到着。
さすが週末。
買物客やらメイドやら人混みで賑わってる。
旭さんがヲタならゲーマーズで時間を潰してもらえばいいんだけど。
もっとも旭さんとは電話で連絡をとれる。
ぶっちゃけ待ち合わせ場所なぞどこでも構わない。
さて、電話を掛けるか。
ポケットからスマホを──。
──隣にいた美鈴が後方に吹っ飛んだ。
何事!?
「うわ~、可愛いです、可愛すぎます~。その他人を寄せ付けない笑顔の裏には何が隠されているのでしょうか~。是非是非その仮面、はぎ取らせて下さい~」
やっぱり旭さんだった。
「僕は何も隠してませんから!」
美鈴が旭さんを引きはがそうとする。
仮面とまでツッコまれながらも笑顔を崩さずに。
まさに鉄壁の外面だ。
「この人は大嘘つきです~、二枚舌です~、笑顔の裏では『僕に抱きつくなんて己の身の程を弁えろよ、このks』とかとんでもない事考えてるんです~。でもでも表の華やかさと裏のドス黒さとのギャップに萌えます~」
美鈴の表情が凍り付いた。
本当に思っていたのか。
美鈴と言えども……と言いたいところだが、美鈴は美鈴でこういうヤツ。
旭さんも旭さんで毒を吐きまくってるだけ。
少し成り行きを見守ろう。
「そうだとして、本人を目の前にそんな事よく言えますね」
美鈴が眉を吊り上げ旭さんの頭頂部を睨む。
明らかに攻撃的な視線。
しかし旭さんはそれが見えないはずなのに、受け流してみせる。
「あなたが私なぞ比較にもならないくらい頭がいいのは、この骨張った胸からわかります~。あなたと腹芸しあっても勝ち目ないので包み隠さず話します~」
胸からわかる頭の良さってどんなんじゃ。
美鈴が視線を宙にやり嘆息をつく。
明らかに諦観の表情。
再び旭さんの頭頂部へ視線を戻し、訥々と話し始めた。
「カスは謝罪しましょう、ごめんなさい。そして初めまして旭さん。小町さんの後輩の美鈴と申します」
旭さんが頭を上げる。
「あ、本当だ。写真のまんまですね~。いや実物はもっと綺麗ですね~。美鈴君、初めまして~。旭と申します~」
旭さんが美鈴から離れ、ぺこりと頭を下げた。
また気づかないままに抱きついてたのか。
「美鈴さんがいるということは……小町さんもこんばんはです~」
こちらに視線を向けて挨拶する。
今気づいたのか。
それも美鈴の後回し。
わかっていながらも少し寂しい。
「こんばんは。本当に反射的なんだね。それでトラブルにならないの?」
俺じゃなくても思うだろう。
美鈴もうんうん頷いてる。
「大丈夫です~。旭チェックには私に悪意を抱く人を遮断する能力があります~」
さよですか。
確かにそうじゃなければ、旭さんの行くところトラブルの嵐になるはず。
でも能力とか言われると、どっかの誰かを思い出してしまう。
──美鈴がぽんぽんと肩を叩いてきた。
見ると、ふるふる首を振る。
「あの人外と一緒にしちゃ失礼です」と言わんばかりに。
二人とも同じ事を考えたらしい。
それはともかくとして。
今の旭さんの台詞からは、以前の美鈴の推測を思い出した。
人付き合いに腐心、か……なるほどなあ。
その旭チェックの能力を前提とすれば、美鈴が吐いた暴言も悪意はないことになる。
美鈴の上から目線は天然だし、そういうことになるだろう。
これまた納得してしまう。
美鈴が苦笑いする。
「でも、旭さん。いきなり抱きつくというのはやめてほしい、これも僕の本音なんですよ。他人に触れられるのは苦手なんで」
はあ?
「お前、さんざん俺と腕を組んだりしてるじゃないかよ」
「小町さんは『他人』ですか?」
旭さんが美鈴に対し、すっと手を差し出した。
「きっと『他人』じゃなくなればいいんですよね~。小町さんのお友達でしたら私もお友達になりたいです~」
「えっ…………」
美鈴の表情が強張った。
怒りでもない照れでもない。
ただ、戸惑っているだけ。
旭さんの申出に、どう返したらいいかわからないっぽい。
「うん」と言えばそれまでなのに。
普段のこいつなら、例えそう思って無くても社交辞令で返すはず。
もしかしたら美鈴、純粋に「友達になりたい」と言われた事がないんじゃないか?
もし俺が美鈴のクラスメイトだったらどうだろう。
畏敬の念を抱くか、好奇の目を抱くか。
いずれにせよ心から友達になりたいとは思わない気がする。
「友達になりたい」と口にする時は何らかの邪心を抱いてそうだ。
そういうのって本人には何となくわかるものだし。
だけど、旭さんは違う。
美鈴がどんなヤツかわかった上で手を差し出している。
「美鈴」
美鈴の手をとり、旭さんの手に差し伸べさせる。
旭さんがその手を握って美鈴に微笑む。
「これからよろしくです~」
喧騒が消え去る。
そう錯覚する程のわずかな間。
美鈴はこくりと頷いてから、笑顔を浮かべた。
「こちらこそよろしくです~」
美鈴が返事する。
旭さんの真似をしながら。
きっと美鈴なりに親愛の情を示したつもりなのだろう。
普段のこいつからはまったく信じられない。
知って知らずか、旭さんがくすりと笑う。
「では、お店に向かいましょう~、案内してください~」