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13/06/01(3) 神宮球場:お前は仏だ。私の中でな

 姉貴とシノさんの話が一段落ついたらしい。

 シノさんは美鈴に大学野球について教えて始めた。


「美鈴君、K大応援団の人が掛け声あげたらね……」


 ライバル校のOBが現役K大生に教える光景はなんともシュールだ。


 しかしなんて華やかで派手な二人。

 まるで周囲にオーラを放っているかのよう。

 でも二人の雰囲気は一見似ていても同じではない。

 気さくで開放的なシノさん。

 人を寄せ付けない美鈴。

 並ぶとその違いもはっきりわかる。


 シノさんが美鈴にあれこれ教えるのもそれゆえだろう。

 良く言えば面倒見がいい。

 悪く言えばお節介。


 でも美鈴ははにかむばかり。

 珍しいこともあるものだ。


 美鈴は自分への介入を嫌う。

 俺に対してすらスタイルに反する事には耳も傾けない。

 しかし、今日は大人しくシノさんのなすがままになっている。

 これは相手がシノさんだからとしか説明がつかない。


 姉貴にひっそり耳打ちする。


「こういう美鈴って珍しいな」


「まあ、たまにはいいんじゃないか?」


 口端が僅かに上がる。

 本音で微笑ましく思ってる様だ。


「美鈴君、ほらK大の人達が応援歌歌うよ。一緒に歌おっ」


「え、ええっ、でも……そんな子供みたいなこと……」


「私が子供なんだから付き合ってよ。どうせ来たなら楽しまないとさ」


 同じ「子供」発言でも、姉貴とはえらい違いだ。


 シノさんの自分の捨てっぷりというか割り切りぶりも感心するけど……これはきっと姉貴から、美鈴がどういうヤツか聞いていての行動だ。

 すかすにもひねるにも限度ってものがある。

 美鈴にはもっと年齢相応の部分があっていい。

 だから姉貴はシノさんを美鈴にぶつけたのではなかろうか。

 俺でもこいつの行く末が心配になるくらいだし、恐らくそれで間違いない。


 俺もたまには弟らしい声を掛けてやるか。


「姉貴も歌うなら教えてやるぞ?」


「私がそんなの歌うガラだと思うか?」


 そりゃ全く思わないし、想像したくないし、聞きたくないのが本音だが。

 たまに優しくしてやるとこれだよ。


「だからお前は何しにきたのかと」


 まさかシノさんを美鈴にぶつける自体が目的じゃあるまい。

 それはあくまで事のついでだ。


「まあちょっとつきあえよ」


 姉貴が立ち上がり、歩いていく。

 止まったのは外野席と内野席を区切るフェンス。

 本日においては学生席と一般席の境、つまりは行き止まり。


 姉貴が寂しげにぼそっと呟く。


「構って欲しかったから」


「さっきも言ってたな」


「みんなと遊ぶ口実になれば何でもいいんだよ。美鈴だってそう考えたから、興味もない学生野球にお前を誘ったんだろ」


 さすが、ぼっちはぼっちの考えがわかるってか。


 美鈴についてはその通りだろう。

 だけど姉貴については本当の理由じゃない。

 なぜなら構って欲しくて「構って欲しい」と言うヤツじゃないから。


「で、本当の理由は何?」


「実際のところはだな」


「うん」


「美鈴とシノがくっついてくれないかなあと。そうなれば、私も幸せ、美鈴も幸せ、シノも幸せ、みつきさんも幸せ。みんな幸せ。うぃんうぃんげーむってやつだ」


 これもウソだ。

 美鈴とシノさんがくっついたところで、姉貴とみつきさんまでそうなるわけじゃない。

 そんな自明の理がわからないほど、こいつはバカじゃない。


「ふーん。もういいや」


 元の席へ踵を返す。

 すると姉貴が引き留めてきた。


「実際のところはだな」


「もういいよ。どうせろくな事言わないんだから」


「聞けよ」


「嫌だよ」


「聞けよ。仏だって三回は聞いてくれるんだぞ?」


「姉貴が俺の話を三回も聞いてくれた事あるか?」


