13/06/01(2) 神宮球場:リア充うざい……
本話は本編読んでない場合、読み流しを推奨します。
「確かに学生席とは違いますね」
学生席は応援で賑やか。
遠目に見えるチアリーダーがなんともいい感じ。
一方こちらは静まりかえったもの。
周囲もおっちゃんおばちゃんばっかりだ。
シノさんが美鈴の呟きに返事する。
「でしょう? 野球楽しむというより応援自体がイベントの様なものだしさ。女の子はお弁当作って、男の子はそれを食べて、ちょっとしたハイキング気分かも」
姉貴がぼそりと呟いた。
「リア充うざい……」
「今日のお弁当を私に作らせたのはどこの誰ですか!」
「リア充はぼっちにつくす、それが国民に課せられた義務なんだよ」
そんな義務ねえよ。
「それより旭ちゃんはどうしたんですか? お料理大好きっ子なんですし、それこそ喜んで作るでしょう」
旭さんからのメールに書いてた通りだ。
こんな台詞を聞くと、なんかニヤリとしてしまいそう。
でも我慢しないと。
「今日は弥生と仕事。最初から誘ってないよ」
「弥生と? どういうことですか?」
シノさんが笑顔をひきつらせる。
怖いよ。
しかし姉貴はさらりと答える。
「今日の仕事は旭一人じゃ不安だから。当然、弥生も最初から誘ってない。でも本当に誘おうとは思ってたんだぞ?」
よくまあ、いけしゃあしゃあと。
少なくとも最後の一言は嘘だ。
シノさんもこれはキレるだろ……と思ったら嘆息をついただけ。
「もういいです、いつもの事なので諦めました」
「いつもの事ってなんだよ」
職場での姉貴を知らない俺ですらいつもの事って何なのかわかるんだけど。
シノさんは姉貴のツッコみをスルーして話を続ける。
「それに理由自体には怒りようがないですから。大体どうして観音さんが違う班の旭ちゃんの面倒まで見ないといけないのか。ただですら山ほど仕事押しつけられてるのに」
美鈴と顔を見合わせる。
俺もその視線に合わせる。
(シノさんって大人だ。それも、なんて上司思いの部下だ)
顔を見合わせた俺と美鈴はこくりと頷き合う。
「仕方ないだろう。私が教えないといつまでも仕事覚えられないし。旭ってせっかくやる気あるのに、かわいそうじゃないか」
美鈴が学生席へ視線を戻す。
聞かない振りした方がいいと判断したのだろう。
それは俺も同じ。
美鈴に合わせて学生席に視線を向ける。
「そうなんですよね。そういう人がいてくれないと、私みたく何年も先になってから役立たず扱いで上司に怒られちゃう。仕事には自信あったつもりなのに」
シノさんの口調が段々と沈んでいく。
気になって横目で見てみる。
明らかに物憂げな表情。
「私は別に役立たずなどと言っても思ってもないぞ。確かに今はまだまだだけど、有能なシノなら仕事のコツはすぐに掴むさ」
あれ? 姉貴が優しくフォローしてる。
へえ……姉貴にはこういう顔もあるんだ。
部下には優しいんだな。
弟には冷たい癖に。
「報告書だって、ろくに書けないし……」
「あんなもんテンプレ通り書けばいいんだしシノはもう覚えたじゃないか。シノは私の自慢の部下だぞ」
「観音さぁん!」
うわ、シノさんがいきなり叫んで姉貴に抱きついた。
感極まったのか。
姉貴は優しくシノさんの頭を撫で──。
と思ったら違った。
「離れろ。キモい」
姉貴が冷たく言い放つ。
しかしその表情は、冷たいというよりむしろ嗜虐に歪んでいた。
「えっ?」
シノさんがそのこぼれそうに大きな目をさらに見開く。
「まさか、私が先日職場でシノに抱きついた時の事を忘れちゃいまい。『観音さんキモイ』と言い放って私を見下したあの目、私は未来永劫忘れないからな」
「まだ根に持ってるんですか……だから悪いと思ってメイド喫茶で奢ったじゃないですか……くまさんのオムライスを見ながら二人で涙したじゃありませんか……二人で蜂蜜をアイスにぶっかけ合ったじゃないですか……」
シノさんの声がどんどん小さくなり、まるで消え入る様。
上げて落とされたせいか、目には涙が滲んでる。
あのオムライスと蜂蜜ぶっかけはこういう流れだったのか。
あれ?
姉貴がシノさんをそっと抱きしめ、今度こそ頭を撫で始めた。
「バカだな、シノ。可愛いに決まってるじゃないか。いつも素直になれなくてゴメンな。私はいつもシノの事を見ているぞ」
「観音さん……」
何この茶番。
上げて落としてまた上げて。
シノさんもいいように転がされてるなあ。
それとシノさん。
安心しない方がいいよ。
「鼠壁を忘る 壁鼠を忘れず」とはよく言ったもの。
姉貴は忘れた頃に絶対繰り返すから。