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13/05/31(5) 大井町駅:手作りの御菓子って、お金がさほど掛からない割に恩を着せやすいですから~

「ここは私の驕りですからね」


「ごちそうさま」


 ここは素直に奢られよう。

 しかし奢り奢られたはいいけど、次はどうつなげればいいんだろう。


 ──支払を済ませた旭さんが店から出てくる。


「これからどうしようか。例の物を渡さないとだし」


「そうですね~。小町さん決めてもらえますか~?」


 どうすべきか……。


 現在二〇時前。

 時間的にはお茶とお酒のどちらも考えられる。


 そもそも旭さんはお酒を飲めるのか?

 あるいは好きなのか?

 お酒自体がタイミング早いのか?

 行くとしても店は?


 ああ、混乱する!

 困った時の美鈴君、何とかしてよ!


(ヘタレヲタ)


 うるせーよ。


(一生彼女無し童貞独身END)


 だから、それだけは許してくれ。


(自然でいるのが一番難しいんですよ)


 そうか、旭さんを美鈴と思ってみよう。


「旭さんはお茶とお酒のどちらがいい?」


 わからなければ素直に聞く。


「んー、どちらでもいいですよ~」


 どちらでもいいと言われればだ。


「時間は何時くらいまで大丈夫?」


「二二時くらいまでに家に着ければ~」


 溝の口まで二五分くらいか、それプラス待ち時間や徒歩。

 許される時間は余裕を見て一時間ちょい。

 飲むにしてはちょっと微妙な時間かな。


「じゃあ、お茶にしよう」


「はい~」


 今頃はベッドに伏せっているであろう美鈴が「正解」と言ってくれた気がした。


「それじゃスタバでいい? 大井町は普段来ないから全然わからないし」


「私も同じく全くわかりません~。それでいいです~」


 ということで行き先も無事決まった。


 ──歩いていると、旭さんが話しかけてきた。


「もっと近づいてください~」


「へ?」


「私の香りを嗅いでもらえますか~」


 なんて積極的な申出。

 赤くなってしまうではないか。


「小町さん、真っ赤になるところじゃありません~。私のつけてる香水の匂いを嗅げって言ってるんです~。変なこと考えたなら、ぶん殴りますよ~」


「ごめんごめん」


 そういうことか。

 いや、どっちにしても恥ずかしいんだけど。


 少し近寄ってくんと鼻を利かせてみる。


「同じに感じるけど……こないだより爽やか?」


「香水に慣れてない人だとそんな感じでしょうね~。今日つけてるのは本家のグリーンティー。私がこないだ使ってたのは正確には限定品のグリーンティーロータスなんです~。実はグリーンティーって色々な種類がありまして~」


「へえ、あっ、着いた」


 ──店に入り、コーヒーを受け取ってから席へ。


 旭さんが「さっきの続きですけど」と口を開く。


「先週、観音さんとグリーンティーの話したんですよ~」


 そういえば姉貴、そんなこと言ってたっけな。


「らしいね。日曜日帰った時に聞いた」


「そうなんですか~? それで『土産物が家に余ってたから』って月曜日に持ってきてくれまして~。本家はみんなが使ってるので敬遠してたんですけど、せっかくもらってみたから使ってみたんです~」


 その土産物は男どもからの海外旅行土産。

 正しくは貢ぎ物と呼ぶべきだろう。

 普段はダンボールに投げ込まれ、押入にしまわれている。


「姉貴ってライトブルーしか使わないからなあ。『香水贈るなら、私の使ってる香水くらい調べてから持ってこいっていうんだ』って、ぶーぶー言ってるよ」


「んー、でも多分それって本音では喜んでると思いますよ~」


「喜んでる?」


「だって趣味に合わない物なら、心の底から『押しつけられた』って割り切れるじゃないですか~。下手に使う物渡されるとお返ししないといけませんし~」


「興味ない相手でもそういうものなのかな」


「相手に『借り』と思わせることが男達の下心なんです~。特に観音さんは、口でどうこう言ってもそういうところ気遣う人ですし~」


 まあ、確かに……。


 「ネットオークションに出せばいいだろ」、そう言ってみたことがある。

 しかし姉貴は「相手にお返ししていない以上、そんなことしたらお金をもらったも同然じゃないか」と返してきた。

 その方が合理的だし当然なのはわかるが、どうにも納得できないらしい。

 なので機会を見ては、あちこちに配り歩いている。

 これは旭さんに対してだけではないのだ。


「旭さんだとどうしてるの?」


「私はそんなの縁がありませんから~。仮にそうなったらお菓子焼いて渡してごまかしちゃいます~。後に残らない物ですし──」


 ん? 言葉を止めた?


「『し──』の続きは?」


「ありませんよ~?」


「イントネーション不自然だし、さすがにわかるって」


 そもそも語尾が伸びてないし。

 旭さんはきまずそう。


「えっと……女性の本音を小町さんに聞かせるのはどうかと思いまして~」


「本音ベースじゃなかったの?」


 ここで止められても気になってしまう。


「仕方ありません~。それじゃ言いますけど心折れないでくださいよ~」


「かもん」


「手作りの御菓子って、お金がさほど掛からない割に恩を着せやすいですから~。さらに渡した時に『よろしければみなさんもどうぞ』と一口ずつ食べてもらうことで『あなたは特別じゃないんですよ』と訴えることができます~──」


 うっ!?


「──オフェンスもディフェンスも完璧なお返し、それが手作り御菓子です」


「これは確かに夢を壊されるなあ……」


「ごめんなさい~」


「でも、なんか生身の旭さんの気持ち聞けた気がして嬉しいよ。二次元には二次元の魅力があるけど三次元には三次元の魅力があるんだってわかったし」


「嬉しくなる台詞とドン引きする台詞を同時に口走るのはやめてもらえませんか~? 最後の一言は余計です~」


「あ、ごめん」


 つい要らぬ事をつけ加えてしまった。


「でもそういう所、やっぱり観音さんの弟なんだなあって思います~。観音さんも真面目なことを言っては、直後に軽口叩いて台無しにしますから~」


「それは似てるんじゃなくて、俺が姉貴に毒されてるだけだと思う」


「二人とも照れ屋さんなんですよ~。二人とも可愛いです~」


 旭さんがくすくすと笑う。

 そんな事真正面切って口にされると、照れちゃうからやめて。

 というか、一回り近い人から『可愛い』って言われる姉貴ってどうよ。

 本人が聞いたら……喜ぶだろうな、きっと。


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