13/06/01(6) 秋葉原某コスプレ居酒屋:はっきり詳しくゆ~っくりと感情を込めてな
秋葉原某コスプレ居酒屋に到着。
店内は照明が薄暗く、カウンター席が多い。
雰囲気的には居酒屋というより、ショットバーとかレストランの方が近いかも。
一見すると普通の飲食店。
だけど壁に貼ってあるアニメ関係のイラストやチラシ等を見ると、この店がヲタスポットの一つである事を悟らされる。
当然に予約してないわけだが、幸い席は空いていた。
シノさんが「後から一人きます」と店員に告げ、六人掛けの席にしてもらう。
姉貴が俺の隣に座る。
向かいに美鈴、その隣にシノさん。
さしあたって注文した生が届いたので乾杯。
ごくりと口をつけた直後、シノさんが口を開く。
「ここって前に弥生と来たんですよ~」
聞いてもないのに。
しかも妙に得意げ。
「だから?」
姉貴がさらりと流す。
「だからって、例えば『そうなんだ』とか『仲いいじゃないか』とか……」
「どうせオチは『同期会』だろ。ツッコンでほしいなら、もっとマシなボケ考えろ」
「うっ…………」
シノさんが言葉に詰まってしまった。
ちょっと自慢してみたかっただけだろうに、姉貴も容赦ない。
シノさんって、やられキャラ感が半端ないなあ。
もし姉貴がいなければシノさんには幸せな人生が待ってた気がする。
何となくだけど、そう思わずにいられない。
気を取り直すためか、シノさんがビールを思い切り煽る。
「その通りなんですけどね。別にボケたかったわけじゃないですから」
あーあ、負けフラグ確定の台詞まで。
「ボケじゃなければ何だ? 言ってみろ。夜が明けるまで聞いてやるから説明してみろ」
ほら、やっぱり。
姉貴は待ってましたとばかりに、嗜虐的な笑みをシノさんに向けた。
一旦傷口を見つけたら、塩を塗り込んでぐりぐり踏みにじるのが姉貴の性格。
そんなドS相手に何をやっているのか。
「そ、そこまで言わなくても…………」
シノさんが俯く。
「いやいや、話振ったのはシノだろ? だから私は聞いてやると言ってるんだ」
「ひどい……」
「ほら、どうした。上司と部下などと思わず遠慮しなくてもいいんだぞ?」
姉貴もひどいが、シノさんにも同情の余地はない。
自業自得だ。
だいたいどうしてシノさんは、そこまで姉貴に対抗心を燃やす。
俺が見た限りでも、旭さんからの話を考えても、職場での姉貴がみつきさんに好意を示している様には到底思えない。
旭さんだって微塵も疑ってる気配がない。
シノさんが勝手に決めつけてるのか。
それとも女の勘で察してるのか。
どっちにしても厄介だなあ……。
美鈴が強引に話題を変えてきた。
「ここって系列店にコスプレ雀荘もあるんですよね。僕こないだ行きましたよ」
シノさんへの助け船だろう。
いつまでもこんな精神的ドツキ漫才見てたって仕方ない。
俺も乗ろう。
「あれ? もしかしてここってあそこの?」
しかもその雀荘には行ったことがある。
話題としてもちょうどいい。
「そうですよ」
「ほう、どんな感じだった?」
姉貴が食いついてきた。
同時にシノさんが顔を上げ、安堵の笑みを浮かべた。
俺のスマホのバイブが震える。
旭さんからのメール。
こっそり読む。
【From:江田島旭 To:天満川小町
Sub:現在京浜東北線の中です~
もう少しでそちらに着きます~。口を滑らさない様に覚悟の程よろしくです~】
手早く打ち返す。
【From:天満川小町 To:江田島旭
Sub:覚悟した
電気街口の方に降りてね。他の出口からだとすんごい遠回りになるから】
さあどうなることやら。
美鈴が姉貴に答える。
「行ってみたら普通の雀荘でしたよ。漫画が多いのと店員がコスプレしてるってだけで。客層も普通の学生達って感じでした」
「へえ。メンバーの腕前の方は?」
「ピンキリですけど、打てる人はしっかり打ってましたね。いかにもメンバーらしい打ち筋で。こう言っては何ですけど正直驚きました」
メンバーらしい打ち方というのは褒め言葉にも悪口にもなる。
ただ、この場合は褒め言葉だろう。
綺麗で客に迷惑をかけない打ち筋ってことだ。
「肝心のコスプレの方はどうだったの?」
今度はシノさんか。
「うーん、何とも。僕行った時はチャイナの人しかいなかったんで。インパクト的にはこっちの店の方がありますね」
美鈴の言葉を聞きながら店内を見渡す。
確かにこちらの方がコスプレらしい。
俺にとっての「コスプレ」とは「二次元キャラの服装」だから。
この店のコスプレはそういうコスプレ。
ギャルゲーのヒロインの学校の制服とかそんな感じだ。
姉貴がテーブル上のスマホを取る。
電話が来たらしい。
「うん、着いたか。今迎えに行かせる」
姉貴が電話を切る。
そして、視線を向けてた。
「小町、美鈴、二人で秋葉原駅に旭を迎えに行ってきてくれ」
「いいけど。駅のどこ?」
「電気街口。旭の顔は知ってるだろ。あるいは適当に彷徨いてれば、旭の方からお前らのどちらかに抱きついてくるよ」
なんて乱暴な。
「初対面の人にいきなり抱きつくとか、旭さんは何者ですか!」
知ってるのに即座にツッコむ美鈴。
なぜ?──あ、そうか。
「そんな人ありえないだろ!」
急いでツッコむ。
俺達は旭さんの奇行を知らないはずなんだ。
さすが美鈴、一味違う。
シノさんが驚いた様に、姉貴へ問う。
「どうして二人が旭ちゃんの顔を知ってるんですか?」
「何を言っている? みんなで仲良く温泉に浸かっている写真を私に送ってきたのはシノではないか? さぞ、みんなに見てもらいたいのだろうと思って二人に見せたぞ?」
「なんてことを!」
「それだけじゃないぞ」
「は?」
「旭そそのかして『このシノの美しさは布教すべきだよなあ』と庁内中にばらまかせた。なんせシノの『自慢の』水着姿だからな、くっくっく」
ただですら嫌味たらしい台詞。
そこに「自慢の」と強調し、更に嫌ったらしさを倍増させる。
表情までがこれまた嫌味たらしく口端を歪めた笑顔。
我が姉ながらこの女最低すぎる。
「ひどすぎる! どこまで根に持てばいいんですか!」
「さっきも言ったろ? 未来永劫だ」
「こ、この、れい──」
「れい? 何だほら。続き言ってみろ」
「れ、れい……」
「ああ、そうだ、さっきのもあったよな。ボケじゃなかったら一体何だと言うんだ? 続きを言ってみろ。はっきり詳しくゆ~っくりと感情を込めてな」
きっと「冷酷幼児頭脳の残念系抉れ胸上司」とでも言いたいんだろうなあ。
なんでわかるかって?
俺がシノさんなら絶対にそう言うから。
美鈴が「さっさと行きましょう」と腕をつついてくる。
それもそうだな。
テーブルを背にし、店の出口へ。
二人とも程々にしとけよ?