「私は仏じゃないからいいんだよ」


「俺だって仏じゃねえよ!」


 姉貴が照れくさそうに目を逸らした。


「お前は仏だ。私の中でな。お前が大学でどんな学生生活を送ってるのか知りたくて、ついて来てみただけだよ」


「姉貴……」


 まるで母さんに言われたような気がした。

 いわゆる保護者の心境ってやつか。

 自分が学費を負担しているという自負もあるだろう。

 また、それだけ俺の事を可愛いと思ってくれているのだろう。

 やばい、ほろっと来た。


 しかし姉貴は向き直ってすぐさま続ける。


「ま、美鈴もシノにまんざらじゃない様子だし。美鈴がシノに惚れてくれれば私としても言う事はない」


「もしかして、さっきのも……」


「本当に決まってるだろ? 売店にドリンクでも買いに行こう、奢ってやるよ」


 姉貴はそう言ってスタンド裏に向かう。

 その後をついていきながら思う。

 つくづくこの女、要らない言葉で台無しにしないと気が済まない。


                    ※※※


 俺達が戻ると、それを待っていたのかシノさんが弁当の包みを解く。

 五段重ねか、すごい。

 誰に食べさせるつもりだったのか……ってみつきさんだよな。

 これは「シノが甘やかしたせい」と姉貴が苦悩したのもよくわかる。


 シノさんが重箱の蓋を開き、美鈴に差し出す。


「まずは今日の主賓の美鈴君から。はいどうぞ」


 美鈴が唐揚げをつまむ。次いでおにぎり。


「うん。美味しい。とても美味しいです!」


 次いで俺、姉貴と味わう。

 本当に美味いや……姉貴には負けるけど。

 味だと姉貴を客観的に評価できるものだ。

 家の味というのがあるから、むしろ贔屓目で見てしまってるのかもしれないけど。


「しかしシノ、これだけの量どうするんだよ」


「弥生を誘わなかった観音さんが責任取って全部食べて下さい」


「わかった、小町頼むぞ」


「お前はそうやってまた俺をデブにするつもりか」


「大丈夫だ。太ればシノが婿にもらってくれる」


「観音さんを義姉さんと呼ぶなんか真っぴ──いえ、恐れ多くて無理です」


「じゃあ美鈴、任せた」


「実は昨日○郎食べて、まだ胃にもたれてまして……」


「私も昨日は○郎だったぞ。ちゃんと全部食べたが平気だ」


 麺半分だけどな。

 旭さんから聞いた話だけに、ツッコめないのが口惜しい。

 しかし……実はこっそり知ってる、これってなんて楽しいものなのか。

 旭さんが「秘密は調味料」と言うのもよくわかった。


 シノさんが呆れたように突っ込む。


「弥生に土下座させた後、どこに行ったのかと思えば」


「だって旭がかわいそうじゃないか。初めておろしてきたスーツにあんな言われ方されて。部下の不始末の詫びに昼飯くらい奢ってやろうって思うわ」


 そっか。あのスーツって昨日が初めてだったんだ。

 もしかして俺に見せるため?……ってそれはさすがに自意識過剰かな。


                 ※※※


 試合終了。

 結果は八対四でW大の圧勝。


「W大のバカ……美鈴君、なんかゴメン……」


「いいえ、すっごく楽しかったです」


 ぼやくシノさん、でも美鈴は無邪気に笑いかける。

 もうその顔には照れもない。

 あれから二人、俺達姉弟を放置して応援し続けてたし。

 たまには美鈴も、こういう学生らしい一日を過ごしていい。


 俺と姉貴は無言のまま、ポップコーンむしゃむしゃしながら眺め続けていただけ。

 たまには俺達も、これくらい無言の時間があっていい。


 姉貴が残ったポップコーンを口に流し込み、手を払う。


「さて、シノ。例の店に行くぞ」


「行きましょうか、観音さん。今日こそ決着をつけに」


 何の決着?

 話が全然見えませんが。


「二人も来て。私は二人にも絶対負けない」


 二人にも、って一体何なんだ?


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